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15.夫婦の時間

 リュートブルグ古城は、ロザーヌ王国の中でも北方にある。夏であっても山頂に雪を被っているような、標高が高い山々が連なるサリューク山脈の麓から続く森の中にあり、山脈からの雪解け水が流れるテリズ川が城の東を流れ、その支流が流れ込むことでできたロス湖が近くにある。風光明媚な場所で、もっと王都から近い場所にあったならばよい別荘地になっただろう。


 ブリジットはそのリュートブルグ古城の中庭にしゃがみ込んで、晩夏の陽光に照らされた草花を見つめ、そのいくつかを摘んでいた。


「クロード様、やはり王都とこちらでは植生が違うようですね。王都の周辺では見かけなかった珍しい野草がたくさんあります」


 ブリジットは近くの車椅子に座るクロードにそう話しかけながら、次々と草花を摘んでいった。

 ブリジットが根気強く、何度も頼み続けた結果、クロードを中庭へ連れ出すことを成功させた。


 それはクロードのためというよりも、死へと向かう国王へ嫁がされた、哀れな王妃の頼みだからということのようだったが、彼を狭い部屋から外へと連れ出せるならば理由なんてなんでもよかった。


 中庭は遠くから見たら薔薇のアーチがあり、緑の垣根がある美しい庭だったが、いざそこを歩いてみると手入れが行き届いているとはいえず、あちこちに雑草が生えていた。その雑草が、ブリジットにとっては珍しく、有り難い草花なのだ。

 傍から見たら庭の雑草を熱心に摘んでいるなんて、変わり者に思われただろうが、今は近くに物言わぬ夫しかいない。ブリジットは気が済むまで草花を摘むと、それを用意してきていた小さな籠に入れ、それからクロードの車椅子の前にしゃがみ込んだ。


「私、内緒にしているけれどこういう草花に興味があるの。中には薬になるものもあって……」


 薬草に興味を持ったのは、自分が母親に薬を盛られていたからに他ならない。

 王都には大きな図書館があって、ブリジットは父に連れられてそこへ行ったことがあった。そこを利用できる者は選ばれた学者か貴族のみであったが、ブリジットの父は侯爵という身分であって、父と一緒ならばなんの問題もなかった。


 本を読むことしか楽しみがない病弱な娘のために、父はブリジットの体調がよいときのご褒美のように図書館に連れて行ってくれたのだ。そこで薬草に関する文献を見つけ、読んでいるうちに解毒薬の作り方を知った。まさか自分が毒を盛られていたことは他に言えず、しかし母が死んでそれが絶えてからも健康な人と比べたら体調が優れないことが多く、こっそりその解毒薬を作ってみたことがあるのだ。とびきり苦かったが、効き目はあったように思う。今では眠れない以外の体調不良はほとんど解消されている。


「クロード様はこんなものに興味はないわよね。クロード様のご病気を治せるような薬があればいいけれど……」


 そう言いながら、ブリジットはクロードの車椅子の後ろに回りこみ、籠を車椅子の取っ手に掛けて、車輪のロックを外してゆっくりと車椅子を押していった。


「ねぇ、やっぱり部屋に閉じこもりきりになっているよりも外に出たほうがいいわよね? 病んでいるからと閉じ篭もりきりになっていたら、余計に病むわよ」


 ブリジットはクロードを乗せた車椅子を押して、広い中庭を一望できるベンチまで連れて行った。車椅子をベンチの隣につけて、自分はベンチに腰掛けた。


「部屋の中だと、いつ誰がやって来るか分からないから、ゆっくり話せないし」


 そう話しかけるが、もちろんクロードからの返事はない。ぼんやりと虚空を見つめたままである。こちらの声などとても届いていないだろうが、ブリジットはそれでも話しかけ続ける。


「私が熱で寝込んでいるとき……意外と周囲の話が聞こえてきたの。さすがにもうもたないだろう、とか、いっそこのまま死んだ方が楽なのではないか、とか。本人に聞こえないだろうと思って話しているんだけれど、朦朧とした意識の中でもちゃんと聞こえているの。だから、もしかしてあなたもそうかもしれないし」


 反応がない。


 いくら話しかけても反応がないのだから聞こえていないというのが正解かもしれないが、ブリジットはめげずに話しかけることにしたのだ。

 なにかの本で、今わの際になり、身体が動かせなくなり、目が見えなくなっても、最後まで耳の機能は失われていないと読んだことがある。だから話せない、身体を動かせないクロードでも、聞こえている可能性はゼロではないと考えた。


「私、本を読むのが好きで……いいえ、違うわね。病人に他にできそうなことってあまりないから、よく本を読んでいたの。最近は薬草に関する本に没頭していたのだけれど……いいえ、そんな話はどうでもいいわね」


 ブリジットは小さく嘆息する。

 ちょっとした心の隙間があるとついつい母のこと、毒のこと、薬草のことを考えてしまうが、それは自分の悪い癖だと思った。


「それで、この城にある図書室でも本を借りてきてよく読んでいるんだけれど……。この図書室の本はとても偏っていて、私が好きな物語の本はあまりないの残念よね。薬草の本を読む前は、行ったことがない外国の話や、竜やお姫様が出てくる話を読むのが好きだったのだけれど」


 そう言いつつ、自分で持って来た本を開いた。


「それでも、少しでも興味を惹かれる本はないかと思って探して、この城に関することを書いた本を見つけたの」


 栞のついた頁を開き、目を落とした。


「あの夜……北の塔から飛び降りた幽霊はデュパール侯爵の息子ではないかと思うのよね……。敵軍に、つまり当時の王国軍に追い詰められて塔の窓から飛び降りたって……」

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