1.寂しい結婚式
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……では、少々長いお話になりますが、楽しんでいただけると嬉しいです。
ブリジットは草花の模様が刺繍された紗のベールを被り、じっと俯きながらこれから夫になる人を待っていた。
絹のように細く輝く金色の髪に、紫がかった蒼い瞳。まるで天上から使わされた花の女神のような美しい花嫁姿ですわ、と支度をしてくれた侍女たちは言ってくれたが、それはせっかくの結婚式であるというのに浮かない表情をしているブリジットを慰めてくれているものに違いなく、素直に受け取ることができなかった。
まさか自分が結婚できるとは思ってもいなかった。しかも相手はこのロザーヌ王国の国王であるクロード・ロザーヌである。
こんな素晴らしい結婚は他にない。
この結婚話を持ってきたとき、父のリシャール侯爵は元々の赤ら顔をますます赤くして、すっかり興奮した様子だったので、難色を示すことなんてもちろんできなかった。侯爵の娘としては嫁き遅れていると言っていい年齢の娘に、これ以上ない結婚を持ってこられたと本気で思っていたのだろう。
そのリシャール侯爵はこの極秘の結婚式であってもなんとか花嫁の父という役割を得て、教会の入り口からブリジットと手を組んで神父の前まで歩いてきた。今はブリジットの斜め後ろに座り、愛する妻が遺した末娘の晴れ姿を涙ながらに見つめているのだろう。
国王の結婚式だというのに、参列客は僅かだった。リシャール侯爵に、クロード国王の母であるソレーヌ太后皇太后、その側近の三人といとこがふたり。
待ち望まれたはずの結婚である。
それがこんな少人数で、王都キリアの外れにある教会でひっそりと行われるその理由は……ブリジットの背後から聞こえて来る、ブリキが軋むような音が物語っていた。
それは、これから歩み始める破滅への足音のような気がした。
その音が止み、花嫁のブリジットの隣に花婿のクロードがやって来た。
これから始まる婚姻の儀式では、花嫁は隣にいる花婿ではなくまっすぐに目前にある十字架を見上げていなければならない。
そうは思っていたが、つい視線をクロードへと向け、その表情を窺ってしまう。
なんの表情も映っていない冷たい顔。
きっと彼はブリジットが妻となることを喜んでいないだろう。喜んでいないどころか、ブリジットのような者が我が妻に、と鼻で笑ったに決まっている……彼が自分の意志を示すことができたなら。
クロードは車椅子に座らせられていて、脚はもちろん、その手もぴくりとも動かせない。目を開いているが、意識があるのかどうか分からない。
その姿を見て堪らなくなったブリジットは、視線を正面へと戻した。
ああ、こうして物言わぬ夫の元へと嫁ぐのが私の運命だったのですか、と天の父に問うと、涙が滲みそうになった。覚悟をして結婚式に臨んだはずだったが、いざとなったら言いようのない寂寥に囚われた。
ただ夫の死を待つだけの結婚。
ブリジットに与えられたのはそんな結婚だった。
「汝、ブリジット・リシャールはクロード・ロザーヌを夫とし、健やかなる時も病める時も、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、夫を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「……はい」
年老いた神父の言葉にブリジットが淀みなくそう答えると、背後からふぅっと吐息が聞こえた気がする。恐らくは周囲の反対を押し切ってこの結婚を押し進めたソレーヌ皇太后のものだ。
「汝、クロード・ロザーヌはブリジット・リシャールを妻とし、健やかなる時も病める時も、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、妻を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
もちろん答えはない。