拒絶されても
少女の後ろで扉が音をたてて閉まった。
暗さに目が慣れてくると、部屋の少し奥に大きな寝台があり、その上に大きな黒い影がうごめいているのが見えた。
それをみとめると、少女は胸が切なくぎゅっと苦しくなった。
「あのっ‥‥」
意を決して少女は王子に話しかけた。
しかし、王子からの反応はない。
「あのっ! わたし、王子様に会いに来ました! あなた様を助けたくてっ!」
必死に王子に伝わるように少女が叫ぶとやっと王子はからだを起こし、その眼光が少女を捉えた。
「なんだ貴様? どうやって入ってきた?」
少女は王子が反応してくれたのが嬉しくて、ぱっと明るい笑顔になった。
「先ほど、王子様が『入れ』と言ってくださったので、そこの扉から入ってきました!」
王子は、ゆっくりと立ち上がり少女の目の前へ二本の獣の足で歩いてきた。
目の前に立たれると、王子の狼のような顔がより大きく見え、その口から大きな牙がはみ出している。
王子は、ぎりぎりと歯ぎしりをしながら、少女を睨みつけた。
「貴様ふざけているのか? 俺が誰かわかってここまで来たのか?」
「ふざけてなどおりません。わたしは王子様に会いにここに来ました。わたし、王子様の助けになりたくて、幸せになっていただきたくてここまで来ました!」
ただでさえこんな状況でにこりと微笑んでいるおかしな少女に、さらに異常な部分があることに王子は気付いた。
「お前、その顔の傷と両腕はどうした?」
「え?」
少女の顔には大きく斜めに痛々しく縫われた傷があり、あるはずの両腕は半ほどしかなく、彼女が羽織っている布の中には空気ばかりがたまっている。
「顔の傷はいたずらで切られて、両腕は野良犬に引きちぎられました」
少女は、なんとも残酷なことをさらりと笑顔で言った。
王子は、顔を歪めながら頭を抱え数歩後ずさった。
「俺は、一体何と話をしているのだ? こんな奴と‥‥あぁ、そうか、ついに俺は狂ってしまったのだな」
「王子様は狂ってなどいませんよ」
王子は、よろめきながら少女をまじまじと見る。
「はは、こんな化け物にはお前のような化け物がお似合いか‥‥」
「わたしは何でも構いませんが、ご自分のことを化け物などと言わないでください。あなた様は化け物などではありません」
「知ったような口をきくな!」
王子が怒りのまま鋭い爪を少女の首元に食い込ませ、獣が威嚇するように唸った。
しかし、少女はひるむことはなく、まっすぐ王子を見つめている。
「わたしは知っていますよ。あなた様は本当はとてもお優しい方だって‥‥わたし、あなた様の助けになりたくてここまで来ました。どうか、数週間ここでの滞在をお許ししていただけませんか?」
「もし、お許しくださらなくても、きっとわたしは諦めきれないでしょうから‥‥お手数ですが、ここで首をはねていただけると助かります」
「‥‥‥‥何なのだお前は‥‥‥」
王子は、少女のおかしな言動にすっかり圧倒されて、少女の首に突き立てていた爪をゆっくりとひいた。
もはやこの変わった少女が現実なのかどうかさえ怪しく思え、投げやりな気分になってきた。
「お前‥‥名は何という?」
「名前ですか? あ‥‥ないです」
「では、お前の名前は今日からキエリだ」
キエリというのはこの国にいる鳥の名前で、甲高く鳴くものだからうるさいと嫌われている。
嫌がらせのつもりで付けたのだが、少女は目を輝かせて何度もその名前を呼び、感動に耽っている。
「キエリ‥‥キエリ、キエリ! ありがとうございます! とっても嬉しいです」
キエリは、満開の花のように可愛らしい笑顔をみせた。
王子は、それを苦々しく睨みつけ、勝手にしろと言って外套を翻して寝台に戻っていった。