19.手紙とひとりごと
「……そうなのよ、いまいち会話がかみ合っていなかったわ。それは、あの世とこの世との隔たりがあるからで……やっぱりあれは幽霊だったのよ」
「どうされたのですか? 今日見た夢のお話ですか?」
朝食を食べながらあれこれと考えてことがつい口から出てしまったようだ。ちょうど用事があってか食堂にやって来たエリーズが、奇妙な表情をこちらに向けていた。
「夢どころか、今日は全く寝ていないわ……」
「まあ、そうだったのですか? それはいけませんね」
眉根を寄せたエリーズを見て、ついつい自分の口から出た言葉が人に言うべきことではなかったと気付いた。
「……いえ、そんなことはないわ。寝たのよ、ちゃんと。そうね、寝たとは思えないほど色々な夢を見たからかもしれないわ。いけないわね」
そう言って淡く微笑み、堅いパンを千切って口に入れた。
「それならばよいですが……。もし寝られないようでしたら侍医に眠り薬を出してもらって」
「そんな大袈裟なことではないから、大丈夫だわ」
どんな不眠症になったとしても、これ以上薬を飲むなんて遠慮したい。薬草のことを調べ始めたのも、もう正体不明の薬を飲むのは嫌だと思ったからだ。
「そうですか。ならばいいのですが。それよりもお手紙が届いております」
エリーズはそれを渡すためにやって来たようだった。食事中にわざわざ渡しに来るなんて、急ぎの手紙かと思ったらそうではなかった。またレリアからの手紙だった。恐らく、こちらから出した返事はまだ着いていないだろうに。
「……ありがとう。後で読んでおくわ。こんな寂しい暮らしだから、お手紙をいただくと嬉しいわ」
「ええ、そうでしょう」
エリーズは満足そうな笑みを浮かべると、手紙を渡して去り、ブリジットはいつものゆったりとした朝食を続けながら本当に手紙のやりとりができる友人がいればよかったのにと考えていた。
★・・◇・■・◇・・★
朝食の後はいつものようにクロードの部屋を訪れた。
また彼を外に連れ出したい、と思ったのだが今日は生憎の曇天で、気温も低い。部屋で過ごした方が良さそうだ。
「……では、クロード陛下のことはお願いします」
そう言って立ち去ったフィリップは、なんだか意味ありげな視線をブリジットに送ってきた。もう大分慣れたけれど、彼は身体が大きく目つきがよくないので、少し見られただけで敵意を向けられた気がして、背中にぞっと悪寒が走ることがある。
昨夜、ブリジットのことを話していたのは彼だろうか。声は似ているような気がするが、昨日は酒が入っていたようだし、決め付けることはできなかった。
(どちらにしても、あまり面白く思われていないわね)
しかし、面白く思われなくても今のところ毎日のクロード国王への訪問をやめようと思わないし、天気がいい日は外に連れ出したい。
クロード国王は車椅子ではなく窓際の椅子に座らされていた。今日は外に連れ出すなということだろう……と裏を読むのは考え過ぎだろうか? きっとこちらから頼めば、渋々ながらも車椅子に乗せてくれると思うが、今日のところはお互いの意志が合致してよかった。
「おはようございます、クロード様。今日は生憎の曇天で、風も冷たいので室内で過ごしましょう。お隣に座っても?」
そう断ってから彼の隣に椅子を持ってきて、そこに腰掛けた。
「今日はレリア嬢からお手紙が来ました。クロード様のことをとても心配されているのね」
そう言いながら手紙を読み上げていく。
クロード国王宛の手紙ではなく、前回同様ブリジットのことが気に食わないという内容の手紙ではあったが、それもこれも彼女がクロード国王のことを思ってのことだろう。愛人からそんなに心配されていると知れば、彼の心も癒やされるのではないかと思ってのことだった。
ブリジットは手紙を読み終わると、それを丁寧に畳んでいった。
「私はレリアのことを少ししか知らないの。会ったのは数えるほどだし、あまり深い話をするような仲ではないわ。彼女の方も私のことを少ししか知らないから、心配なんでしょうね。私がきちんとクロード国王に接することができているかどうか。そんな心配はいらないという手紙を書いて使者に託したから、今頃届いている頃だわ。それを読んだら、少しは安心してくれるかしら?」
クロードに尋ねるが、もちろん返事はない。彼はゆっくりと瞬きをするばかりだ。そう、彼は食べ物を飲み込んだり、瞬きをしたりすることはできるのだ。
「……今日はなにをして過ごそうかしら? ああ、侍女のエリーズに聞いたのだけれど、きっとあなたは散歩をすることも読書をすることもあまり好きではないだろうって。だから私が読みきかせのようなことをしても嬉しくないでしょうね。……というか、読み聞かせって、子供ではないのだから馬鹿にするなと言われそうだわ」
そう口に出すと、自分のやっている行為が本当に愚かなように思えてため息が出た。
「そうね……今日はキルトでひざ掛けでも作ることにしようかしら? 実は作ったことはないのだけれど、図書室で本を見つけたのよ。伝説のキルト職人、マーサおばさんのキルトレシピ。私は手先が器用な方ではないから、上手くできるかは分からないけれど。時間はたくさんあるから」
そんな言い訳をしながら、エリーズに用意してもらった裁縫道具を近くのテーブルに置いた途端に、扉をノックする音が聞こえた。
「はい」
そう答えつつ立ち上がり扉を開けると、そこにはシモンと、年老いた男が立っていた。彼は正式な紹介を受けていないが、王宮から付いて来たクロードの侍医だった。
「ブリジット、邪魔してもよいか?」
シモンに尋ねられ、ブリジットは小さく頷いた。
「毎朝の医師の診察が今日がまだだったのだ。その間、ブリジットは席を外して……」
「いいえ、こちらに居たいです」
そう答えると、シモンに意外そうな表情をされてしまった。
「そうか。まあ、構わぬが」
少々意に沿わないような表情をされたが、拒まれなかったのでよいとしてブリジットは診察の邪魔にならないようにと部屋の壁際に椅子を持っていって、そこに腰掛けた。
白髪で腰が曲がった医師は、ブリジットに会釈だけをして診察に取り掛かった。この城内で何度か見かけたことがあったが、正式な紹介はされていなかった。国王付きの侍医なのだ、きっと優秀な医師なのだろうと信じたかったが、彼はほとんど部屋に閉じこもりきりで、本を読んだり、論文の執筆をしていたり、どこかへ手紙を書いたり、天気のよい日にベランダで日向ぼっこをしていることがほとんどだという。その話をしてくれたエリーズは歯切れが悪かったので、彼のことをあまり快く思っていないように思えた。
医師はクロードのシャツをはだけさせ、聴診器で心音を確かめてから、脈を取ったり、瞼をこじ開けて目の様子を確認していたりした。




