第5話 居場所特定機能
私が見ていると、ゆかりは自分のスマホを確認していた。そして、スッと別の場所へ歩いて行く。
その方向は、例のコンビニのある方向であり、どうやら誘導する事ができたようだ。
「ふう、なんとか逮捕できそうね。後は、刑事さん達が無事に帰ってくれれば良いんだけど……。
もうこれ以上、誰も傷付けたくないよ……」
私は、祈る気持ちで刑事さん達の無事を願っていた。5分ほどしても、刑事さん達からの返信はない。
おそらく今が正念場なのだろう。
「電話は、かけない方が良いよね。何分くらいなら、ゆかりを捕まえる事ができるのかな?
30分、それとも1時間?」
私は、校舎の窓から外の景色を眺めて、刑事さん達の連絡が来るのを待っていた。すると、背後に異様な気配が漂う。コツ、コツ、コツっと、速足で歩いてくる足音だ。
私は、教室を見回して、誰もいない事を確認する。しかし、扉の曇りガラスに人の影が映し出されていた。
そこがスーッと開き、ゆかりが出会った時と同じ親しみ易い笑顔を浮かべていた。
(嘘、なんで? ツイートを読んで、コンビニに居るはずじゃないの?)
「うふふ、久しぶりだね! 元気してた、美鈴ちゃん? お腹の怪我、痛かったのかな? ごめんね、ちゃんと殺せなくて……。途中で刑事さんが来ちゃったから、中断しちゃったね。
でも、今度は刑事さんを遠くへ引き離したから、思い切り殺せるよ!
私、人間の断末魔が気に入っちゃった♡ その人が死ぬ瞬間、今までで一番の素敵な悲鳴をあげるんだもん。
まるで、魂のこもったオペラのよう……。美鈴ちゃんは、どんな声を上げてくれるのかな?
ちゃんと1ヶ月の幸福な期間を用意して、刑事さんとラブラブな時期になるようにしたんだよ。
幸福な一時が、もうすぐ終わろうとしている瞬間は、どんな色っぽい声を出してくれるのかな?
その為に、今日まで我慢して来たんだから♡」
私は、突然のゆかりの登場に呆気に取られていた。叫び声も上げず、弱々しい声でこう尋ねる。
「どうして、まだ校舎にいるって気付いたの? ツイッターでは、コンビニに立ち寄っている事になっていたのに……」
「うふふ、1ヶ月平穏な時間を過ごしていたから油断したのかな? GPS機能が付いてた状態でツイートしたよね? 校舎にいるって、バレバレだったぞ!
でも、刑事さんとは本当に愛し合っているようだし、ちょっと趣向を変えようかな? 美鈴ちゃんの断末魔を、携帯電話の音声を通して刑事さんに伝えてあげよう! そうすれば、妹を助けられなかった私の思いが、少しは分かるはずよ!
電話越しでは、美鈴ちゃんが苦しんで死ぬ瞬間は分かっても、実際に助ける事はできないものね。
大丈夫、首の動脈を切って、確実に殺してあげるからね♡」
「ヒャアアああああ……」
私は必死で逃げようとするが、ゆかりの方が足の速さも腕力も圧倒的に上だった。叫ぼうにも声は中々出せないし、仮に叫べても下校時間で周りに人は少ない。友達が戯れているような表情をしながら、ゆかりは私を押さえつけた。
「ふふ、ダーリンへの最後のラブコールよ! 悔いがないくらいに思いっ切り叫んで、綺麗なオペラを聞かせてね! そう、美鈴ちゃんの命を代価にして聞けるような、魂が共鳴する素晴らしい歌声を……」
ゆかりは、すでに9人の男性を殺している。1人でも殺せば気が狂ってしまうように、殺人を犯した罪悪感は相当重い。それを一気に9人も殺してしまった為、ゆかりは狂気的なシリアルキラーと化していた。
「いやああああああ……」
「まだよ、こんな貧相な叫び声ではダメ! あなたのダーリンの心配する声を聞けば、死にたくない想いが強まるかしらね。それを一気に踏みにじってこそ、最高のオペラが完成するのよ♡」
ゆかりは、私のスマホを弄り、過去の履歴から刑事さんの電話番号を探り当てた。私が抵抗するのを、防ぐように持っていたロープで腕を縛る。足も拘束させ、完全に動きを封じられていた。
「さあ、ダーリンの声が聞けるわよ! 電話に出たら、しばらくして首を掻っ切ってあげる♡
気持ちの良い声を聞かせてね!」
プルルルル、という味気ない着信音が、私のスマホから聞こえ始める。すると、すぐ近くから、プルルルルという同じ音が発せられていた。後から遅れて聞こえるように、誰かが走り込んで来る音が聞こえた。
「まさか……」
ゆかりは咄嗟に音のする方向を確認する。すると、バンっという音と共に扉が倒れ込んできた。
刑事さんが決死の思いで扉に体当たりして、カギごと扉を破壊したのだ。
「そこまでだ!」
刑事さんは銃を突き付けて威嚇するが、そんな事で行動を中止するゆかりではない。
私の喉元にナイフを突きつけ、不敵に笑う。
「あら、生のオペラが聴きたくなったのかしら? 良いわよ、すぐに美鈴ちゃんを殺してあげる!」
死期の迫った私には、彼らの行動が全てスローモーションで見られる。ゆかりは、ナイフを動かし、私の首を切ろうとした。刑事さんは、ゆかりが動くのと同時に銃を発砲したようだ。
刹那の瞬間だった。私だけが、どちらが勝利を収めたかがハッキリと分かった。
私の首にナイフが触れた瞬間、刑事さんの放った弾がゆかりの手を撃ち抜いていた。
ゆかりの手が弾けるように変化して、私から遠く引き離される。持っていたナイフも同時に吹っ飛び、しばらくしてカランという音が聞こえた。一呼吸おいて、ゆかりの生温かい血が私の喉元に降り注がれた。
「ぐううう、また邪魔を……。もう少しで、綺麗な歌声が聴けたのに……」
ゆかりは、刑事さんには勝てないと悟り、一気に逃げる方向へ走り出した。刑事さんのいる扉とは反対側の扉に近付き、カギを開けようとする。その瞬間、バンっという乾いた音が響いた。
ゆかりの太ももに弾が当たり、彼女はバランスを崩した。そして、もう1発銃声が響く。
怪我をしていない太ももを、さらに撃ち抜き、彼女を逃げれない体にさせた。
ゆかりはカクンと膝を付いて倒れ込み、遅れて来る痛みに苦しんでいた。
刑事さんは、まず私の方に駆け寄り、ゆかりが持っていたナイフで縛っていたロープを切る。
「斎藤ゆかり(仮名です。同じ名前の人がいても、優しく接してあげてください。酷く扱うと、猫パンチが干されます!)、殺人未遂事件の現行犯で逮捕する!」
こうして、ゆかりは刑事さんによって手錠をかけられ、私を縛っていたロープで動きを封じられた。
彼女は、一言も言葉を発せず、物凄い形相で刑事さんを睨み付けていた。
しばらく沈黙の時間が続き、刑事さんがハッと気付いて同僚の刑事に連絡を取る。再び長い沈黙が続いて、誰一人声を発する事がなかった。永遠に続くかと思われた沈黙も、同僚の刑事の足音で打ち破られた。
「おお、良かった!美鈴ちゃんは無事だったか!犯人も確保した、のか?」
同僚の刑事は、入って来るなり人物を確認するが、居たのは私と刑事さんと怪我をした美しい女性だった。
目の前にいる美女が連続殺人犯だとは思えなかったようだ。
私も、攻撃されなければ、彼女が恐ろしい殺人鬼だとは思わなかっただろう。肉付きの良いアスリートな体に、美しい顔立ち、茶髪のカールしたロングヘアー。見つめられると、心を許してしまうくらいの美女だった。
同僚の刑事さんと、後から来た年配の警部によって、彼女は連行される。違う出会いだったなら、きっと良い友人になれたと思いながら、彼女がパトカーに乗るまでを見送る。
彼女がしでかした事は、確かに悪い事だ。それでも、彼女の妹が襲われていなければ、今頃は3人が仲の良い友人になっていたかもしれない。それを思うと、どんな犯罪も人を傷付ける残酷な行為なのだと憎しみを抱く。万引きや痴漢、軽度と思える犯罪でさえ、人の一生を狂わせてしまうのだ。
私は、どんな犯罪も犯さないようにしたいと決意していた。殺人犯のゆかりがいなくなり、一気に緊張が解けた。自分が殺されそうになった事による恐怖が一気に湧き上がっていた。刑事さんにしがみ付き、声を出して泣いた。
「ふう、本当にギリギリだったんだぞ! 間に合って良かった!」
「うわあああああああん、怖かったよ!」
気持ちが落ち着くまで、刑事さんは私を抱きしめていた。最初は本当に恐怖から泣いていたが、次第に刑事さんの匂いなどが気になり始めた。同僚はタバコ臭い感じがしたが、刑事さんは良い匂いだった。
私を守ろうと必死になって走った汗の匂いと香水の匂いが混じり合い、私を恐怖心から脱出させてくれた。
このまま、刑事さんに抱かれていたいというような妄想さえも出始めていた。
「もう、落ち着いたようだな。涙じゃなくて、よだれだけが出ているぞ。お腹が空いて、晩御飯でも食べたいのか?」
「いえ、違います……」
私は刑事さんにそう言われて、よだれを拭う。無意識にだが、彼の匂いで興奮したようだ。
お腹が空いていないと否定したが、お腹は正直にグーと音を立てていた。
「じゃあ、飯でも食いに行くか! さすがに、今日は一人にさせておくのもなんだしな……。
帰りは、通常通り家まで送るからな」
「はい! 奢ってくださいね!」
恥ずかしい感情を抱きながらも、彼の言葉に頷く。絶対に逃がさないという思いからか、彼の服を掴んでいた。歩きながら、私は刑事さんにこう尋ねた。
「刑事さん、どうして? コンビニに居るはずじゃないんですか? まあ、お陰で九死に一生を得ましたけど……」
「偶然だった。偶然、上司の警部がコンビニに居たんだ。そこで、計画を話していると、俺が美鈴の側にいた方が良いという話になった。警部が俺に代わりに犯人を確保し、俺が美鈴を守るという事で決まった。
後は、お前のスマホからGPS機能を頼りに正確な居場所を割り出せたんだ。
事前に、美鈴のスマホから居場所を発見する機能を試していて良かったよ!」
刑事さんは、照れ臭そうにそう言って顔を背けた。私は、それを可愛いと感じてしまう。
これから、私と刑事さんの恋が始まるのだ。
「最初に助けてくれた時にも、すぐに駆け付けてくれましたよね? 私としては、本当の騎士のように感じました。どうして、あんなに早く駆け付けてくれたんですか?」
「うん? それは、美鈴が可愛かったからだよ……。気になって、しばらくあの場所で待機していたんだ」
「キャー、嬉しい♡ お陰で命拾いしました」
「ははは……」
刑事さんは、心の中で真実は墓場まで持って行こうと決めた。実は、彼が追っかけていたのは、ゆかりの方だったのである。美人が一人で歩いていたので、行動を見守っていたようだ。
それでも、美鈴がゆかりから貰ったアプリを頼りにして、刑事さんに会わなければ、彼が巡回ルートを変える事はなかっただろう。そうしたら、私はおそらく生きてはいない……。
夏のホラーに参加する為に、姉の実体験を基にした小説です。
どの辺が実体験かは、ご想像にお任せします。
では、次の猫パンチの小説にご期待ください。
すでに、アイデアは出来上がっております!