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心が折れても

 コンゴウは、温かい陽ざしが入り込む廊下でどうしたものかと考え込んでいた。


 (十中八九あの娘の仕業だ。しかし‥‥)


風通りが良くなった屋敷は、今まで忘れていた呼吸をしだしたかのように息を吹き返した。


これを味わってしまっては、昨日までの息苦しい屋敷に戻すのはためらってしまう。


 (どうするのが正しいのだ? 殿下は、このような状況を許されるはずがない。だが、この状況を心地よいと思ってしまう私がいる‥‥)


目を伏せれば、コンゴウがもっている盆の上に今日も届いた数通の手紙がある。


 (王様、王妃様‥‥どうすれば殿下のお心は軽くなるのでしょうか? 私はあの娘のように思いきり行動することができない‥‥これ以上殿下のお心が壊れてしまわないかと考えると、恐ろしいのです‥‥)


 呆然と立ち尽くすコンゴウの鼻をふわりといい香りがくすぐった。


後ろに気配を感じ振り返ると、そこにはキエリが柔らかくにこりと微笑んで立っていた。


キエリの首には籠がかけられていて、その籠いっぱいに花が入れられていた。


 「こんにちは、コンゴウさん。コンゴウさんもお花いかがですか?」


コンゴウは、この変わった少女をみるとどうしても顔をしかめてしまう。


 「今度は一体何を企んでいるのだ?」

 「このお屋敷だと黒バラしか見れないので、他の色のお花もあったらいいかなって思ってお花畑で摘んできたんです。屋敷をお花で飾ればもっと素敵になると思いませんか?」


キエリはわくわくしたようにはしゃいでいるが、コンゴウは、眉をひそめて深いため息をついた。


 「殿下のお怒りを買う前にそれはしまっておけ」

 「王子様もお花好きかもしれませんよ? あっ、王子様!」

 「これっ! 人の話を聞かんか!」


丁度、書庫からの帰りであろう王子が廊下の遠くに見え、コンゴウの注意も聞かずにキエリは王子めがけて走って行ってしまった。


 「王子様見てください! 森のお花畑で摘んできたんですよ。とても綺麗ですから、きっと王子様のお部屋に飾ったら心安らぎますよ」

 「あっ! そうだ良かったら今度一緒にお花畑に行きませんか? とっても綺麗でしたよ」


キエリは、優しく微笑んで王子に籠いっぱいの花をみせた。


それを見下ろす王子の顔は、遠くから危ぶんで見ていたコンゴウでさえわかるほど怒りに満ち溢れていった。


コンゴウが(いけない!)と思った時には、王子はキエリの籠から花をひったくって床に叩き落とし、無残に踏みつぶしてしまった。


 「‥‥一日の内に一度ならず二度までもこうも俺を不快にさせるとは、お前は俺を不快にさせる天才だな」

 「あ‥‥王子様はお花は嫌いでしたか?」

 「あぁ、嫌いだ! 大嫌いだ!! 二度と俺の前に見せるな!」


王子はキエリを淀んだ声で怒鳴りつけて、自分の部屋に戻っていった。


残されたキエリは、悲しそうに潰された花を見て「ごめんね」と呟きながら腕と足を使ってそれを片づけ始めた。


遠くから見ていたコンゴウはキエリを助けようかと足が動きそうだったが、それをぐっとこらえてその場をあとにした。




 料理長のエレドナは、毎日王子の健康を考えた献立や喜んでくれるのでは、と王子が幼いころ好きだった料理をだしている。


だが、その想いが王子に届くことはない。


 「はぁー、今日の献立はどうするかね。昨日は魚だったから、今日はお肉よね。さっきキエリが持ってきてくれたお肉があったわね」


キエリがエレドナに届け物をしていたのは、クイナが花畑に連れて行ってくれたお礼にキエリが手伝いをしたいといって、クイナからエレドナへの届け物を代わりにしたからだ。


 「それにしても、びっくりだわ。あの子、屋敷をすっかりお掃除しちゃうんですもの! まさか、夜通し掃除してたのかしら?」


おしゃべりなエレドナは我慢がきかず、料理をしながらぶつぶつと独り言を呟く。


 「ふふ、なんだかこのまま殿下を元にもどして‥‥いいえ、変えてしまうんじゃないかしら?」


手が止まり遠くを眺めるようにして、何かが変わるという期待で胸膨らませる。


 「そういえばあの子、ご飯どうしてるのかしら? あっという間にいなくなってしまうものだから、ご飯を渡しそびれたわ。でも、さすがにお腹が減ってるわよね」


そんなことをぽつりと言った時に、タイミングよく鈴の音が聞こえてきた。


 「はい、はーい! 今行くわ」


扉を開けると、やはりキエリが立っていた。


キエリの首には、クイナが作ってくれた籠ともう一つ新しく鈴がつけられている。


 「あら、またおつかい?」

 「いいえ、エレドナさん、わたしにお手伝いできることありますか?」

 「あらまぁ、ありがとね。じゃあ、火加減を見てもらえるかい?」

 「はい」


キエリは、籠を後ろにまわして、大きな窯が火でぐらぐらと煮込まれている前に行き、窯の中のシチューを傍にあったおたまを首と肩にはさんでぐるぐるかき混ぜる。


火が弱くなりそうなときは空気を送るポンプを膝でうまく踏んで空気を送ったり、薪を足したりした。


本当に器用に任せた仕事をこなすので、エレドナは、あらまぁとまた感心した。




 料理をする間、話し好きのエレドナはキエリとたわいもないおしゃべりをした。


 「あっはっは! そうそう、あのコンゴウも一見堅物そうだけど、ほんとは面白いやつでね」

 「そうなんですか?」

 「あの飲んだくれの音楽師に酒を仕込まれたことがあって、そんときのあいつといったら、突然泣いたり、笑ったりして、おかしいったらありゃしない!」

 「それは面白そうです」


キエリは、あることが引っかかり、首をかしげた。


 「この屋敷に音楽師さんなんているんですか?」

 「そうだよ、と言っても、今やただの飲んだくれだけどね。腕はよかったんだけど、あれじゃあ、ね。昔のあいつはすごかったよ。作曲もするし、演奏もする。しかも、ピアノにヴァイオリン、ハープにフルートなんでもござれだったよ」

 「すごい‥‥」


すごかった音楽師を想像しているのか、キエリはぽかんと口を開けたままになっている。


 「でも、あいつも可哀そうなやつだよ。自慢の腕も振るう機会がないんじゃあねぇ」

たしかに、こんな状況では音楽会や舞踏会などはひらかれないだろうなと、キエリは思った。

 「あいつもそれがわかってるんだから、王都の城にでも、他の貴族のところにでも行けばいいのに離れやしない。とんだ変わりもんだよ」

 「さ、できた。殿下のところに運ぶかね」

 「お疲れ様でした。エレドナさん」

 「ありがとうね。いっつもひとりだったから、おしゃべりができる相手がいてよかったよ」

 「それはよかったです」


キエリは、にこりと笑顔になった。


 「おっ、やっぱあんたはそうやって笑っている方がいいね」

 「え?」

 「気づかなかったかい? あんた、ここに来た時、暗い顔してたよ」

 「あ‥‥」


キエリは、見透かされていたことが恥ずかしく思えて、顔を赤くして俯いた。


 「今日は、やりすぎてしまって‥‥王子様を不快にさせてしまったんです。そんな自分が不甲斐なくて‥‥」


キエリは、辛そうに俯いて、足を重ねてもじもじとした。


 「そうだったのかい。でも、あたしはキエリが来てくれて良かったよ。殿下に真正面からぶつかってくれようとしてるのが嬉しいんだよ。今まで、確かにみんな殿下を助けようとしたけれど、殿下自身も周りの人とどんどん距離をとっていって‥‥」

 「孤独まであの方を蝕んでいっているからね。孤独は呪いと同じくらい怖いよ」


キエリが顔をあげてエレドナを見ると、エレドナは優しい表情でキエリを見ていた。


そして、歯が見えるくらいニカッと笑って、ばんっとキエリの背中に手を振りおろした。


 「頑張りな、キエリ! あたしゃ応援してるよ!」


その手からキエリは元気を貰えたような気がした。


 「ありがとうございます、エレドナさん。わたし、がんばります。王子様に幸せになってほしいもの!」

 「うん、うん! その意気さ」

 「エレドナさんのお話を聞いて元気も出たし、いい考えも浮かびました。早速やってみます」

 「よし、行ってきな」


キエリが一秒でも速く移動できるように、エレドナが扉を開けてあげた。


 「本当にありがとうございました、エレドナさん、行ってきます!」


キエリは、ぺこりと頭を下げた後、走って部屋を飛び出したキエリをエレドナは晴れ晴れとした気持ちで見送ったが「あっ! キエリ、あんたご飯は!?」と、すっかり忘れていた大事なことを思い出し、大声で叫んで呼び止めた。


もうすっかり遠くなってしまったキエリから「わたしは食べなくても大丈夫でーす!」と元気はいいが気が気でない返事がきた。


 「大丈夫って、ほんとかね、あの子‥‥」


エレドナは晴れ晴れとした気分に、雲がかかるのを感じた。

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