3.
いつも通り教室内は不快地獄だった。
むわっとした高温多湿の環境下。それに制汗スプレーの臭い。
股を広げてスカートの中を下敷きで扇いでいる女子もいる。
まあ男子がいなければ教室なんてこんなもんだ。
机の上に尻を乗せて話す甲高い嬌声。
ワイシャツのボタンを谷間まで外して、足を組んで。
「ブラジャーが見えてるっつーの」
化粧品のパウダーの臭いが鼻に付く。
「お前のことなんて誰も見てないんだから、放課後にメイクしろや」
そんな私の心の声は誰にも届かない。
近くにいるからこそ声は届かず、遠くにいるからこそ気持ちが伝わる。
近くで面と向かって言うことは出来ないけど、遠巻きに言ったりする陰口とか、匿名でしたりする書き込みとか、そうやって自分の身の安全が保障された安全圏でしか本音が言えない。結局は、陰口も書き込みもなぜだか因果応報でバレてしまったりするから、そしたらもう何も言えなくなる。お口チャック。小学生みたいに黙り込む。
授業開始のチャイムが鳴った。
グループで固まっていた女の子たちが、三々五々に散っていく。
普通の話し声よりも、ひそひそ話が余計に耳障りだ。
始業前の静かな騒音が、私は嫌いだ。
ぶっちゃけ学校は楽しくない。
本来ならば不登校にでもなってしまいたいくらいだ。
だけど、登校するのは楽しい。
登校時間だけがずっと続いて、学校なんかなくてもいいのに。
そんなことを考えながら授業を受ける。
彼も今は授業中かな。何の授業を受けているんだろう。
そういえばテストの追試があるって言ってたな。受かっていればいいけど。
部活動は何をやっているんだっけ? まだちゃんと聞けてなかった。
そして彼の名前は……なんて言うんだろう。
私は静かに時間が経過するのを待った。
一日の楽しみは登校時間だけ。それ以外はつまらない。
昼休みになったら保健室で仮眠しよう。
午後からの体育には出たくないし。
別にいいよね。放課後になるまで寝てても。
その点だけは、男子に比べて、女子は有利だと思った。
貧血とか頭痛とか腹痛とか。
適当な理由をつけて保健室で休むことが出来る。
通学中の彼も、「保健室は女子の溜まり場だ」と嘆いていた。
それはまあ仕方のない面もあるけれど、私みたいな人もきっといる。
もちろんそんなことを繰り返していれば制裁は受ける。
ずる休みとかサボりとか、私のいなくなったクラスでは、目ざとい女子がきちんと陰口を言ってくれる。わざわざクラスのグループトークで呟く女の子もいるけど、それは私に聞こえていなければ言われていないのと同じだった。
私は出席日数をちゃんと計算した上で、計画的にサボっているんだ。
悔しかったらお前らも同じことをやってみろ。
ただし留年には気を付けろよ。消費者金融と同じ、ご利用は計画的に。