第4話 迫り来る恐怖
「ダーリン、私は今帰りだよ♡」
「ダーリンって言うな! 同僚だって、偶に見ているんだぞ! クッソ、俺が照れている画像を撮りやがった!」
「見たい、見たい!」
私のツイートを同僚の方が見たのか、すぐに画像を送ってくれた。そこには、同僚のコメントが付されていた。
「ふふ、コイツ、赤くなっているんですよ! 美鈴ちゃんも罪な女の子ですね。コイツ、偶に結婚関係の雑誌も見てますよ。ここしばらくの行動に注意していてくださいね。旅行に行こうと誘われたり、高級レストランで食事なんかを誘われた時は、覚悟して臨んでくださいね」
そこには、同級生でクラスメイトだったのかと錯覚させるような、無邪気な彼が写っていた。年上の男性なのに、可愛いと感じてしまう。
「その時を楽しみにしていますね♡ 両親にも紹介しますんで、家に遊びに来てください! じゃあ、そろそろ帰りまーす」
付き合いたてのカップルのように、私はとても幸せでウキウキしていた。そう思ってスマホを見ながら、大学の校門へ近付いていく。すると、近くの女の子達がうわさ話を始めていた。
「ねえ、あそこにいる人見た? 超怖い! なんか、殺人犯って感じ……」
「誰かを待っているようだな。そういえば、1ヶ月前に別の大学で殺人事件があったって聞いたけど……。
その犯人は、まだ捕まっていないとか……」
「え、嘘、本物? 正門を通って帰るのは危険じゃない? 裏口から出ましょうよ!」
私は、女子達が指差している方向を確認する。遠目だったが、異様な雰囲気と格好からゆかりであると判断した。女子達の言葉を聞く限りでは、今突然に現れたらしい。まるで、私が帰るのを待ち伏せているかのように……。夏なのに、薄手のコートを羽織っており、手をポケットに突っ込んでいた。
確証は無いが、ナイフを隠し持っているのだろう。
(嘘、1ヶ月間は何もなかったのに……。いつのまにか大学の居場所を突き止めていたの?
どうしよう、とりあえずツイッターのメールで連絡を……)
私は恐怖で足が動かなくなっていた。膝が小刻みに揺れて、歩く事さえままならない。
倒れそうになるのを、近くにある電灯に支えられて立ち止まっていた。
(まだ、私の姿は確認できていないはず……。まず校舎に入って、刑事さんの対応を聞こう。
もしかしたら、事件解決できるかも……)
私は平常心を装って、校舎の中へ隠れる。挙動不審な姿を見られれば、遠くにいても私と気がつくだろう。
彼女が校門で待ち伏せしているだけなら、しばらくは誤魔化す事ができる。メールよりも、携帯電話で通話する方がいいと思い、私は刑事さんへ電話をかける。
指が震えて、メールもまともに打てないのだ。電話の履歴から名前を探し出して、彼の携帯にコールした。
(さっきまでは、ラブラブな雰囲気だったのに、今は怖いよ! 刑事さん、早く出て!)
コールが鳴る時間さえも長く感じられた。3回以上しても出られないと、コールが途切れるような恐怖心を煽られていた。『ピー、電波の届かない場所か、電源が入っていないので届きません』、その機械的な言葉に、私は絶望し始めていた。
まさか、刑事さんの身に何かあったのだろうか? さっきまでは無事にツイッターをしていたのに……。
(刑事さん、まさかゆかりに襲われたんじゃ……。車で迎えに来ていて、偶然ゆかりと出くわした?)
私の脳裏に、最愛の人の死に顔が浮かんでいた。不意打ちを受け、首の動脈でも切られていれば、大の男でも死んでしまう。ゆかりの異常さに、改めて恐怖していた。
(もう一度、電話してみようかな?)
私がそう思って、電話の発信ボタンを押そうとすると、彼から電話がかかって来た。私は、刑事さんを殺して、ゆかりが電話に出る可能性を考えていた。恐怖で指が震えるが、電話に出ないわけにはいかない。
「もしもし……。私、美鈴ですけど……」
「おう、どうした? 突然電話が来てビビったぞ。実は、迎えに行くのが遅れていてな。どうやら渋滞に巻き込まれたようだ。後、10分くらいは待って欲しい。同僚と一緒だが、気にはしないよな?」
刑事さんは、気の抜けた声でそう語りかけて来た。私はいつもの刑事さんの声を聞き、ホッとしていた。
非日常から日常へ戻れたような安堵感がある。
「実は、校門前にゆかりが居るみたいなんです。ナイフを持っているかはわかりませんが、普通じゃない様子です。私を待ち構えて、殺そうとしているのかも……」
「なるほど、警察が警戒を緩めるのを待っていたか……。殺人事件の被害者は、大学生9人と報道されたから、美鈴が無事である事がバレたのかもな。それに、ツイッターから大学の場所くらいは特定してあるはずだ。おそらく、さっき俺との別れのツイートによって、大学が終わる時間帯を知ったのだろう。
俺が送り迎えが遅れる事を悟り、先回りしてやる(殺す)気かもしれない。とりあえず裏口にでも待機して……。いや、正門から出てこない事を悟れば、裏口に回ってくる可能性もあるか。半狂乱になれば、手当たり次第に襲い出す可能性も……」
「どうしよう? 誰も巻き込みたくないよ……」
私と刑事さんは、一瞬沈黙していた。沈黙を破ったのは、同僚の刑事の言葉だった。
「ツイッターを見て、居場所と下校時間を特定したんですよね? なら、美鈴ちゃんが裏口から出た事にして、どこかのコンビニに寄っている事にしてはどうですか?
そこで待ち合わせという事にすれば、犯人は誘導されるはずです。美鈴ちゃんの居場所が特定されていれば、むやみに人を襲う事も無いですし、被害者が出るのを防げるかもしれません。
それに、コンビニならば、逃げられても全国指名手配ができますし……。顔は良く分からなかったので、似顔絵も作成できていませんが、コンビニの防犯カメラに映る事があれば、そこから逮捕する事も可能です!」
「なるほど。先に俺達がコンビニで待ち伏せしていれば、美鈴や他の人間を巻き込まずに逮捕できるかもしれないな! でも良いのか? 犯人を取り押さえるとなると、殉職する危険も出てくる。俺を守って、死ぬ覚悟があるのか?」
「お前の為ではなく、美鈴ちゃんと他の人々の安全の為に命をかけるんだ。むしろ、お前を殉職させて、俺が美鈴ちゃんと付き合いたいよ! 背中には注意しておけよ!」
「いや、犯人確保が最優先だろう? 仲間から撃たれて殉職とか、洒落になんねえよ!」
こうして、刑事さん達は、近くのコンビニに張り込み、私はツイッターで今コンビニに居て、刑事さん達を迎えに来させる情報を流した。実際には、私は校舎の中に入って、ゆかりがどうするかを遠目から観察していた。