10.
濡れた髪や制服をタオルで拭きながら、私は小さくうなずく。
「そう、だったんだね」
なんとか間を繋ぎたくて言葉を発したけれどそれは単発の産物で、両者のあいだを往復させることは出来なかった。線路の少女こと、瑞樹はうつむいたままだ。なんと言って慰めてあげればいいかわからない。
「なんかさ」
線路の少女が呟いた。
私はそれを聞き逃さずに、
「うんうんうんうん」と大げさすぎるくらいにうなずいた。
「その私をいじめてた子がさ、心に何も背負わずに、ただ漫然と大人になっててさ。そしたら子どもとかも出来てて、幸せそうな家庭を築いてたとしたらさ、どう思う?」
どう思うって言われても。
そう言葉に詰まりながらも、
「複雑な気持ち……だよね。何とも言えないっていうかさ」
「複雑、か。私は許せなかったな」
瑞樹は眼光を鋭くして言う。
「なんでお前らだけのうのうと幸せを享受してるんだって思っちゃう」
「そっか」
「だからさ。お姉ちゃんも気を付けてね。そうならないように」
そうならないように。の部分が、被害者にならないように気を付けてね。という意味なのか、恨まれないように気を付けてね。という意味なのか、どちらの想いで発せられたのか判断しかねるが、それはそうとこの列車の空気がより一層重くなったような気がした。重たい話をされたから気分が重くなったとかじゃなくて、本当に重力が倍になったような、酸素が薄くなったような感じがしたのだ。
外の景色を見ると、列車は渓谷に差し掛かっていた。
谷底は真っ黒で何も見えず、まるで巨大な生き物が、大口を開けているようだった。
乗客はみな一様に青ざめた表情を浮かべている。私は不安になった。
私はひとりだけ頬を紅潮させて、だけど動揺しているのを感づかれないように配慮しながら、「ねえ、なんか酸素が薄くなった感じがしない?」と線路の少女にさりげなく聞こうとして、やめた。
「切符を拝見しまーす」
隣の車両から、車掌さんが見回りに来た。
列車の接続部分で丁寧に頭を下げてから、こちらに向かってくる。
駅員の格好はしているが、なんだか不気味な佇まいをしていた。
「黄泉の列車って、ICカードで支払ってもいいのかな?」
制鞄から財布を取り出していると、線路の少女は、
「お姉ちゃんの分の切符も持っているから大丈夫だよ」と微笑んだ。
いつの間にそんな用意周到に準備してくれたのだろうか。
「寿命を満期で迎えられた方ですね。お疲れ様でした」
車掌さんは線路の少女から切符を受け取ってから、そっとねぎらいの言葉をかけた。
「黄泉の世界では、交通事故も満期って扱いになるんだね」
「はい。自殺以外であれば、不慮の事故で亡くなった場合も、寿命を迎えた者と同じ扱いとなります」
改札鋏を持った車掌さんは、私の方を向き直る。
「切符を拝見いたします」
「あ、どうぞ」
「ふむふむ」
彼は人差し指で額をかいてから、
「そういう、ことでしたか」
線路の少女と目配せをする。
「うん、そういうこと」
彼女が小さく足を振ると、車掌さんは切符に小さな切れ込みを入れた。
「それではお気を付けて!」
「ねえ、お姉ちゃん」
「え?」
「もう少しだよ。もう少しで着くよ」
「え、もう少しで、着く?」
「うん、もう少しで終点だよ」




