表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/77

ここから始まる

 「殿下! 殿下どうなさいましたか!?」


 扉が性急に叩かれ、結局返事も待たずに開かれた。


 「殿下‥‥っ! 何者だ貴様!」


扉を叩いていたのは王子の側役のコンゴウで、その後ろには顔を青くしたクイナが立っていた。


コンゴウは、こんなところにいるはずのないキエリを激しい形相で睨みつけた。


キエリは、目をぱちくりさせ、にこりと親しみのある微笑みをみせる。


 「初めまして、これからしばらくお世話になります。キエリです」


コンゴウは、状況が理解できずぐっと顔をしかめた。


王子がキエリに向かって指をさす。


 「ふんっ、どうやら化け物には化け物が引き寄せられるらしい‥‥勝手にさせておけ」

 「なっ‥‥かしこまりました」


キエリは、王子の言葉を聞いて少しむすっとして王子の方を向いた。


 「王子様、先ほども言いましたが、あなた様は決して化け物では‥‥」

 「おいっ、これ以上殿下を煩わせるな! 来なさい」


キエリは、コンゴウに服を引っ張られて王子の部屋から退出させられた。




 「それで、貴様は一体何者なのだ?」

 「わたしの名前はキエリです。先ほど王子様に名づけていただきました」


コンゴウは、呆れたようにため息をついた。


 「そういうことではなく‥‥はぁ、どうやって、ここに入り込んだのだ」


キエリは、ふとコンゴウの後ろに立つクイナのことが視界に入ったがすぐに視線をコンゴウに戻した。


 「頑張って忍び込みました! ここは人が少ないようですし、難なく入れましたよ!」


にこりと自慢げに話すとそんなこと自慢げに言うのではない!と叱られた。


 「貴様は‥‥」

 「キエリです!」

 「‥‥貴様で十分だっ、貴様は浮浪者か何かか? ここは殿下の屋敷だ速やかに立ち去れ」

 「去りません。王子様に滞在の許可はだしていただきました」


コンゴウは、眉間に皺を寄せた。王子の許可という免罪符は、コンゴウには効くようだ。


 「一体、何が目的だ? まさか、このまま住み着く気なのではないか? ここは慈善施設なのではないのだぞ」

 「まさか!? わたしが居られるのは数週間ほどの少しの間だけです。その後は嫌でもいなくなりますから‥‥それにわたしは王子様に幸せになっていただきたいだけです」

 「なに?」


コンゴウの厳しい顔がより険しくなっていく。


 「貴様にあの方の苦しみをどうにかできるわけないだろう! 二年も、国中であの呪いを解く方法を探したにもかかわらず、見つからないのだぞっ」

 「あの呪いは見かけだけではなく、あの方の心まで蝕んでいる‥‥もう、誰にもどうもできないのだ!」


コンゴウは、キエリを怒鳴りつけたが声は悲しいほど震えていた。


この怒りの全ては、キエリに向けられていないとキエリは微かに思った。


 「‥‥確かに、わたしには呪いをどうこうする力はありません。でも、だからといって、このままでいいとは思いません」

 「あなたもそうなのではないですか?」


キエリの透き通る瞳は、まっすぐコンゴウを見つめている。


コンゴウは、心の内を見透かされたことに驚きひるんだ。


 「‥‥‥数週間と言ったな、殿下に迷惑をかけるようなことをすれば、すぐに追い出すからな」

 「はいっ! しばらくの間よろしくお願いします」


コンゴウは諦めたように小さくため息をついて、渋々と言った様子でキエリの滞在を認めた。




 コンゴウは、キエリという面倒ごとを押し付けようと料理長のエレドナを呼び出した。


彼女は、世話焼きであるからきっと喜んでキエリの世話をするだろうと思ったが、キエリを見た瞬間


「ぎやぁ!? 可愛いお嬢さんが一体どうしたの!? こんな傷を負って、まぁまぁまぁ」と顔を青ざめて騒ぎだしたので、説明するのにコンゴウは四苦八苦した。


 エレドナは、コンゴウが滞在してよいと言った部屋にキエリを案内するため、暗い廊下を一緒に歩いていた。


 「それにしてもびっくりだわ。こんなお嬢さんが殿下のためにわざわざこの屋敷に来るだなんて! そんなからだじゃあ今まで大変だったでしょう?」


エレドナはキエリの苦労を想像して、表情までつられて辛そうになっている。


彼女の物言いというのは遠慮がないが言い方には素直さが出ているので、皮肉や負の感情は全く見られない。


 「いいえ、わたしは全く‥‥それよりも王子様の二年間の方がお辛かったでしょうに」

 「そうね、あの魔女のせいで姿も変えられて‥‥そのせいで心まで‥‥あの呪いはきっと殿下だけじゃなく周りの人間も不幸にする呪いなのよ」

 「周りまで?」

 「えぇ、王様と王妃様、つまり殿下のお父様とお母様も大変心を痛めていらっしゃるの‥‥それにご友人たちだって」

 「‥‥‥」

 「ごめんなさい、しんみりさせてしまったわね。さ、ここがお嬢さんの部屋だよ」


ずいぶん歩いたかと思えば、王子の部屋から一番離れている部屋にたどり着いた。


エレドナが扉を開けると、掃除が行き届いていないようで、埃はたまっているわ、蜘蛛の巣は張っているわ、小さい寝台一つとクローゼットに何年も使われていない台所がある、暗く冷たい隙間風を感じる部屋だった。


しばらく部屋の酷いありさまを眺めたエレドナが「連れてきてなんだけれど、やっぱりあたしの部屋に滞在しない? ここは、お嬢さんが寝泊まりするにはちょっと‥‥」と、気まずそうに言った。


しかし、キエリは優しくエレドナに微笑んで部屋の中に入ってぐるりと部屋を見回し、部屋の中にあった箒をみつけてなけなしの腕で挟んだ。


 「ありがとうございます。でも、せっかく用意してくださったお部屋ですから使わせていただきます」

 「それに、お掃除すればきれいになりますよ」


全く心が折れていない様子のキエリを見て、エレドナは目を丸くした後、にかっと笑った。


 「うん! いいねあんた!」


エレドナは、他の掃除道具を探し出してキエリのもとに置いてあげた。


 「手伝ってほしいことがあったらすぐに言って、あたしはキエリのこと応援するよ!」


エレドナは、眩しい笑顔でキエリの背中を元気づけるようにばんっと叩いた。


勢いが強くてつんのめりそうになったが足に力を入れてぐっとこらえた。


 「はい、ありがとうございます、エレドナさん」

 「いいよ。あらいけない、殿下のご夕食の準備をしないと! あたしは調理場に大抵いるから、何かあればすぐに声をかけてね!」


エレドナは、にこっと笑顔で手を振った後、急いで部屋から飛び出していった。




 「ふふっ、エレドナさん、元気な人だったな‥‥クイナもとっても優しい。コンゴウさんはあの子が大事なのね‥‥そんな人があの子の傍にいてくれてよかった」


キエリは、部屋の掃除を器用にこなしながらぽつりと独り言を呟く。


 「わたしにできること探さないと‥‥わたしの時間は多くはないのだから」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ