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足掻いてみる

 夜通し掃除をしたキエリは、屋敷がどんな構造かなんとなくわかってきたところだったが、まだ屋敷の外で足を踏み入れていない場所があった。


 「もしかして、音楽師さんがいるのはあそこかな?」


屋敷の裏側の外れには温室があり、丸いドーム型の屋根をしていて、ガラス張りになっている。


 温室の扉は取っ手の上を押し込めば開く仕組みだった。


 「これなら開けれそう」


足を思い切りあげて、ふくらはぎと太ももで取っ手を挟み込みなんとか開けることができた。


 「お邪魔します。音楽師さーん、いませんかー?」


温かな部屋の中には珍しい植物があり、温室の中央には大きな噴水が設置してある。


 「ここの植物もクイナが管理してるのかな? 大きい噴水だなー」

 「うわっ!」


噴水の後ろ側にぐるりと回ると、茶色の長髪を後ろで結った若い男性がいびきをかきながらぐっすり眠っていた。


男性の片手には、酒瓶が握られている。


 「この人、だよね。ここはあったかいからお昼寝しているのかな? いやもうとっくにお昼は過ぎたけど」

 「あのー、音楽師さんですよね? お願いしたいことがあるのですが‥‥」


キエリが音楽師の肩をゆすって、起こそうとするが、音楽師は深く眠っているようで起きる気配がない。


 「あの、王子様の笑顔を取り戻したいんです! そのために協力していただけませんか?」

 「ぐがー‥‥んぐ、ぐーが‥‥」


一向に起きる気配のない飲んだくれにキエリは少しむすっとした。


 「もう! こんなところで飲んだくれて! 水をひっかけますよ!」

 「うぐ?」


キエリは、靴を脱いで噴水に足を突っ込んで、水をすくいあげて音楽師にひっかけてやった。


 「うわああ!」


音楽師は、情けない声をあげて飛び起きた。


 「ぺっぺっ、おいコンゴウ、いくらなんでもひどいじゃないか‥‥ん?」


寝起きの飲んだくれは、焦点の定まらない目でキエリの方を見る。


 「初めまして音楽師さん、わたしはキエリです」

 「あぁ? 三人のうちどれがきこり? だぁ?」

 「‥‥わたし、酔いに効くものとお水を持ってきます」




 「んで? 王様に幸せになってほしくて、その計画にオレに協力してほしいって?」

 「はい! 音楽会をひらいたらきっと王子様も楽しい気持ちになるんじゃないかって、思うんです」


 エレドナが食事を運びに出て無人になった調理室から酔いに効きそうなものを持ってきて、音楽師を介抱してあげたあと、キエリと音楽師は向かい合うように座り、キエリは音楽師に自分の目的について話した。


音楽師は変なものを見るような目でキエリを見る。キエリの見かけに、というよりは、考えに対してだ。


 「やだね」

 「なんでですか!?」

 「あいつが音楽で感動して、涙流してスタンディングオベーションでもしてくれるとでも思ったか?」

 「やってみないとわからないじゃないですか!」

 「わかるさ。オレがもうさんざんやったからな」

 「‥‥!」


思わぬ返しにキエリは黙って固まってしまった。


 「あいつは、呪いをかけられてからふさぎ込みやがって、鬱陶しいったりゃねぇ。だから、オレにできることやってやったんだ。オレは、王妃様や王様に恩があるからな‥‥」

 「王子様のお父様とお母様?」

 「ああ、あの方たちにはよくかわいがってもらったもんだ。毎日のようにオレの音楽を楽しんでくれた。音楽しかないオレのことをあの方たちは受け入れてくださった」


キエリはじっと耳を傾ける。


 「あいつは、人が変わっちまったんだよ。音楽だけじゃねぇ、何も楽しめなくなっちまった。オレは、そんな姿をあのお二人に見せたくなかったよ。だから、しつこいぐらい、あいつに音楽を聴かせてやった。だけど、あの野郎! 楽器を片っ端から壊しやがった! ふざけやがって」

 「‥‥」

 「だから、意味ねぇんだよ。ったく、なんでオレは初対面の奴にこんな話してるんだか‥‥酒がまわったな」

 「なぜですか?」

 「あ? だから、酒がまわったんだよ」

 「もう、諦めてしまっているなら、なぜここにとどまっているんですか?」

 「‥‥」


今度は音楽師のほうが黙ってしまった。


 「本当は、諦めていないんじゃないですか? 王子様に、あなたも笑顔になってほしいって、幸せになってほしいって、思ってるんじゃないですか?」


キエリのまっすぐな視線が音楽師の虚ろな視線と交なる。


キエリの視線が下に向いたかと思うと、床に額を付けた。


 「お願いします。もう一度、わたしと一緒にあがいてくれませんか?」


音楽師から返事はない。


しかし、キエリは引き下がることはなく、額を床にあてたまま動かない。


しばらくその状態が続いた後、ばしゃん!と水に何かが飛び込むような音がした。


さすがに驚いてキエリが顔をあげると、音楽師が頭を噴水の水が溜まっているところに頭を突っ込んでいた。


酔いが回りすぎてどうにかなってしまったのかと、ぎょっとしたキエリは急いで音楽師に駆け寄った。


音楽師がゆっくりと水から頭をあげると、長い髪からしずくが垂れた。


 「だっ大丈夫ですか!?」

 「お前は何ができる?」

 「え?」

 「何の楽器ができるかきいてんだよ?」


キエリの目が輝き、嬉しさで笑みがこぼれた。


 「楽器はできませんが、歌はうたえます!あと踊りも!」

 「なのに、音楽会ってか? はぁ、ま、二人でできるやつを考えるか。あと、踊りは専門外だ勝手にやれ」

 「ありがとうございます!」

 「言っておくがオレは見込みがないと思ったらやめるからな。あとは期待しねぇこと、いいな」

 「はい! でも、期待はします!」


音楽師は呆れたように頭をかいたが、立ち上がるとキエリにてきぱきと歌の指導を始めた。



 「喉は下げるな! あと、姿勢! 歌は喉じゃなくてからだでうたうんだよ!」

 「はい!」

 「~♪」



 「ん、まぁ、筋は悪くねぇんじゃねぇの? 今日はここまで、ねみぃし、楽器も調達してこないとな‥‥」


 歌をうたうというのは存外体力を使うもので、さらに踊りも考えながらやったせいか、キエリはへたり込むように地面に座った。


 「ふぅー‥‥ありがとうございました、グイスさん」


このグイスという名の音楽師は、お酒さえ飲まなければ音楽には誠実な人で、口は悪いがいい人なのが、数時間だけでも一緒にいたキエリには理解できた。


グイスは、正直キエリのタフさに驚いていた。結構厳しめに指導したのだがそれでもキエリは食いついてきた。


 「そうだ、お前敬語やめろ、むずがゆい。さんもいらねぇからな」

 「わかった、グイス」


キエリは、疲れているようすだったがにこりと微笑んだ。


 「お前、ちゃんと休めよ‥‥」

 「大丈夫だよ。まだまだやり切れていないことがたくさんあるもの! ありがとうグイス、また明日ね!」


外はもう日が落ちていたが、キエリはまだまだ働き足りないらしく、グイスの心配をよそにばっと立ち上がって駆け足で温室から出ていった。


 「はぁ‥‥何をそんなに急いでるんだか」




 キエリは屋敷に戻り、掃除道具を持ってやり残していた高い位置の掃除を始めようとした。


 「書庫は、あの子がよく使ってるのかな? ならもっときれいにして驚かしちゃおう」

 「あれ?」


キエリは、お腹に違和感を覚えて立ち止まった。


 (前からお腹が変だけど、もっと変な感じがするのが大きくなってる気がする‥‥何なんだろう?)


違和感の正体がわからなかったので、掃除道具を持ち直して再び歩き出そうとしたところ、足元がふらついて一瞬視界が暗くなった。


 「???」

 「なにこれ?」


キエリは、押し寄せる不安に恐怖を感じたが、首をふるふると振って気合を入れ直した。


 「大丈夫‥‥時間はまだきてないはず‥‥‥まだ、大丈夫」


書庫にたどり着き、扉を開けて掃除道具を持ち込む。


書庫は、大量の書物が貯蔵されていて、いくつも並列に並んでいる棚はキエリの背よりもずっと高い。


はたきを脇に挟んで慎重に棚にかかっている梯子を登っていく。


 (はぁー、少し高いな‥‥)


口や顎ではたきを持ち直して棚の上をはたき、持ち直してはたくを繰り返す。


一旦梯子から降りて、梯子を動かし、再び最上まで登ろうとした時先ほどのような眩暈がキエリを襲った。


 「っつ!」


体勢が崩れ、キエリは梯子から床に手をつくこともできず、思い切り落ちてしまった。


 (あ‥‥どうしようからだが重い?)


視界がくらくらして定まらない。からだが思うように動かずに力が入らない。


 (うそ? まだ大丈夫だって、あの人は言ってたのに‥‥)


瞼が重くなり、閉じられた。


 (いやだ‥‥まだ、わたし何もできていないのに‥‥)

 (だめよ‥‥このままじゃ、あの子を独りにしてしまう)

 (そんなの、いや‥‥)


キエリは倒れたまま意識を手放した。

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