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12.古城の幽霊

 浅い眠りから目覚めると、ブリジットはいつものように夜の徘徊へと出かけた。


 ブリジットが夜眠れないのは、恐らく長年飲まされ続けた毒の副作用だろうと思っていた。まるで寝れないわけではないが、すとんと深い眠りに落ちた後、わずかな時間で覚醒してしまうのだ。夜明け前に少し眠り、遅い朝食の時間に目覚める。昼間にふっと寝てしまうこともあり、それも体調不良のためだと思われている。


 リュートブルグ古城は今から三百年前に建設されたとされる城で、その後の修復があったとはいえ隙間風がひどいし、床は氷のように冷たい。これが冬になったら、暖炉を入れても寒さに震えなければならないのではないかと思われる。


(仮にも国王であるクロード陛下をどうしてこんな場所に? 確かに、周囲にはなにもないから静養には向いていると思うけれど)


 果たして王宮の人々は、クロードの回復を願っているのだろうかと疑う。……いや、きっと諦めているのだろう。だからこそ、こんな人目につかない寂しい場所に追いやったのだろう。そう考えると余計にクロードが気の毒になってくる。


(やり方にはあれこれと議論があるけれど、この国を救ったことに間違いがないのに)


 彼の活躍がなければ、我がロザーヌ王国はニルブルグ王国に制圧され、多くの死人が出て、王族は残らず処刑され、国民は不自由な生活を強いられていたことだろう。

 王宮では、恐らくは次の国王の戴冠準備で忙しいのだろう。クロード国王には子がいないので、彼の弟であるロランが次の国王になると聞いた。


 クロード国王と違って、穏やかで優しい人だと聞いたことがあった。きっと彼が、クロードが守った国を平和に治めてくれるのだろう、と期待することにする。


(そういえば……クロード様が亡くなったら私が王宮へ出向いてご報告しなければならないという事態になるのかしら? ……いえ、私みたいはお飾りの王妃に、そんな大切な役割はさせないかしらね)


 そのときはきっとシモンか誰かが……と考えながら城の北端にある棟へと歩き、階段を上がっていった。

 隙間風が鎧戸を揺らし、きしきしと音を立てる。まるで死者の叫びのようにも聞こえる。


(古い城だし、多くの人々が亡くなった城だというから、幽霊のひとりやふたり居てもおかしくないとは思うのだけれど……今のところ遭遇していないわね)


 こうして夜徘徊しているくらいなので、ブリジットは幽霊に対する畏れが薄い。

 むしろ、居るのならば会ってみたいとすら思う。病弱だったとき、いつ自分が死ぬか分からないと思って寝台に横たわっていたときには、もし幽霊に会ったら死んだらどうなるのかを聞いてみたいと思っていたくらいだ。


 この城に来てから、時折天井を歩くような音や、誰もいないのに不意に扉が開いたりすることがあったが、それはネズミの仕業だったり風の仕業だったりする可能性が濃く、幽霊の仕業だという証拠はない。


 この城に着てから一週間ほど、夜にこっそりと部屋を抜け出してこうして徘徊して、そろそろこの城のほとんどを見終わっただろうか。残りはこの北の棟だけなのだ。


 かつては見張り台だった棟で、五階ほどの高さがあり、かなり遠くまで見通せるとのことだった。この城は大きな森を貫く川に沿ってある。川までは絶壁になっていて、敵に攻めいれられてもう逃げられないと察したとき、この北の棟から多くの人が身を投げたそうだ。


 だからこの城の人は北の棟を畏れて、ほとんど近づかないらしい。


(そんな場所だったら、眠れない夜を過ごすのにいい場所になるかもしれない)


 今のところ夜の徘徊には気付かれていないが、気付かれたら咎められるに決まっていた。……いや、そこまでブリジットに気を回す人なんていないだろうか。どちらにしても、変わった王妃だと思われてしまうだろう。それはあまり好ましいことではない。だからこっそりと誰にも気付かれずに過ごせる場所が欲しいのだ。


 永遠に続くのではないかという螺旋階段を、冷たい壁に手を添えながら上っていく。自分の足音が壁に反響して、不気味な音を立てる。これではもし幽霊がいても逃げられてしまうかもしれないと考え、途中からは靴を脱いで、足音を忍ばせて上がって行った。


 階段を上がりきると古びた扉が現れた。

 固く閉ざされた扉、と思われたが、手をかけるとあっさりと開け放つことができた。

 そこは小部屋になっていて、大きな窓が正面にあった。月明かりが部屋の中を照らしている。

 そしてそれが、部屋の中にいる者の形を浮かび上がらせていた。


「あ……」


 人、と思ったが、こんな深夜にこんなところに? と考えてそれを却下した。

 もしかしてこれが幽霊……だろうか。月明かりがあるとはいえ、その顔はよく見えない。身体が大きい、男性のようだ。


「もしかして……」


 声をかけようとしたところで、その者は不意に窓の方へと走り、窓を開いてそのまま飛び降りてしまった。


「え……」


 一瞬の出来事で事態を把握できなかったブリジットはその場に立ち尽くしてしまった。

 七階の高さはあるだろうある塔の最上階である。

 しかも下は断崖絶壁……落ちたら死んでしまうと思ったところで恐る恐る窓に近づき、下を見た。


 暗がりの中、吸い込まれてしまうような闇があった。風の音に交じって川音が聞こえてくる。こんなところから飛び降りて、普通の人ならば助かるはずがない。誰かがここに居たとして、それを見られたからと窓から飛び降りるだろうか? 扉の前にいるブリジットを突き飛ばして、階段を下りて逃げればいいだけの話である。


「やっぱり、幽霊だったのかしら……?」


 そう独りごちながら、しばらく窓際に立って下を見つめていた。風が川から吹き上げるように吹いていて、よほどの覚悟がなければここから飛び降りるのは無理だろう。

 しばらくそこで過ごし、それから窓を閉じて立ち去ろうとしたとき。


「そういえば、幽霊って窓を開けることができるの?」


 確かに飛び降りた彼が窓が開けたように見えた……が、この暗がりである。見間違えた可能性はある。彼が生きた人間であった場合、明日には川から死体が上がるということになるのだろうか。それはあって欲しくない。今更ながら、彼が飛び降りたのを見た途端に悲鳴を上げて誰かを呼んで、仔細を話して助けてもらったらよかったかもしれない。こんな夜に川に飛び込んだ者が、助けを呼んだからと助けられる可能性は低いように思えるが。


 ブリジットは心に引っかかりを感じながら階段を下りていった。自分はどうすればよかったのだろう。しかし、今更どうなるものでもない。


 そうして階段を降りきると、階段の裏手に小部屋があることに気付いた。物置かなにかだろうか。扉を開けてみるとまさにその通りで、不用品と思われるものが雑多に詰め込まれていた。

 天井には蜘蛛の巣が張っていて、長く使われていないだろう雰囲気だった。ここに潜んで夜を過ごす……くらいならば自室で過ごす方がましのようだ。


 そうしてふと見ると、車輪のようなものが見えた。なにかの農作用具だろうかと思って近づいて見ると、それは車椅子のようだった。古いものが詰め込まれている中で、それだけ新しいものに見えた。

 そういえば、結婚式ではクロードは車椅子に乗せられていた。そのときの車椅子だろうか。

 ここへやって来てからクロードが車椅子に乗っている姿を見たことがない。車椅子に乗せれば色々なところに出掛けられるのに、と思い、その車椅子を見つめ続けた。

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