9.
線路の少女の名前は、中村瑞樹だった。
彼女の両親は転勤族で、学校を転々とすることが多かった。
転校先では「瑞樹がいじめられないようにするため」と兄がしょっちゅう暴力事件を起こしていた。
だけど、そんな兄も高校に行ってしまってもういない。
瑞樹は不安と孤独にさいなまれそうになりながらも、なんとか笑顔で乗り切ろうと努めた。
自分の容姿はそこまで優れていない。
そんな自覚はあった。だからこそ愛嬌を大切にした。
クラスの女子と話すときも、男子と話すときも、笑顔を絶やさなかった。
私はなにも悪いことをしていない。
自分の役を全力でこなしていただけだ。
そう思っていた。
それなのに影響力のある女子のリーダーが言ったのだ。
「なんかあの子、うざくない?」
それから瑞樹はよく無視をされるようになった。
女子からだけではなく、男子からも。
根も葉もないウワサを流されて、軽蔑された。
そのせいで、配布されるはずのプリントが回ってこなかったり、内履きや体操着を隠されたり、とにかく先生に見つからないような陰湿ないじめが始まった。いつもは助けてくれた兄ももういない。彼女は自然と孤立していき、学校へ行くのが辛くなっていた。
でも不登校になるのは両親が許してくれない。
そのため瑞樹は、カウンセリング室に行ったり、保健室に行ったりして過ごしていた。
まさしく暗闇のどん底にいたときに、通学中の駅のホームで"彼"に出会うことになる。
彼は活発で、話が面白くて、瑞樹はいつしか、よく話すようになっていた。
お互いに顔は知っているけれど、名前は知らない状態。
それでも、瑞樹は楽しかった。
第三者が相手じゃないと、本当のことが言えないから。
そんな生活も、終わりを迎えることになった。
ある日の登校時間。
彼はふらふらの状態でホームに現れた。
部活動のレギュラー争いが熾烈で、夜は遅くまで居残り練習、朝も早くからランニングをこなすようになったらしい。顔色も悪い。瑞樹は黄色い点字ブロックよりも外側に彼を立たせた。
「間もなく、臨時列車が通過します。危ないですので、黄色い線の内側には、入らないでください」
そう駅構内にアナウンスが流れた。
「列車の遅れを、お知らせいたします」
続いて遅延情報が流れる。
瑞樹は嬉しそうにその情報を聞いていた。
これで彼と長くここにいることが出来る。そう思った。
「ようやく来たか。早くグラウンドで練習しないと……」
ふらっと前に出た彼は、そのままの勢いで線路に落ちた。
「痛ってぇ!」
瑞樹が下を覗き込むと、彼は足首を押さえてうずくまっている。
ホームの乗客たちがざわめきだした。
列車の走行音が間近に迫っている。
甲高い悲鳴のようなブレーキ音が、一瞬の静寂を突き破る。
「身を挺してでも、彼を助けないと」
そう瑞樹は線路に飛び込んだ。
驚愕と恐怖の入り混じった彼を見ながら、なんとかレールの外に押し出す。
その瞬間……
身体ごと意識が吹っ飛んだ。