10.秘密の告白
その日もブリジットはクロード国王の部屋に居て、図書室から持ち込んだ本を読んでいた。
この前読んだシダ植物に関する本は面白かったので、書棚の同じ並びを探して、今度は各地の植生を調べた本を読んでいた。リュートブルグ古城の裏手には森があり、そこでここに書かれた植物が生えていないか確かめてみたいと思った。
城の人たちは、どうやらブリジットがクロード国王の部屋に居ることを快く思ってはいないようだが、邪魔だからと無理やりに排除することもできず、許容してくれるようになっていた。
最初は常に見張りのように誰かがいた。それはフィリップだったり、他の誰かだったりした。クロード国王は放っておいても動けやしないのでなにかあるわけではないが、ひとりで部屋に置いておくことはできずに常に誰かがいることになっていたようだ。
それが、十日目にはブリジットが居てくれればなにかあれば呼んでもらえるので、その間に別の仕事を片付けたいからと、お付きの者が部屋を去ることが多くなってきた。この城にいる人数は限られていて、あれこれと雑事があるようなのだ。それに、物言わぬクロードの側にずっと付ききりになっていると気が滅入るという事情もあるのかもしれない。
確かにずっと、は気が滅入るかもなと感じてしまう。
クロードは座ったままで動かない。
座っているのも、お世話係が寝台から起こして椅子に座らせるからだ。まるで人形のように動かない。かつての彼を知っている者たちは余計に辛いだろう。いろいろと考えてしまうだろう。
ブリジットは読んでいた本を閉じて、窓際の椅子に座っているクロードの側に立った。
そしてしばらく彼を見下ろした後、側に座り込んで、彼の膝に手を置いた。
その途端に伝わってきた熱に、思わず手を引いてしまった。
人形のよう。
しかし彼はまだ確かに生きているのである。それを初めて体感して、驚いてしまったのだ。
ブリジットは恐る恐る、もう一度彼の肘に手を置いた。
(動ける彼にこんなことをしたら、無礼者、と言われて蹴り上げられるかしら?)
気性が激しいと伝えられているクロード国王のことだ、充分にありうると思ったら、ついつい笑みが溢れてしまった。
それからブリジットは周囲に誰もいないことを確かめてから、静かに語りだした。
「……夫婦の間に秘密があってはいけないと思うから、あなたにだけは話しておくわね」
彼には聞こえているはずがない。
そう思いつつも緊張して声が上ずってしまう。
「私、昔はとても病弱で……正確に言うと三年前まではとても病弱で、起きている時間よりも寝ている時間の方が長くて、食事も満足に取れない状態だったの。スープや、果物を絞ったものを飲むのが精一杯の日も多くて」
当然のことながら、クロード国王の顔にはなんの表情も映っていない。
こんなことを話してどう思われるだろう、と気がかりはどこかに追い出してもいいかもしれない。
「でもね、今はとても健康なのよ。病弱……原因不明で、手の施しようがなく、二十歳までは生きられないだろうってどのお医者様にも言われたのに、ね。どうしてだか分かる?」
そこで一旦言葉を句切り、思い切って言葉を紡ぐ。
「……三年前にお母様が亡くなったの。それから、私の体調は劇的に良くなっていったわ。本当は、薄々そうなのではないかとお母様が亡くなられる数年前から気付いていたけれど、でもそんなはずないって何度も自分に言い聞かせてきた。だって、そうでしょう?」
ブリジットは堪らなくなって、目を伏せてしまう。
「お母様が私に、実の娘に毒を盛っていたなんて、そんなこと……」
はじめは、母がどうしてそんなことをしたのか理解できなかった。
しかし、理解できなくても事実は変わらない。
母はブリジットに栄養があるスープを料理人に作らせたからと、どんなに体調が優れなくてもスープだけは飲むようにとブリジットの部屋に持って来た。とても苦かったが、これで体調がよくなるならばと無理してそれを飲んでいたが、母の死後、そのスープには毒が入れてあったのだろうと気付いた。なぜならば、同じように料理人が作ったスープと、母が持ってきてくれたスープとは味がまるで違ったからだ。
母が亡くなってからみるみる体調が回復したのがなによりの証拠だった。自分が健康な身体になるにつれ、母が自分にしてきたことを感じて苦しい気持ちになった。
そして、そのことを誰にも話せなかった。
「そう、今までお父様にも、神父様にも話せなかったけれど、あなたは夫なのだから話してもいいわよね? 本当は誰かに話したかったの……でも、誰にも話せなくて」
ブリジットはいつの間にか溢れていた涙を指で拭った。
「お母様がどうして私に毒を盛っていたのか、本当のところは分からないわ。ただ、私を看病しているときのお母様はなんだか嬉しそうだった。私のふたりの兄はね、生まれてすぐに私のお祖母様に奪われてしまった。お母様は自分の手許で育てたかったようだけれど、あなたには任せられないと言われたと、恨み言のようにいつも口にしていたから。お姉様たちも同じ。立派な淑女に育てるからとお祖母様が選んだ乳母に預けられて、その乳母はお祖母様の命令だからと滅多に娘たちに会わせてくれなかった、と。病弱で、もうすぐ死ぬような娘だったら手許で育てられると思ったのかしら? その通り、お祖母様は私のことにはなにも口を挟んでこなかったみたい。それに、お母様は病弱な私を熱心に看病して……優しく献身的な母親だと周りに賞賛されていたから。それがお母様にとって生きがいだったように思うの……だから、ずっと弱らせていたかったのかしら」
だが、自分の身体が弱かった原因はそれ以外考えられないのだ。
一生秘密にしなければならないと思っていた。しかし、この城にいる人たちに病弱だと聞いていたのに違うと言われて、苦しい思いになって、全てをぶちまけてしまいたい衝動に駆られてしまったのだ。
「ああ、これでおしまい! とにかく私は健康で、たぶん二十歳で死ぬことはないわ。だから、あなたの後を追って死ぬようなことはできないと思うの。どうやら、他の人はそれを望んでいるようだけれど」
弱弱しく微笑んでみせるが、クロードの目にはなんの感情を映っていない。こちらの声も彼には届いていないのだから当然であるのだが、なんだか寂しい気持ちになってきた。
誰かに話してしまえば、胸のつかえが取れると思っていたけれど、余計に苦しくなるだけだった。
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