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20140410『最初の1週間:壱』

……仲良く、仲良く




 ───学校の最寄り駅から、3つ先にあるとある大学のキャンパスに向かう大学生達のせいで。


 授業開始時刻の『8時20分』前に、余裕を持って学校に着いておくのにちょうどいい電車は、ほぼ確実に満員電車になってしまう。



 ……だから私は、それよりも結構前。 『7時36分』に最寄り駅に到着する電車に乗るのが、日課になっていた。



 そして、最寄り駅から学校までの時間は。


 一応、学校から指定されている、遠回りな〈大通り〉でおよそ『10分弱』。


 生徒達が好んで使用する、住宅街の中の細い道を通る〈近道〉が、およそ『5分強』。



 ……無論、私は『近道』を通っている。 わざわざ長い距離を歩くのも無駄だし、そもそも〈近道〉を通るのが推奨されないのは、騒ぎ立てるバカな連中に対する『近隣の苦情』が原因だからだ。



 一人で通学する私は、もちろん独り言を大声で言う主義では無い。 故に、何ら問題は無かった。



 ……その〈近道〉を、私は至極ゆっくりと歩く。 それこそ、『10分以上』掛けて。


 ……何故か? 理由は簡単───『彼女』に会えるからだ。



  □



「───あ、『チバ』さーん。 おっはよー」


「……ん? ああ、おはよう『ムライシ』さん」


「んー……『ユーリ』で良いですよー? 皆、そう呼んでますし」


「……まぁ、まだ一週間(・・・)だし。 慣れてきたら、そう呼ぶよ」


「むむむ、(かった)いなぁ……『あの時』みたいな感じで良いんですよ?」


「やめて、蒸し返さないで」


「あははッ!」



  □




 ……『好きな子』を前にした『奥手の男』なんて。 皆、こんなもんだろう。



 さて、私が『彼女』……『ユーリ』と、一週間でここまで親しくなったのは、無論自然の成り行きではない。



 一週間前の顔合わせの日。 クラス全員……まぁ、一部は時間になっても登校してこなかった様だが、ほぼ全員が揃った後。


 今年度の『クラスアドバイザー』が、教室に入ってきた。



「───はいはいはい、皆さん席に座って下さいー。 最初のオリエンテーションを始めますよー」



 ……いがぐり頭が特徴的な、いわゆる『担任』と同義の彼。 『モマル先生』は。 私もよく知っている相手だった。



 何せ、私が復学できる様、各種の尽力してくれたのも『モマル先生』だし、俺が『最初の』3年生になった時の『クラスアドバイザー』も『彼』だったのだ。 知らない訳が、無い。


 サッパリした口調と、飄々(ひょうひょう)とした態度が特徴的な『先生』は、しばらく各種伝達事項や年間スケジュールを簡単に説明した後。 こう言って、最初の挨拶を終わらせた。



「……皆さんは、今年度の最後。 『2月22日』に〈国家試験(コクシ)〉を受けます。 その時に、慌てず騒がずいつも通りにやって、何でもなく合格しましょう。 その為の協力は、僕らも惜しまないんで。 では、一緒に頑張って行きましょう───」



 パチパチとまばらな拍手の中、『先生』が教室から立ち去ると。


 その日はもう、私に学校で何かをする予定は無かった。



 どうしようかと、ぐるりと後ろ(・・)を振り返って教室全体を見回した。



 ……ああ、そうそう。 結局私の席は、最初に座っていた一番左前方の席が割り振られた。


 今年は(・・・)、真面目に授業を受けたい私にとって、好都合な席だった。



 さておき、その時の教室内の様子だが───



  □



 俺の視界の中、次の用事……おそらくは仕事があるのか、『ウシロダ』くんが〈カバン〉を担いでダッシュで走り去っていくのが見えた。


 『モトフジ』さんは、勉強をするつもりらしく。 足を組みながら、机に置いた参考書をペラペラとめくっているみたいだ。



 後のメンバーも何かしら用事があるのか、大体の人間は足早に立ち去っていく中。


 一人の『人間』が、こちらに向かって歩み、寄ってく、る……視界に入、る。



  □



 ……チッ、『ノイズ』が…………いや、そもそも人相に『ノイズ』が入るのは一人だけか。


 ……『クソ野郎』だ。




 しかし、いつまでもこの呼び方(・・・)をするのもなんだな……仕方ない。 思い出してみよう。


 ……ワタベ……いや、ワタナベ…………出てこないな……多分『ワ』で始まる名前だったと思うんだが。



 ……ああ、下の名前はすぐに出てきたか。



 ───『サトシ』だ。



 ……何が『サトシ』だ。 貴様なぞ『クソシ』とでも名乗っていろダボが……いや。



 仮に『ワタナベ(クソ) サトシ(野郎)』としよう。



 ……全国の『ワタナベ』さん、『サトシ』さん。 ここで謝罪しておく。


 仮とは言え、あんな『クソ野郎』に大事な『名前』を使ってしまって申し訳ない。




 …………ふぅ……違う。 こんな事が言いたい訳じゃないんだ……落ち着け。


 もう、直接関わったのは3年も前なんだが……思い出すだけで、まるで酸素を送り込まれた熾火(おきび)の様に、『憎悪』が赤々と静かに燃え上がる。



 だが『ユーリ』の事を伝えるならば、『サトシ(クソ野郎)』の事も伝えなければならないのだ。


 


 ……話を、戻そう。




  □




 人が一気にまばらになった教室内を、こちらに歩み寄ってきた『ワタナベ』は。


 俺の手前(・・)に向かって声を掛けてくる。



「おつかれー、『ユーリ』『エッコ』、帰るかーい?」


「あ、『オッサン』おつかれー」


「おつかれー……」



 それぞれの個性を感じさせる返事からは、このメンバーが仲の良いグループである事が見て取れる。


 正直な所、さっきの出来事(・・・)で『ユーリ』の事が気になっていた俺は、何とか会話に加わる機会が無いかと様子を伺っていた。



 3人は、休みの間の出来事や勉強の話を先にしていたのだが、このタイミングではどうにも会話に加わり難い。


 いい加減焦れた俺が、切っ掛けを得る為に教室の様子を見るフリをして、さり気なく視界に3人の様子を納めた時の事だった。



 チラリと視界に入ったのは……俺も良く知る、とある『アニメ』に登場する『赤いロボット』の姿。


 それは、主人公がある日突然、他者に何かを『強制』させる事が出来る能力を手に入れるアニメに出てくるヒロインの一人が乗る『ロボット』だったのだ。


 次の瞬間、俺に天啓の様にアイデアが降ってきた。



 ……コレだッ!



 此処(ここ)先途(せんど)とばかりに。 俺は会話に加わるべく、強引に切っ掛けを作った。



 ……例え、その画像を持った相手が、『エッコ』と呼ばれていた『根暗デブ』であろうとも。 切っ掛けにさえなれば良かった。



「……あれ? もしかして、その『待ち受け』って『紅蓮(グレン)』?」


「……そう、ですけど」



 俺の無理やりな声掛けにも、全員の目はこちらに向かざるを得ない。


 ちょっと雑だが……行ってやる!



 俺は一度目を瞑った後、おもむろに左手を顔の前に持って行くと、親指と人差し指の間から左目だけを出して、目を見開きながらこう言った。



「───『チバ タツヤ』が命じる! お前達は、私と交流しろッ!」


「……」


「……」


「……」


「……」



 ……



 …………



 ………………




  □



 ……いや、正直に言って。 あの時の空気を、気まずさを、いまだに忘れられない。


 人は『スタ〇ド』が無くても、時間を止める事が出来るのだ。


 我ながら、凄まじい黒歴史の発露に他ならないだろう───



  □



 見事に動作停止(フリーズ)している3人へ、ヘタれた俺はポーズを解きつつ話しかけた。



「……いやぁ、俺もあのアニメ好きでね? って言うか、全般的に『ソッチ』方面のモノは好きなんだけど、中々この学校じゃ『ご同類』も見つからなくて……さっきから話を聞いてたら、割りと『ご同類』っぽくて、何とか切っ掛けにならないかなーと……ハハ」



 ……どうしようもなくて、ネタに走るのも良い。


 ……自分の本音を、ぶっちゃけるのも良い。



 だが、ネタに走った後。 そのネタに対してぶっちゃけてしまうのは、ダメだ。



 『空気』が……終わってしまう。



 俺は、表情すら変わらない3人を見て「ああ、やってしまった」と言う事を実感しながら、肩を落として帰る事にした。



 ……いや、正確には。 帰ろうと(・・・・)した(・・)




「───プフッ」



 突然、空気が漏れる様な音がした。 直後。



「あははははっははははッ! もーだめッ! サイッコーですよッ!」



 ほとんど人が居なくなった教室に響く、朗らかな笑い声。


 自分の〈カバン〉を背負って、席から離れ掛けていた俺は。


 何事かと振り返って、気付く。



「ご、ごめんなさいッ! あまりの事にフリーズしてましたよ! オッケー、良いですよ! 『強制』されたら仲良くしない訳にはいかないですし、交流しましょう是非しましょう! ね!?」



 腹を抱えながら大爆笑している彼女が、傍らの二人に声を掛ける。



「……まー、そーだね……プッ」


「……いんじゃない」



 他の二人からも、一応の了解を得た俺は。



「あー、えっと……よろしく?」


「何でソコは普通なんですかッ!? ぶあははははッ!」



 持ち上げていた〈カバン〉を机の上に置き、もう一度椅子に座ったのだった。







 ……正に、穴が有ったら入りたい心境だったよ。




……切っ掛け

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