2.
「そんなところで何やってるの。危ないよ」
私はそう少女をホームへと引っ張り上げる。
不思議と汗はかかなかった。
それにほとんど重さも感じなかった。
きっと運動神経が優れているのだろう。憧れる。
「えへへ。ちょっとお花を取りに行こうと思って」
「確かにお花畑は綺麗だけどさ。危ないよ」
「大丈夫だよ。電車が近付いて来たら、あっちの遮断機の音が聞こえるはずだし、電車の走行音もするはずだから全然平気」
「そうかもしれないけどさ」
私の苦言を遮って、彼女はニッと歯を見せて笑った。
のっぺりとした平板な顔に、点々と赤くニキビが出来ている。
眉は薄く、肩までかかる髪の毛も少し傷んでいるようだった。
服装はセーラー服で、今どきはあまり見ない格好だ。
「お姉ちゃんは、何年生?」
「高校2年生だよ」
「そうなんだ。私は中学3年生。お姉ちゃんより少し年下だね」
「そうだよ。3年生ってことは受験生? 志望校は決まってるの?」
「ううん、まだ決まってない」
駅のホームには、少しずつ人が集まり始めていた。
いつもならまばらに並んでいるはずの人だかりが、今日は私と少女を遠巻きに眺めるように形成されていた。
ホワイトシャツ姿で新聞紙を広げて列車を待っている男性や、ぶつぶつ言いながら単語帳をめくっている学生も、何だか物珍しそうに私たちを見ている。それもそのはずだ。このあたりの学校でセーラー服を着ている女学生はあまり見かけない。
「名前は何て言うの?」
「私の名前は……」
彼女が言葉を発するのと同時に、彼がやって来た。
「よう。今日は早かったじゃねーか」
「そっちこそ。今日は遅かったじゃん」
「俺は今日から朝練を始めたんだよ。今年こそレギュラーになってみせるぜ」
「うん。そうしたら大会に応援に行くよ!」
「本当か。いくらカッコいいからって、俺様に惚れるなよ」
「あんたこそうぬぼれるな!」
私は笑いながら、
「この子とはさっき友達になったんだ。今年で受験生なんだって」
そう女の子がいた方向に腕を向ける。
彼は表情を曇らせた。
「お前は、何を……言ってるんだ?」
「何って」
そう振り返ると、そこにはもう誰もいなかった。
タタン、タタン。と列車の走行音が聞こえる。
まさか線路に。そう視線を向けるが誰もいない。
お花畑にもいなかった。彼女は忽然と姿を消したのだった。
私はなんだか狐につままれたような感覚がした。




