エドワードくんの愉快な仲間たち
ベンジャミン・サイアンといえば、王国内でも屈指の天才少年である。
代々宰相を務めるサイアン家の末孫で、第一王子エドワード殿下の御学友でもあった。
「エドワード殿下! おはようございます」
朝、ベンジャミンは挨拶と共に、エドワードの足をひっかけた。
ここは由緒正しき王立学園の正門だ。
すなわちエドワードは生徒達の目前で、それはもう盛大にころんだのだった。
「いやいや、なんで足を掛けるんだよ!?」
「え? 殿下は御自身が何をなさろうとしたか、お分かりにならないのですか?」
ベンジャミンは、自分に非はない、むしろ止めて差し上げたのです。と言わんばかりの態度である。
「俺はただ、婚約者のヴァイオレットと、友人のマリアに挨拶をしようと…」
そう言って、エドワードが指差す方向には、ヴァイオレットとマリアが2人きりで仲良く語らう様子が見えた。
婚約者のヴァイオレットは、その名の通り、慈愛に満ちた菫色の瞳に、ふんわりとウェーブした明るい茶髪の、まるで春の妖精のような可憐な美少女だ。
一方、友人のマリアは、氷柱のように真っ直ぐと輝く銀髪に、針葉樹林を彷彿させる緑の瞳の、冬の妖精のような楚々とした美少女である。
2人の美しき令嬢は、そこにいるだけで、大輪の花が咲いて見えるほどに麗しい。
さわやかな朝に、仲睦まじく登校しているようだ。
「ほら! 女子同士の空間に男が割り込もうなど、言語道断。禁固、無期懲役、死刑に値するほどの重罪です!」
「挨拶するだけなのに!?」
「殿下には、あの二人の仲睦まじき語らいが見えないのですか?
『素敵な髪飾りですね。失礼、…御髪に花びらが』
『え? 私ったら、恥ずかしい…』
『きっと、花も咲いたことを伝えたかったのでしょう。今日のヴァイオレット様は、春の妖精のようにお美しいですからね』
……って、え、待って。突然の供給(マリア×ヴァイオレット)無理尊い………」
そう話しながら、ベンジャミンは胸を押さえ悶える。
また、例の発作が始まった。とエドワードは思った。
ベンジャミンは、女の子同士が仲良くしていると心拍数が異常に上がるという奇病を患っている。
本人曰く、不治の病らしい。
「それより、これほど離れているのに、なぜ二人の会話が分かるんだ?」
「何を言ってるんですか? 読唇術くらい出来て当然でしょう?」
エドワードの至極真っ当な質問に対し、ベンジャミンは心底、意味が分からないといった面持ちで答えた。
何を隠そう、ベンジャミンは天才には違いないが、方向性にかなり問題があったのだ。
◇◇◇
「ベンジャミン様の着眼点には驚かされます」
「いえいえ、偶々ですよ」
「ふふ、ご謙遜を」
昼休み、エドワードは、ヴァイオレットとマリアと一緒に昼食をとろうとカフェテリアにやって来た。
雨で中庭が使えず、カフェテリアは混み合い、そこへ相席となる形でベンジャミンがやって来たのだ。
あれ? 朝に、女子同士の間に入るな。と言っておきながら、自分は入っているではないか?
エドワードは、そう訝しんだ。
心の狭い彼は、朝、自分と婚約者と友人との仲を邪魔されたことを未だに根に持っている。
学友達が青春を語り合う中、彼は一人「男の嫉妬」という醜悪の最たるものが棲まう世界に取り残されていた。
「エドワード殿下も、そう思いませんか?」
だが、ヴァイオレットに話を振られて、エドワードは現実に戻った。
婚約者のヴァイオレットは、エドワードの心を照らしてくれる唯一の存在である。
現に、女神の如き微笑みをたたえ、エドワードを輪の中へと導いてくれた。
「…えっと、何の話だっけ?」
「ベンジャミン様の研究ですよ。先日『体表面積への身長と体重の数学的アプローチ』を発表なさったそうです」
「なんて??」
思わずアホな声が出たが、これでもこの国の第一王子である。
友人のマリアは、アホの知能指数に合わせて懇切丁寧に説明を始めた。
「簡単に言いますと、『人の体表面積を求める公式』を考えたのです」
「へぇ。でもそれが、どうして凄いんだ?」
「子供の薬の量が計算できます」
王国では現在、子供に薬を飲ませるときは年齢によって薬の量を変えている。
しかし、同年齢で体格が大きく違う場合もあり、効果はまちまちだ。他にも、子供の体重により薬の量を変える方法もあるが、同じ重さでも脂肪か筋肉かで効果が異なり、これも一概に良い方法とは言えない。
そんな中、ベンジャミンの編み出した体表面積から薬の量を求める方法は画期的だった。
体表面積が大きいほど代謝も大きい、という相関関係も見出され、この方法は今代で最大の薬学的進歩をもたらしたのだ。
「それだけではありませんわ! 服飾業界でも注目されていますのよ。仕入れる布地の大きさを変更したり、布のロスを減らしたりできるかもしれません」
2人は、口々にベンジャミンを称賛した。
流石、王国屈指の天才と呼ばれるだけのことはある。
単純なエドワードは、さっきまでの憤りを忘れ、純粋にベンジャミンに感服した。
「どのようにして発見したのですか?」
「いやぁ、うちの家は放任主義でして、自由にやっているだけです」
「才能を伸ばすには最適の環境ですのね」
ちなみに、ベンジャミンが数式を発見した本当の理由は、「コートのポケットは、女の子が手を握り合って入る大きさにするべきだ!」という崇高な考えからである。
冬、女の子達が、今日は寒いね。とお互いのポケットに手を入れ合う姿を見て、
ーーーだが、女性用のコートはポケットが小さく、2人分の手が同時に入らない事が、心苦しかったのだ。
もし、ポケットの中で、2人の指を絡ませる事ができたら。
ポケットがぎりぎりの大きさで、2人の手が密接に触れ合わざるをえなかったら。
ーーーなんと素晴らしいことだろう。世界平和も夢ではない!
「それには、体積? ……いや、ポケットの布面積を求めるには、人の表面積が必要ですな!」
彼は持ち前の頭脳を最大限に活かし、この問題に1人向き合った。
それはもう魔王に立ち向かう勇者のごとく果敢に、そして祈りを捧げる聖者のごとく一心に、寝食の時間さえ惜しかった。
私利私欲ではない、すべては世界平和のためである。
その甲斐あってか、構想から3ヶ月半という短い時間で、見事数式は作られた。
ベンジャミンの歳の離れた姉は服飾業界にツテがあり、この冬売り出される最新のコートで、彼の願いは叶う手筈となっている。
めでたし、めでたし。
そのまま4人の雑談は続き、話題は学園内の勉強のことになった。
主な話題は、近々行われる定期テストについてだ。
「エドワード殿下、あの、実は、お願いがありまして…」
「何だい、ヴァイオレット?」
ヴァイオレットは、やや恥ずかしそうに話を切り出した。
「私達、1年生は今回が初めてのテストでして、少々不安なのです。……もし宜しければ、勉強を教えて頂けませんか?」
「もちろん!」
学園生活、最高かよ!!!!
エドワードは、神に感謝した。
夢にまで見た大好きな婚約者との勉強会である。
普段、王子としての教育や公務で、なかなか会えない分、ここで自分の良い所を見せ、是非ともヴァイオレットに惚れ直してもらいたい。
ーーー惚れ直す以前に、ヴァイオレットが惚れているかどうかはかなり怪しいが、ここでは敢えて言及しないでおこう。
「それで、何の科目が心配なんだい?」
エドワードはキリッと背筋を伸ばし、年上の余裕を持ってヴァイオレットに臨んだ。
なお、頬には先ほど食べたパンの屑が付いているが、エドワードの王子という身分から誰も注意できずにいる。
「古典と歴史が心配でして…」
「古典と、歴史………!?」
「エドワード殿下は、如何ですか?」
「も、もちろん! 古典も歴史も得意さ!」
「まあ、流石ですわ!」
「まあね!!」
エドワードは見栄を張って、ヴァイオレットに虚偽の申告をした。
残念なことに、エドワードは勉強が得意ではない。
それも古典と歴史にいたっては、悲惨とも言える成績を収めていた。
エドワードは3年生である。
1年生の初めてのテストは、基本中の基本ともいえる可愛らしい出題範囲から問われるが、学園生活と王妃教育を両立できるヴァイオレットに、彼が教える物は無い。
本当は、アホなエドワードが勉強するように仕向けた策なのだが、幸せな事に、そうとは知らない本人であった。
「では、放課後に図書館でお待ちしておりますね」
約束ですわ。と微笑み、ヴァイオレットは1年生の教室へと戻って行った。
「フゥー!! テスト勉強最高!! 放課後に早くならないかなあ!!」
「え、殿下チョロすぎません…?」
「しっ!」
ベンジャミンの発言を制するマリアも、もちろん共犯である。
そんなわけで、エドワードは放課後になると、すぐ図書館に向かった。
「なんで、お前も来るんだよ!」
「マリア嬢に誘われましたので」
しれっと、ベンジャミンも同行する。
学園の図書館は広く、それだけで一棟を占めている。今の時期は自習で図書館を利用する生徒が多いが、4人が勉強するスペースは十分に空いていた。
「マリアは?」
「ヴァイオレット嬢を迎えに行きました。私達は、先に勉強を始めましょう」
「ゔゔん…」
エドワードは、しぶしぶとノートを取り出す。
ベンジャミンも横の席に座すと、教科書を開いた。
パラパラと教科書をめくり、眺めては、次々に他の科目の教科書を取り出している。
一冊一冊を熟読する様子では無い。
そもそも、本当に読めているのだろうか。
「……一つ質問するが、どのような方法でテスト勉強しているんだ?」
「簡単ですよ、教科書の丸暗記です。先生方の能力を考えれば、教科書に載っていることしか問題に出せませんからね」
「でも数学とか、全く同じ問題は出ないだろう?」
「ハハハ、そんな違い、微々たるものですよ」
ベンジャミンの発言に、エドワードは言葉を失った。
エドワードは、国語数学理科社会、全ての科目が苦手である。
幼い頃から、母王妃には怒られ、父国王には笑われ、城の家庭教師には嘆かれていた。
それでも、友人マリアと予習復習を重ねて、婚約者ヴァイオレットに励まされて、なんとかこの学年まで進級してきたのだ。
エドワードは神を恨んだ。
あまりにも不平等である。目の前で広がる格差に憤らずにはいられなかった。
「薄い教科書ですから、パラパラと眺めるだけで覚えられますよ」
「あーー、うるさい! 俺はそんな直ぐに教科書なんて覚えられねぇの!!」
感情のまま声を張り上げ、うつ伏せになる。
エドワードは15歳にもなりながら、図書館で大声を出し、人目も憚らずいじけていた。
「ぐすんっ」
「ええ、めんどくさい………」
ベンジャミンがどう声をかけるか考えていると、救世主が現れた。
「エドワード殿下、遅れて申し訳ありませんわ」
婚約者ヴァイオレットの到着である。
ヴァイオレットの声を聞き、エドワードは瞬時に顔をあげた。
大好きな婚約者にカッコ悪いところを見せたくない。という、なけなしのプライドが彼を奮い立たせたのだ。
「いや、全然大丈夫。先に勉強を始めていたから、待ち時間はゼロだ」
「まあ、先に勉強を! 寸暇を惜しまない殿下も、素敵です!」
ヴァイオレットは女優である。
たとえ、図書館に入る前に叫び声が聞こえたとしても、机上のノートが真っ白でも、エドワードを褒めて、持ち上げて、やる気を持たせる。
現に、エドワードは得意気な表情で、教科書を開き始めた。
「うわぁ、この国の将来、大丈夫かな…」
「ヴァイオレット様が王妃になるので、問題はないかと…」
マリアは遠い目をして、半ば自分に言い聞かせるように、そう答えた。
エドワードの友人であるマリアは、可哀想なことに側近の一人なのだ。
「殿下! まずは、基礎のおさらいをしましょう!」
「そうだな、ヴァイオレット!」
こうして勉強会が始まり、一時間が経った。
「これで試験範囲は一通り済みましたわ!」
「ぷぇぇ……」
エドワードの集中力が無事逝去したことにより、各自休憩に入る。
マリアは質問があると職員室へ、ヴァイオレットは栄養補給です。と飴を手渡してくれた。
口に放り込むと、レモンの爽やかな酸味とほのかな甘味が広がる。
ヴァイオレットがくれた大切な飴である。エドワードはゆっくりと味わった。
隣でガリガリと咀嚼する音が聞こえたが、紳士らしく気にしないことにした。
「ベンジャミン様は入学時から首席ですが、どのような勉強方法を?」
「いえ、特別な事は……。日々努めているだけです」
俺の時と、対応が違いすぎないか?
目を剥き、ベンジャミンに不条理を訴えかけるが、当の本人は素知らぬ顔である。
もっと気に障る感じだった。と後にエドワードは語った。
ちょうど飴を舐め終わる頃に、マリアも職員室から戻ってきた。
勉強会の再開である。
「こちらは過去の試験問題です。先生方に頂いて参りました」
「参考に致します!」
「1年生と、……3年生の分もある?」
「はい! 今から解答を作りますね」
「僕も手伝いますぞ」
ベンジャミンとマリアが模範解答を作る間、今までの復習を活かして、エドワードは試験問題に取り組んだ。
もちろん、すべて計画のうちである。
「65点…」
「まっ、俺が本気を出せばこれくらいだね!」
エドワードは渾身のドヤ顔で、誇らしげに答えた。
「……たしかに、古典は歴代最高得点ですね」
「まぁ、×より⚪︎の数が多いですし……」
「殿下の本気が、65点………」
3人は顔を見合わせ、急いで今後の予定を立て直した。
この短い時間に、3人には長らく戦場を共にした古兵のごとき結束が生まれていた。
65点。ーーまだまだ課題はあるが、追試は回避できる点数である。
「ミスした問題のおさらいですわ!」
「殿下! ノートを開きましょう」
「私、参考書を取ってきますね」
こうして勉強会は、ヴァイオレットが主導権を握り、ベンジャミンが教え、マリアが円滑に進むようにサポートして続行することになった。
しかし、残念なことに、エドワードは時間をかけてやれば出来る子ではない。
王城の家庭教師も匙を投げるほど、何をやらせても、どんなにやってもダメな子なのだ。
次第に、ヴァイオレットにも疲労の色が見えてくる。
「ふぅ…」
「ヴァイオレット様も、休憩をしてくださいね」
「ええ、お気遣いありがとうございます」
マリアは、ヴァイオレットに対しお茶を用意してくれたり、席に着く際は椅子を引いてくれたり優しかった。
ベンジャミンはその光景を前に、胸を押さえたり、悶えたりと、これはこれで忙しそうである。
「ああ、何千何万回と親しんだベタな展開だ。だからこそ安定した味わいがある……!」
最終的に、ベンジャミンは図書館の通路を塞ぐように倒れた。
動悸が酷いらしい。
保健室へ連れて行こうとしたが、断固として拒否された。
「せめて端に避けてくれないか。そこに倒れられると邪魔なんだが」
辞書を片手に、エドワードは言う。
座りすぎてお尻が痛くなった彼は、立ち上がったついでに辞書を棚に返しに行く途中なのだ。
「マリア嬢の清廉な容貌に加え、あの紳士的な態度!
ヴァイオレット嬢の可憐で、どこか儚げな様子と相余って、宗教画のような高潔な雰囲気を醸し出しています!
傅いて祈りたくなる尊さ! 魂が浄化されました!」
「いや、話を聞けよ」
倒れた状況とは反し、ベンジャミンは絶好調である。
さて、古典と歴史の勉強も一段落つき、無事に勉強会はお開きになった。
もう遅いからと先に女子を帰した後、残った2人で後片付けをしていると、離れた席から聞こえよがしに声が響いた。
「王家に、宰相家、それに婚約者の侯爵家、そんな名だたる名家の中に、なんであの女がいるんだ?」
人を見下した嫌な感じがする、男子生徒の声であった。
王家エドワード、宰相家ベンジャミン、婚約者の侯爵家ヴァイオレット、これらから察するに「あの女」はマリアのことを言っているだろう。
「母親は属国の出身だぞ。俺たち宗主国のおこぼれに預かる下賤な民だ」
「たしか、北の属国だろう? 大した作物も取れず、体を売って小麦を買っている売女の国!」
「おいおい、下町の平民だって、今時小麦のために身売りなんてしねぇぞ」
「さすが、属国の奴らは卑しさが違うなぁ」
下品な笑い声と共に、次々に男子生徒達は属国を蔑む発言を続ける。
宗主国の者が属国を悪く言おうと咎められる事はないが、聞いていて気分の良いものではないし、明らかに男子生徒達はマリアをターゲットにして発言している。
マリアへの直接的な侮蔑を避けて、何かあった場合も言い逃れるように保険をかけていた。
こいつらは何を言っているんだ。
生まれはどうあれ、マリアは俺の友人だぞ!
エドワードは怒りに沸いた。
マリアは誉高き将軍家の令嬢で、決して卑しくはない。
むしろ、幼い頃から馬鹿で間抜けで愚図なエドワードを支えてくれたのはマリアである。
幼いエドワードが、大人の護衛を怖がって泣いたときから、マリアは専属護衛として側にいてくれた。
王城で、じいやに叱られる時も、ばあやにお説教された時も、いつも一緒だった。
エドワードのために弁明も、一緒に罰を受ける事もしてくれたのだ。
幼馴染みとして、友人として、側近として、
マリアには、婚約者ヴァイオレットとはまた違う感情を抱いている。
エドワードにとって、マリアは親友だった。
「おいっ、お前達!」
男子生徒の元に、発言を撤回するよう向かう。
ーーしかし、それより早く、ベンジャミンが立ち上がった。
貴族名鑑、これだけでカバンが一杯になるほど分厚い本をドンッ、と男子生徒の前に置き、聞くに耐えない悪言を絶つ。
「失敬。随分と面白そうな話をしているようですね。
しかし、一つだけ訂正があります」
フッ、と冷ややかに笑う。
丁寧な物言いが、余計恐ろしかった。
「宗主国はただ一国で成り立っているのではありません。
属国と共に成り立っているのです。
北の属国は、たしかに作物が育ちにくいですが、宝石産業が栄え、数多くの職人が留学しております。
他にも南の属国からは絶え間ない食糧供給を、東からは新しい魔法技術を、西からは発展した航海技術がもたらされました。
我々宗主国民が、日々豊かな生活をおくるのは、属国との関係が良好だからです。
その恩恵を享受しておきながら、感謝することなく、見下すとは。
本当に下賤なのは、貴方達の方ではありませんか?」
しん、と館内が静まり返る。
そして、ベンジャミンの考えに同意するように拍手が巻き起こった。
特に、大きな拍手を贈っているのは、属国出身の生徒達である。
宗主国は、ただ一国で成り立っているのではない。
それは、この王立学園でも言える事だった。
エドワードは、ベンジャミンの話を聞き、自分を恥じた。
生まれはどうあれ、ーーそれは綺麗な言葉だが、同時に卑しい生まれだと認める言葉でもある。
一方、ベンジャミンは宗主国と属国との関係性を説くことで、真の貴賎とは何たるか知らしめたのだ。
貴賎とは、その人にあり、生まれにない。
エドワードは、大切な事に気付かされたのだった。
「ベンジャミン、俺、勘違いしていたよ。あいつらに言ってくれて、ありがとう……」
「分かってくだされば良いのです」
その後、一呼吸おいて、ベンジャミンは言葉を続けた。
「マリア嬢がヴァイオレット嬢に優しいのは、卑しさではなく、その高貴さゆえの行動なのです。
服従ではなく、ノブレス・オブリージュ!
先程の発言は、解釈違いにも程がある」
「そうだな……んん??」
なお、ベンジャミンは貴賎を説きはしたが、本質的な解釈違いがあるのだった。
◇◇◇
「ええ、母は属国の出身です。大公女だったそうです」
「大公女……ということは、ゼリェーヌ公国ですか?」
「はい! よくご存じで」
ゼリェーヌ公国は、エドワード達が生まれる前に属国になった。
小さな国だが、王妃教育を受けているヴァイオレットはきちんと把握しているのだ。
「マリア、という名前も、公国の言葉に近い発音で、母が呼びやすい名前だから付けたそうですよ」
「Мария、古の聖女のお名前ですね。御心が清らかなお姉様にぴったりですわ!」
ヴァイオレットは公国の言葉で、マリアの名前を呼んだ。
マリアのリは巻き舌で、アはヤの発音だ。
エドワードなら、間違いなく発音できずに舌を噛んでいる。
「あちらのお名前には決まった愛称がありますから、マリアお姉様は『マーニャ』ですね!」
「ええ。ですが、両親にしか呼ばれない名前ですので、ヴァイオレット様に呼ばれると、……少し、恥ずかしいですね」
マリアは、よほど面映いようで、頰が赤くなっていた。
それを見たヴァイオレットは、面白がって何度も何度もマリアを呼んでいる。
「マーニャ、マーニャお姉様!」
「も、もう! あまり揶揄わないでください!」
へぇー、そうだったんだ。でもなんで、マリアの愛称がマーニャになるんだ? マリーじゃダメなのか?
と考えていると、エドワードはベンジャミンが静かな事に気付いた。
いつもなら心拍数が跳ね上がり、感激しているはずである。
当然、話も行動もうるさい。ベンジャミンは黙っていられる男ではないのだ。
おかしいなと思い、振り向くと、ベンジャミンは安らかな表情で、真っ白に燃え尽きていた。
「おい、ベンジャミン、おいっ!」
「っ、はぁ! 危なかった! マリア嬢とヴァイオレット嬢の結婚式を見るまでは、死んでも死にきれない!」
ベンジャミンは、ヴァイオレットとマリアの甘美な戯れを前に、天へ召されかけていた。
しかし、上記の理由により、気合いで生き返ったのだ。
恐るべき精神力の持ち主である。
「落ち着け。マリアとヴァイオレットは結婚できないし、ヴァイオレットと結婚するのは俺だ」
「たしかに、現在の王国法では、女性同士は結婚できないですからね。それが一番の大きな壁です」
「いや、ちゃんと話を聞けよ」
「王国法では15歳で婚姻可能。ヴァイオレット嬢は今年13歳ですから、タイムリミットはあと2年…」
エドワードの言葉を他所に、ベンジャミンはその天才的な頭脳をフル回転し、何やら考え始めた。
ーーー嫌な予感がする。
エドワードは本能的にそう感じ取ったのだ。
「…ふむ。2人の結婚を実現するには、殿下の側近になって法律を改正するのが一番の近道です。
殿下の側近は不本意ですが、マリア嬢達の幸せな未来のためなら…!」
「お前、不敬すぎないか?」
「殿下! 共に悪しき法律を改正していきましょう!」
「絶対やだ! 断る!」
エドワードは自分の持てる権力を生かし、ベンジャミンの従事を拒否した。
しかし、未成年の王子の権力など、たかが知れている。
ベンジャミンは冴え渡る頭脳と、家の権力を最大限活用し、無事エドワードの側近におさまった。
「この国の未来のために頑張る所存です!」
ベンジャミンは尊敬できるのだが、やはりに方向性に問題があるようだ。