20140403 『出会い:弐』
……やっと
……結構な人数が教室に入り、『ウシロダ』くんと『モトフジ』さんと会話する事が困難になってきた俺は、クラスの一番『左前方』に座る事にした。
以前のクラスでは、座席の配置的にここが『デッドスペース』になっていたからだ。
同時に、一度に教室に入ってくる人数も多くなり、個別の挨拶もむずかしくなる。
また、外見や行動もクラス上位層には見えない人間が多くなってきた為、席に座りながらどんな人間が入ってくるのかを観察していた。
大概の連中は、明らかに成績上位には見えない……まぁ、一部は逆にかなりの存在感を放っている。 コイツらは成績はともかくとして、クラス上位層と見受けられたが。
動作、姿勢、表情、体格、声色、臭い、持ち物……等々。
よく観察すれば、その人間がどういう人間かを示す材料は数多い。 分からないのは、単にしっかりと見ていないだけなのだ。
そんな風に、俺がクラス内のヒエラルキーを観察し、一年間のやり過ごし方を考察していた時だった。
……のっそりとした動きで、一人の……『女性』が入ってきた。
特徴は、かなり『ふくよか』……いや、コイツに気を使う必要は無いか。
一人の、『デブ女』が入ってきた。
身長はおよそ160cm。
良く分からない柄のトレーナーに、特にダメージでもないデニムパンツ。
ロクにセンスも無い俺から見ても、ダサいと言える服装。
歩く姿の印象は、『角の無いひし形』だ。
そんな『デブ女』は、俺の座っている席の『右後ろ』まで、特に誰にも挨拶せずに歩いて来ると。
背負っていた〈リュック〉をドサリと机の上に投げ出し、ギシリと椅子を軋ませながら座り込んだ。
そしてワンテンポおいてから、ようやく俺に気付いた様に、ジロッと目線を向けてきた。
「……去年まで休学してました『チバ』と言います。 今年度、皆さんと一緒に勉強させて頂きますので、よろしくお願いします」
「……よろしく」
……それだけ言うと、自分の名前すら言う事無く。
自分の〈リュック〉から〈スマホ〉と〈タブレット端末〉を取り出すと、下を向いて何やら操作しだした。
□
……別に一般論を気取る積もりも無いし、自分が良識者などとは微塵も思っていない私だが。
あえて誤解を恐れずに言うなら、社会においてどうしてもヒエラルキーが低くなりがちな人間が居る。
『デブ』と、『根暗』だ。
それでも、場合によっては『人気者』としてヒエラルキーが上位になる人間は居る。
『デブ』であったとしても、『動ける』場合や『キャラが立っている』場合は、社会的にも成功しているのだ。
とある『DX』をテレビで見ない日は少ないし、とある『ビヨンセ』は世界レベルで活躍中ときている。
また、『根暗』であったとしても、『演技力』がある場合や『キャラを変えられる』場合は、まるで違う。
近年『イケメン俳優』として有名な人間には『根暗』が少なくないし、その『イケメン俳優』がネタをコピーしたおかげで大ブレイクした『イェェェェェェィ』も、プライベートでは別人のように『根暗』だそうだ。
……しかし。
この『二つ』を兼ね備えている人間で、ヒエラルキーが上位になっている人間は。
私の知識の中では、寡聞にして知らない。
……この広い世の中には。 もしかすると、この『二つ』を兼ね備えていても気の合う人間が存在しているかもしれない。
だが、結果的にではあるが。
私にとって、この『デブ女』は───紛れも無く『敵』の一人だった。
□
……『デブ女』の態度に、いささかイラッとしながらも。
俺は気を取り直して、教室に入ってくる人間の観察を続けていた。
すると───
……そう。
……やっと。
……やっとだ。
───ついに『彼女』、が…………やってきたのだ。
◻
『彼女』との出会いは、いまだに鮮明に思い返す事が出来る。
そんなに、何度も思い返した訳でも無い筈だが……それだけ『彼女』に対する認識が『特別』だと言う事だろうか。
きっと、私の脳の〈海馬〉の中に、『彼女』に関した記憶だけを収納する区画があって、そこに酷く深く刻まれているからに違いない。
良い記憶も………………悪い記憶も。
□
……『彼女』は教室に入って来ただけで、俺の目を惹く…………いや待てよ……違う。
……まだ『この時』は……そうじゃなかった筈。
…………ああ、そうだ。 ただ単に比較的に若そうな子が来たな、と思っただけだったな。
……男の性と言うべきだろうか。
女の子が入ってくると、ついつい無意識に目線が追ってしまうのは。
『彼女』は、2つある教室の扉の後ろ側から入ってきた。
身長は、ドアとの対比から150cm台前半。
生まれてこの方染めた事が無さそうな、真っ黒の肩より長い髪。
『中身のサイズ』はどちらかと言えば『控えめ』だが、大きく開いた胸元のデザインが特徴的な、黒い長袖のシャツ。
少しだけ突き出た様な臀部を覆う、多層のフリルと赤のアクセントが特徴的な、黒の短めのスカート。
ムチッとした太腿をキュッと絞める、黒のシンプルなニーハイソックス。
一歩毎にカツカツとコンコンの中間の様な音を立てる、暗い赤のエナメルパンプス。
それらが包み込む肢体は、スレンダーでは無く、ふくよかでも無く。
幼児体型では無く、女性らしいクビレが在る訳でも無く。
……無理やりあえて既存のキャラクター等で例えるならば、『胸の無いすーぱーそ○子』。 が、今まで聞いた中で一番近い例えだと思われる。
……そんな『彼女』の、軽いゴスロリ風な雰囲気もある、全体的に『暗い』印象の服装の中で。
大きく開いた『胸元』と、スカートとニーハイソックスに挟まれた『絶対領域』の白さが、ひどく際立っていた。
そして、近付く事によって見えてきた『彼女』のルックスは……正直に言えば、それほど人目を惹く感じでは無かった。
どちらかと言えば細い、一重瞼の目。
高くも無く、低くも無い、いかにも日本人風の鼻。
あまり分厚くも、薄くも無い、ちょっとだけオチョボになった口。
白いイヤホンを両側に付けた、少し尖った様にも感じる、小さめの耳。
それらが、瓜実顔の中に、バランスよく配置されていた。
……いわゆる、近年『美人』と言われるタイプでは無いが、別段『ブス』と言う訳でもない。
『一昔前の美人顔』と、言えなくも無いルックス……とでも言えば良いだろうか。
……少なくとも、誰もが一目惚れするタイプではなかった。
……そんな風にボーッと俺が観察していると、『彼女』は近場のクラスメイトに挨拶しながら、真っ直ぐにこちらに向かってきた───
「───『エッコ』、おっはよー……あら? ……えーっと、おはようございます?」
「あ……お、はようございます。 その、ちょっと去年休学してて、今年から一年だけご一緒する『チバ』と言います。 短い間ですけど、よろしくお願いしますね」
耳からイヤホンを外しながら、俺の右後ろに居る『デブ女』に挨拶した後。
怪訝そうな疑問系の言葉で始まった、『彼女』から俺への挨拶に。
一瞬反応が遅れてしまった俺は、慌てて最早言い慣れた感のある一連の理由を手早く説明して、挨拶と共に伝えた。
すると『彼女』は怪訝そうな表情から一転、ニパッと笑顔を見せると。
背中から、細い肩紐の白い〈リュック〉を下ろしつつ、小首を傾げながら口を開く。
「あー、そうなんですか! じゃあ、よろしくお願いしまーす…………とーこーろーでー」
「……はい?」
私の座っている先頭の席の、一つ後ろ。
前から二番目の机に〈リュック〉を置いて、一度勢いよく座った後。
『彼女』は両手を机につき、席から身を乗り出しながら───こう、言ったのだ。
「───その〈ヒゲ〉、スッゴいですね! ちょっと触ってみてもいいですかッ!?」
「……え、あ……い、良いです、よ?」
……噛み噛みだった。
……しかし、誰が想像できる?
「では遠慮なく……うぉー……もふもふしてますねッ!」
「そ、そうかな?」
……会ってすぐの人間にいきなり、〈ヒゲ〉を触らせろ、何て言う女の子が居るなんて。
「あ、すみません、『名前』も言ってませんでした───」
……そんな女の子に、自分がベタ惚れするなんて。
「───『ムライシ ユーリ』って言います! 改めて、よろしくお願いしますー!」
「あ、ああ。 よろし、く……?」
……誰が、想像出来るか。
□□
───まさか、この『2か月後』に。
『……どうしても?』
───『彼女』……『ユーリ』と。
『……いいよ』
───『生まれたままの姿』で……『一つ』になっているなんて。
『……ァ……』
───それが、奇跡の様な『半年間』と。
『……ん、ん…………ンン』
───地獄の様な『2年半』の、始まりだったなんて。
『……ん~ん、もっと』
───神ならぬこの身に。
『……バーカ。 ヘーンーターイー』
───想像、出来る訳が無かった。
『……タッちゃん…………タッちゃんは……』
『……なんだよ?』
『……んーん、何でもなーい』
──────出来る訳が──────無かったんだ。
……始まりだ