11.回想
「……お前は死ぬ死ぬと言われながら、なかなか死なないな……」
聞こえるか聞こえないか、しかし確かにこの世界に放たれてしまった言葉を聞いたことを覚えている。
ああ、またこの夢だとうんざりしてしまう。
束の間の浅い眠りの中でよく見る夢だった。夢だとは分かっているが、まるで同じ物語を何度も読むように、その場面もその言葉も少しも変わることなく繰り返し夢に見る。
それはブリジットがまだ九歳だったとき。庭で遊んでいたブリジットの体調が急に悪くなり、たまたま一緒にいた兄のマリユスがブリジットを部屋まで運んでくれたとき、彼の腕に抱かれながら聞いた言葉だった。
少しとっつきにくいところがあるがとても頭がよくて真面目で、リシャール侯爵家の跡取りとしてまっすぐに歩んでいる兄の口から漏れたとは思えない言葉で、ブリジットは思わず目を見開いてしまった。冷たい瞳をした兄はそれを見てぷいっと顔を背けたので、自分がなにを言ったのか、その結果妹を傷つけただろうことは分かったのだろうが、その後、その言葉を訂正するようなことは言われたことがない。
そのとき、兄のマリユスは十七歳だっただろうか。九歳のブリジットにとって十七歳はもう立派な大人だったが、十九歳となった今、まだ成熟した大人だとは思えず、思い違いや失言があってもおかしくない年齢だと思える。だが、兄がそう思っていたことに間違いはない。
マリユスは十五で家を出て寄宿学校へ行ってしまったので、顔を合わせるのは夏期休暇と冬期休暇のときだけだった。しかもブリジットは自室で寝ていることが多かったから、兄と接する時間はほとんどなかった。
マリユスはなぜそんなことを自分に言ったのだろう。
考えたが分からず、こんなことを誰かに相談するわけにはいかず、ずっと重石をつけて心の中に沈めていた。
だが、ある日の夜、それは確かノエルの夜だった。家族の晩餐の席で、ブリジットが咳をしてしまい、それを心配した母がブリジットを部屋まで連れて行くと言い出したのだ。
マリユスは、ブリジットのことなんて他の使用人に任せておけばいいではないかと言った。それを聞いた母は……無言でマリユスを睨み、ブリジットを部屋へと連れて行った。そのときのマリユスの顔は忘れられない。見られただけで背筋がぞっと寒くなるような、恐ろしい顔をしていた。彼にしてみたら、たまの休暇で実家に帰って来ているときくらい、自分を最優先にして欲しいと思ったのかもしれない。
ブリジットを部屋まで連れて来た母は、先ほどお兄さんが言ったことは気にしなくていいのよ、だって使用人にあなたをまかせっきりにできないわ、と言って、額にそっとキスをした。気を遣ったブリジットは、私は大人しく寝ているから、お母さまはみんなのところに戻ってと伝えたのだが、母はゆるく首を横に振って、それからずっとブリジットの部屋に居てくれた。
もしかして、マリユスは母の愛情をブリジットが独り占めしているように思っていたのだろうか。
だから病弱な妹の死を願っていたのか。
今となっては分からないし、それを問い質すようなこともできない。
ただ、ブリジットがクロードの元へと嫁ぐことになったとき。今は王宮内で国務大臣の秘書官として働いているマリユスの元へと挨拶に行ったのだが、実の兄とは思えないようなそっけない対応だった。
「嫁ぎ先がないお前の面倒を見ていかなければならないかと思っていたが、これで少しは肩の荷が下りた」
マリユスは表情のない顔でそう言い切った。
貴族の子女は、嫁ぐことができなかったらその家で一生を過ごさなければならない。生きるために兄にこづかいをせびって暮らす……そんな生活はご免なので結婚が決まってよかったくらい言い返せればよかったのだが、ブリジットは曖昧に微笑んでおいた。
そしてマリユスは続けて言う。
「未亡人となっても元王妃は元王妃だ。国庫から、あるいは亡夫の財産から一生食べるに困らないだけの金は支給されるだろう。もう会うことはないと思うが、元王妃だという肩書きを背負って静かに暮らすがいい」
そこまで言われたら、さすがになにかひと言くらい嫌味を言ってもいいかと思ったが、ブリジットは黙して語らなかった。ただでさえ頼りない立場のブリジットである、親族との間でいざこざを起こしたくない。ブリジットは早々に辞去する旨を伝えて、その場を立ち去った。
マリユスは未だにブリジットの死を願っているのだろうか、とどうしても考えてしまい、それは未だに重い足枷になっている。




