5.
「ねえ。だったら、学校に行かなくてもいいんじゃない?」
「いや、そんなわけにはいかないよ。欠席日数が多いと留年しちゃうから」
「そうなのかー。私はお姉ちゃんとずっと一緒にいたいんだけどなー」
「あなたも受験生だったら、学校に行かないとダメでしょ?」
「うーん、それはどっちなんだろ。行っても行かなくても同じ気がする」
まあ気持ちはなんとなく理解できる。
勉強するだけだったら、学校に行かなくても大丈夫だし。
なんであんな閉鎖空間で過ごさなければならないんだよっていう反発心はずっとあった。
「お姉ちゃんさ。昨日のあの男の子って、お姉ちゃんの彼氏さんなの?」
「え。いや、そういうのではないけど……」
「本当にー!?」
「本当だよ」
「顔が真っ赤だよ。お姉ちゃんはウソが吐けないんだね」
「本当に違うよ。名前だって知らないし」
「そうなんだー」
女の子はうなじに手を入れて、髪の毛を掻き上げた。
私は風になびく長髪をなんとなく見ながら、
「そういえば昨日さ。あの男の子が来たときに突然いなくなっちゃったけど、どこに行ってたの?」
「えへへー。秘密」
その屈託のない笑顔の裏に、私は別の何かを見出そうとしていた。
「もしもどうしても知りたかったら、私と同じ電車に乗ってよ。そしたら話してあげる」
「何時の電車?」
「まだ教えなーい。ねえ一緒に乗る?」
「いや、でも……」
学校をサボりたい気持ちはあった。
だけど、名前も知らない彼と、もっとお話がしたいのだ。
そのためにこの時間帯の列車に乗っているのだから。
「ああ、もしかして、彼?」
女の子の目が、瞬時に冷たく暗い色に変わった。
「彼はもう来ないよ。新型のウイルスに感染したんだって」
その声質もさっきよりずいぶん低い。
「え、急に何を言っているの? 昨日はすごく元気だったんだよ」
「そうかもしれないけどさ。ウイルスには即効性と遅効性があるからさ。急に自覚症状が表れるっていうこともあるんじゃないかな」
「いや、そんなはずないよ」
「そっかー。そうだよね。信じられないよね」
「あり得ないから。ていうか、そんなこと何であなたが知ってるの?」
「何でって言われても難しいけど、なんとなくわかっちゃうんだー」
列車がスピードを落としながら近づいてくるのが音でわかった。
彼女の草冠が風圧で揺れる。
「そんな、あり得ない。通学時間を変えただけかもしれないじゃん」
「うん。そうかもしれないねー」
「私は、彼を待つから。次の列車に乗るから」
「そっか。じゃあもっとお姉ちゃんとお話が出来るね」
彼は、来なかった。
それからもう1カ月以上も経った。
私は覚悟を決めた。
線路の彼女に聞いてみようと思った。
もしも何かを知っているなら教えてほしい。
彼は無事なのか。それだけが心配だった。