たこのカルパッチョ
短いお話です
初めてたこを見たのは八歳の頃。母の耳が腫れ上がるように膨らんでいた。
野球ボールほど大きく、赤いまだら模様が浮かび上がっている。見るからに痛々しかったが、母は普段と変わらず何かの雑誌を読んでいる。
僕はそれを教えてあげたかったが、名前が分からない。そこで、その腫れ上がった耳をつねってみた。
途端にそれは色を変え、のたうちまわった。僕にはよく分からなかったが、母は気付いてくれたようだ。
「あら、たこが出来てたのね」
初めてたこを知った。
成人した僕は、会社員として働くようになった。たこはそれまでによく見てきた。高校の同級生や先生、すれ違う大人たち。珍しくはなかった。
たこは大人の証だと思っていたが、僕の耳には一度も出来なかった。
仕事を覚え始めたとき、一人の先輩に気が付いた。職場で唯一、先輩のたこは見たことがなかった。
ある日、先輩にたこについて聞いてみた。
「先輩はたこができたことありますか?」
「人に見せないように心がけているんだ。飲み会とかだとしょっちゅうできちゃうんだよね」
そう言うと先輩は髪をよけて耳を見せてくれた。
ぷくっと小さなたこができていた。
「小さいですね」
「大きくなる前に、取ってしまうのさ」
今日の夜ご飯だよ、と先輩は笑って言った。