I forgot that I was a prince and served their king.
不意に記憶はあの陰惨な日々に巻き戻ってゆく。
ある夏の日、体育の授業は水泳であった。
「コラ、女子の方ばかり見るんじゃない!」
お馴染みの罵声が飛ぶ、声の主は嫌われ者の体育教師高田。
授業は粛々と行われていたが、必ずと言って良いほどルールを無視してふざけだすものが出る。無論私の仲間でもK達のグループでもない、もっと質の悪い連中の仕業だが。
だがこの日は女子がプールを半分占拠していたせいか、余計そういう悪戯心を焚きつけられていたのには間違いなかった。
不意にその、問題グループの中の特に不真面目な一人が「溺れたふり」を始めた。
初めはそのグループの連中もK達すらもそれを笑って見ていたのであるが――
彼は本当に溺水し始めた。
真っ青になった嫌われ者の高田はプールサイドに用意された浮き輪を投げて、叫んだ。
「バカ! これに捕まれ、死ぬぞ」
高田が彼をなんとか引き上げる頃には女子の側の体育教師が呼んでいた、学年主任と生活指導の教諭が既にその場に駆け付けていた。
そうこうするうちに女子は着替えて先に教室に戻るように言われたようで、ぞろぞろと引き上げていった。
それからが、とばっちりであった。
先ず溺れた生徒を笑って見ていた彼のグループは例外なく、ひっぱたかれていた。
そしてK達はその場に正座。無関係の私達ですら体育座りでお説教を延々と聞く羽目になったのだ。
いつの間にか校庭には救急車が呼ばれており、溺れた彼は念のため病院で検査を受けるとのことであった。
翌週の高田の授業はサッカーで一時間走り回させられた記憶がある、女子は相変わらず水泳であったが。
そんなことをつらつらと思いだしながら、私は風呂に浸かっていた。
人間水が30cmもあれば溺死するというので、この風呂水で私は何回死ぬことができるのであろうか?
風呂から上がって髪を乾かすと、私はタマキから送られてきたEnergy drainの「sept éléments capitaux」を部屋で流し始めた。
ランダム再生にしたので曲はちょうど四曲目の、Ödipusだ。
……他の曲の題名はドイツ語のようで解りかねるのだが、これだけはわかった。オイディプス。
奇しくもこのアルバムのデータのカバーアートもオイディプス (と、スフィンクスだ)これには何か意味がある?
"未だかつて、Energy drain本人に直にあった人がいない"
そしてこれはいったいどういう意味だろう?
タマキの弁に拠れば彼 (彼女?)はTru'nembraを共同出資して作ったオーナーじみた存在だ。
そうして私は一つの可能性に辿り着く、Energy drainなど想像の産物に過ぎないか、もうとっくに出会っているかの二つに一つなのだ。
I forgot that I was a prince and served their king.
この曲には時折囁きのように女性の声で此の英語の詩句が織り込まれていた。
己は王子であったことを忘却し、彼の王に仕えた……?
これはまさしくオイディプスの運命ではないか。では唄っている女は誰だ? 妻となるべき彼の母? それと同義のスフィンクス――
だが何とはなしにこの詞には普遍的なものも感じるのであった。
人間は (真の意味での人間である、プネウマ的な)すべからく遺棄されて間違ったものに仕える真の王のようなものではないか。
東方で、埃及の荒野で、救いの山でこの世界の創造主は偽であると叫んだ人々の孤独はいかほどであろう?
虎を追い求める私と何が違うというのだ?
「そのことはタマキが知っている」
私は何故かそう独言を吐いた。確証はなかったが信じたかった。
曲はいつの間にか次へと切り替わっていた。
「タマキに逢わなくては――」
何故、私はここまで彼女を求めている? 彼女の何が私をそう駆り立てる?
これはアイカに対しては抱いたことのない感情であった。心の底から彼女を求め、欲ではなく「知識」故彼女を必要としていた。
虎を仕留めるのには彼女の助力が――
私は音楽を流している間、PCでメールをチェックすることにした。
すると意外な人物からメールが届いていたのである。
この冬は終わらない。
※脚注
プネウマ: (pneuma) はもともと気息、風、空気を意味したが、ギリシア哲学では存在の原理とされた。




