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花を

 王子は、いつ朝がきて、いつ夜がきたのかわからない部屋の寝台で、灯りをともしてずっと本を読んでいる。


国を治めるのに必要な知識の詰まった本やこの呪いをどうにかできないかと魔法や呪いに関する本だ。


だが、本を読んでいると「こんなことをやっても意味がない」、「この姿のまま一生を過ごし、独りで死んでいくのだ」と囁く声が聞こえてきて、怒りのままに本を破り捨ててしまうこともあった。




 寝台に積んであった本を読み終わり、新しいものを書庫に取りに行こうと起き上がった。


書庫に行く以外で滅多に部屋の外に出ることはない。


コンゴウに取りに行かせてもいいのだが大量に持っていきたいと思うと初老のコンゴウに力仕事を任せるのは憚られるというのと、本当は時々無性に不安と寂しさに駆られることがあり、廊下に出て窓から外をちらりと覗いている。


だがすぐに無神経なほどまっさらな空が憎くなり、眩しい外の世界にもう出ることはないという絶望が王子を襲い、カーテンを閉じるというのが常だった。




 王子が大量の本を持って扉を開けたところで、突然両目に痛みが走った。


思わず手で目を覆ったために本が王子の手から落ちてしまった。


 「王子様、大丈夫ですか!?」

 「その声は、化け物じみたあの女か! 一体どうなっている!? 目が痛くて開けられん!」

 「王子様の目はきっとびっくりしているのですね。でも、しばらくしたら慣れますよ」


王子の目から痛みが引いていき、ゆっくりと目を開けた。


 「なっ!?」


暗く冷たいはずの廊下に陽ざしが差し込み、温かい。


陽ざしを遮っていた重いカーテンは取り払われ、窓を開けたのか淀んでいた空気が入れ替わり澄んでいる。


 「なんなのだ‥‥何なのだこれは!?」


王子が憎々し気に変貌した廊下を睨みつけていると、足元でちょこちょこと動いているキエリに気付いた。


王子が落としてしまった本を一生懸命にかき集めている。


 「廊下のカーテンを全て取り払ったんです。こちらのほうが温かいでしょう?」

 「余計なことをっ‥‥」

 「人間には温かい陽ざしを浴びることが大事だと聞きました。それに、美味しいご飯とぐっすり眠ること」


キエリは一通り本を集めると立ち上がって、明るい日のもとに照らされた王子の獣の顔をまっすぐ見つめた。


同じくよく見えるようになったその顔には痛々しい傷と心配の色が見えた。


 「王子様、ちゃんと寝ていますか? 少しわかりにくいですが、くまができているように見えます。それにお食事だって‥‥」

 「‥‥‥っお前には関係のないことだ」

 「いいえ、あります。王子様のことは何だってわたしの大事なことですから。そうだ! 王子様のお部屋もお掃除します!」

 「絶対に入るな!!」


王子は、キエリを怒鳴りつけて牙と爪でキエリを威嚇した。


キエリは、寂しそうにしながらも小さく「わかりました」と言ってその場から立ち去った。


王子は、明るくなった廊下を見ると、胸がじりじりと痛むのを感じ、今すぐどうすることもできないので外套で顔を隠すように被り、本を取って急ぎ足で書庫に向かった。




 キエリは、掃除をひと段落させ、天気がいいので洗濯をした後、あることを思いついて庭師のクイナに会いに行くことにした。


クイナは、エレドナからもらった昼食を庭の木の下で食べているところだった。


 「クイナ、こんにちは」

 「こんにちは、キエリ。君だよね、屋敷を掃除したのって?」

 「うん、まだ高いところはできていないのだけど、できる範囲をやってみたの」

 「殿下は怒っていなかった?」

 「うぅ、うん、ちょっぴり怒ってたかな? でも、首をはねられないってことは大丈夫!」

 「君って、その‥‥すごいんだね」


勝手なことをすれば王子の怒りを買うのではないかという不安をまったく気にしないキエリに、クイナは皮肉ではなく素直にすごいと思えた。


 「クイナの方がすごいよ! だって、こんな広いお庭を管理しているのでしょう? しかも一人で! クイナはとっても頑張り屋さんなのね」


キエリがパッと明るい笑顔で不意に褒めるものだから、クイナは顔を真っ赤にして照れてしまった。


 「え、と、キエリは何か用だった? 僕にできることがあったら言ってね。コンゴウさんに言わないでいてくれたおかげで、ここの仕事をなくさずにすんだから」

 「ううん、むしろ巻き込んでしまってごめんなさい」

 「いいんだ! あれは、僕が決めてやったことだから‥‥」

 「クイナ、本当にありがとう。ひとつききたいことがあって、どこかに綺麗なお花が咲いていないかな? ここの黒バラも綺麗だけど、もっと色のあるお花を探してるの」

 「花、か‥‥森に少しはいれば、花畑があるんだ。そこならたくさん花が咲いているからいいんじゃないかな?」

 「本当!? ありがとう、さっそく行ってみるね!」


キエリは、さっそく花畑に行こうとしたがクイナが立ち上がってキエリを呼び止めた。


 「待って、僕が案内するよ。森の中は野生動物がでて危ないからね。一人で行っちゃ駄目だよ」

 「うん! クイナってすごく優しいのね! ありがとう」


相変わらず彼女の笑顔は花のようだと少し見惚れて、クイナは準備をしてキエリと一緒に森の花畑に向かった。

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