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14.王妃としての立場

「こちらに来てからそろそろ十日ほどが経つな。どうだ、慣れたか?」

「……ええ、そうね。慣れたというか、だんだんこの状況が理解できるようになったというか」


 ここはリュートブルグ古城の西の外れにある、シモンの執務室だった。ブリジットは部屋の中央にあるソファに座り、執務机に向かっているシモンと話していた。昼に近い時間で、今日はクロード陛下の髪を洗うからと部屋を追い出されてしまった。行き場所がなくなって、こうしてシモンの部屋へとやって来た。彼は快くブリジットを迎え入れてくれて、あれこれ話を聞いてくれている。


「クロード様の部屋に通うこと、快く思わない人たちがいるみたいだけれど……」


 フィリップはあからさまに嫌な顔をするし、他の使用人たちもよいこととは思ってくれていないようだ。


「気にすることはない。ブリジットはクロード様の妻なのだ、結婚式も挙げた。妻が夫にすることについて、他者が口を挟むべきではないのだ」

「そう言ってくれると嬉しいけれど」


 ほっとした。

 実は侍女のエリーズですら、あからさまには反対意見を述べないが、それは侍女という立場をわきまえてのことで、その実どう思っているか分からない。シモンはリュートブルグ古城を取り仕切っていて、いわば家令のような立場である。その彼の言葉はとても心強い。


「分かっているかどうか……クロード様は他でいいように言われているが、配下の者は皆クロード様を敬愛しており、思い入れが強いのだ」

「ええ、分かるわ」


「クロード様をこのような辺境の古城に追いやって、不自由な生活をさせて、と憤りを募らせている者もいる。そう仕向けているのは彼の母上、皇太后様だ。あの勇ましかった我が息子がこんな姿に、と嘆かれて。こんな姿を人目に晒したくない、とのお考えのようだが」

「そうだったのね……」


「そして、その皇太后様が選んだ花嫁がブリジット、お前だ。だからこそ、お前を皇太后様の手先のように思っている者がいる」


 ブリジットは気怠げにため息を吐き出した。

 皇太后と会ったのは結婚式での一度きりだし、ただ『息子をよろしくお願いするわね』との言葉しかもらっていない。まるでこちらに興味を抱いていない様子で、顔を覚えられているかすら怪しい。そんな皇太后の手先のように言われるのは心外だった。


「まあ、あまり気にするな。私はお前のことを心強く思っている。さすが、今まで寝たきりの生活が多かっただけある、同じような立場であるクロード様に心を寄せているのだろう」

「そう、かもしれないわね……」


「ところで、体調の方は大丈夫なのか? もしかして、王都からの旅疲れで、こちらに着いた途端に寝付いてしまうかもしれない、と思っていたのだが」


 そしてシモンの鋭い視線が飛んでくる。

 聞いていたのも話が違う、と思われているようで、そして病弱であることを求められているように感じて、胸にちくりと痛んだ。


「ええ、こちらに来てからずいぶんと体調がいいのよ。もしかして、気候が合っているのかも知れないわ」


 それらしいことを言って微笑んでおく。

 もう毒は飲まされていないから、などとはもちろん言えない。


「それはよかった」

「ええ、水が合った、とでも言うのかしら?」


「お前の実家であるリシャール侯爵邸は王都にほど近い場所だったからな。そして人の出入りも多かった。騒がしさから解放されたことで、体調が整ったのかもしれないな」


 そのように捉えてくれたならばよかったと思いながら、大きく頷いた。

 そして、本当にこちらの水や食べ物は実家で口にしていたものよりも素晴らしいと思うのだ。


「ところで……シモンはいつもこちらの部屋にいることが多いようだけれど、なにをしているの?」


 彼の執務机の上には書類や辞書が載っていた。使い古したペンとインク壷。こんな寂れた古城でなにを書いているのかと不思議だったのだ。


「ああ、王都から届く文書の処理をしているのだ。この城には私以外にまともな書類を作れる者がいないから」

「たとえば……クロード様の近況を聞くような?」


「そのような文書がほとんどだ。別の方から同じような文書が毎日のように届くから参っている。王城内で情報共有をしてくれ、と思うが、なかなかそうもいかないようだからな。それから、こちらの要望を伝える嘆願書のようなものを作ることもある。使用人の数が足りないので補充して欲しい、だとか」


「確かにそうね」


「皇太后様の意向でクロード様の身の回りの世話をするのは必要最低限の数で、と申し付けられているのだが、いくらなんでも少なすぎる。それにブリジットがこちらに来たのだ。その世話をするためにもせめてあと五人は欲しい」


「エリーズがよくやってくれているから、私は困っていないけれど。でも、エリーズは大変な思いをしているかもしれないわね」


 だからできるだけエリーズに負担をかけないようにとしているが、それでは足りないこともあるだろう。


「王妃となったのに、侍女がひとりきりとはどういうことだ、と憤ってもいいのだぞ」

「もし私が憤っている、と書いた方が要望が通りやすいのならば、お任せするわ」


 そうしてふたりで微笑み合う。

 こうしてシモンと話せることは嬉しいことだった。

 いとことは、今まではそんな話したことがなかったから。見た目の印象から、気難しい人だろうと勝手に思っていたが、そうではなかった。


 それからも、ふたりでこの城のことや、クロードのことや、使用人たちのことや、それから親戚たちのことを取り留めなく話した。思い違いかもしれないが、シモンもこうして話せる相手に飢えていたのではないかと思える。


「……なにかこの城に働く者になにか気になることを言われたようならば、いつでも相談してくれ。私からその者に話してみる」

「ええ、心強いわ」


 シモンとこうして話せたことで、今まで心に抱えていたわだかまりが少し解けた。なにかあったらシモンに相談するのがいいだろうと思っていた。……もちろん、話せないこともあるけれど。

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