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パンが無ければ本を読めば良いじゃない!  作者: 水無月せきな
立花「俺は入るつもりは無いぞ?」
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稲佐「さてはガチホモ……」

 県立築南高校。

 数十年前、糸浜再開発地区に建てられた高校で、北には私立の西條大学のキャンパスが隣接している。ちょうど町の中心付近にあると思ってもらえれば間違いはない。

 南は幹線道路に面していて、駅も数分の距離にある。駅はもともとこの地域にあったもので、商店街もあった。再開発前まではすごく寂れていたらしいが、今となっては学生で大繁盛だ。

 大学と高校が地名を冠していないのには理由がある。

 西條大学はもともと別の場所にキャンパスがあったんだが、誘致されてキャンパスをここに移転させた。

 俺の通う築南高校も似たようなもので、比較的近い場所にあったのを再開発に合わせて移した。ただ築南高校の場合、校名を「糸浜」にする案もあったらしいが、同窓会とかが反対して実現しなかったらしい。

 そういうわけでまったく地名と校名が一致していないんだが、ぶっちゃけ俺が生まれる前の話だから、詳しくは知らない。

 小学校と中学校に関しては、たまたま再開発地区のそばにあったから移転したり新設しなかったらしい。

 『教育の町・糸浜』

 そんなキャッチフレーズで開発の進んだ糸浜再開発地区は、おおむねその目標を達成しているようだ。

 時間割は至って普通だと思う。朝8時30分から10分間ホームルームがあり、その後すぐに1時間目が始まる。そして4時間目が終了した後に昼休みがやってくる。

「焼きそばパンうめぇ」

 俺が1日の内で一番やる気を出す時間と言っても過言ではない昼休みだ。今日は何事にも邪魔されることなく昼休み開始直後に購買へ行けたため、無事に昼飯を買うことができた。その幸せを噛みしめながら俺は焼きそばパンを頬張った。……うまい。

 自分の席で一人むしゃむしゃとパンを食っていると、突然稲佐が目の前の席に座って椅子を引き寄せてきた。

「立花、ちょっと話がある」

 購買で買ったであろう揚げパンとジュースを片手に、真剣な雰囲気で話し始める。纏う空気が稲佐とミスマッチすぎて笑いがこみ上げてくるけど我慢、我慢。

「午前中、福智さんがお前の方をなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんども見ていたけど、何かあったのか?」

 ズイ、と稲佐が顔を寄せてくる。近い。

 何かあったかと聞かれて何も無かったと答えるのは少し嘘になるが、コイツに言うとロクなことにならなさそうな予感がする。

「別に、何もねーよ。気のせいじゃないのか?」

 あえて、嘘をつく。

「嘘つけ。昨日の昼休み、2人っきりの社会科準備室でエッチなこ……ふげっ⁉」

「俺に何を期待してんだよ」

 変なことを言い始めそうだったから、思いっきり鼻をつまんでやった。イテテ、と鼻をさすりながら稲佐はなおも食い下がった。

「じゃあ、お前は福智に興味が無いのか? クラスはおろか校内でも高評価の美少女だぞ?」

「いや、別に俺は付き合いたいとか思ったことねーし」

「さてはガチホモ……うぉっ‼」

 稲佐の座る椅子の足に蹴りを入れてやった。まったく、口を開けばまともなことを何一つとして言いやしねえ。

「何だよ、あぶねえな」

「お前が変なこと言うからだろ」

 ブーブー文句を言う稲佐を無視し、焼きそばパンの残りをジュースで流し込む。ごちそうさまでした。

「そこまで必死に否定するということは、絶対に何かあったな」

「何も無かったから否定するという発想は無いのか?」

「無い」

 キッパリと稲佐は言い切った。めんどくさいことこの上無い。

「さ、立花。洗いざらい吐き出すんだ。中二病に罹った黒歴史も含めて」

「さらりと余計なことまで言わせようとすんなよ。無いけど」

「無いとか言って本当はあるだろ? 『右腕がッ、疼くッ‼』とかさ」

「そんな経験一度たりともねーよ。」

「嘘つけ」

「無い」

「えー」

 頑なに否定する俺に、稲佐は面白くなさそうに口を尖らせる。

 一体俺に何を求めているのかさっぱりわからない。

「立花がまったくの常識人だなんて俺は信じないぞ」

「お前の俺に対するイメージ歪んでないか?」

「いいや。オレの目は本質をしっかり見抜く目だぜ?」

 稲佐はそれぞれの手の親指と人差し指で輪っかを作り、目に当てた。

「ウソくせえ」

「失礼な。生まれてこの方、オレが認めてきた人間に悪い奴はいなかったぜ?」

「お前は一体何様なんだよ」

「オレ様、だ」

 大きく胸を張り、その胸をドン、と叩く。

 おそらく本人としては精一杯カッコつけたつもりなんだろうが、残念ながら俺以外の誰も見ていなかった。

 ……ちょっと面白そうだから、そのまま放置してみよう。

 稲佐から目を逸らし、机の上に置いたペットボトルを手に取る。

 『パイン・サイダー』という炭酸飲料だ。

 ラベルはごちゃごちゃと飾り立てておらず、パイナップルが淡い色で描かれただけの素朴なものだ。

 キャップを開け、ゆっくりと口をつける。刺激の強くない微炭酸で、微かにパイナップルの風味を感じる。

 ……うん、うまい。

 甘すぎないのが良い。どんな惣菜パンと合わせても相性抜群で、後味をサッパリさせてくれる。購買で買うならこれが一番おすすめだ。ということでぜひ、ここの購買に寄った際には『パイン・サイダー』を……

「おい、立花!」

「⁉」

 突然の大声に、俺は脳内レポートを中断して現実に戻った。

「どうした、稲佐」

 目線を上げれば、稲佐がプンスカ怒っていた。何だ何だ?

「人のボケを放置するとは何事だ!」

「おお、悪い。気付いて無かった」

「めっちゃ恥ずかしかっただろうが」

「へえ、稲佐も『恥ずかしい』と思うことがあるのか」

「お前はオレを何だと思ってるんだ」

「その言葉、そっくりそのまま返すぞ」

 チラッと教室を見渡すと、誰も俺たちの会話に反応してなかった。結構声が響いているはずだが、気にすることなく自分の作業をしているあたり、感覚が麻痺しているんじゃないだろうか。

 まあ、それだけ稲佐が騒ぐのが日常茶飯事だ、ということなんだけども。

 はー、と稲佐が息をついた。

「立花、一つ言っておく」

「何だよ」

 稲佐は手を銃の形に握ると、俺にその銃口を向けた。

「抜け駆けは許さないからな‼」

「はいはい」

 今日一番の真剣な顔をして言う稲佐に、俺はひらひらと手を振って答える。満足したか否か、稲佐は自分の席へ戻った……俺の左隣だけどな。そしてずっと手に持っていた揚げパンの袋を開けると食べ始めた。

 一方の俺は、焼きそばパンの袋をクシャッと丸め、ゴミ箱へ捨てるために立ち上がった。黒板側の入り口そばのゴミ箱に、丸めた袋を投げ込む。

 ナイスシュート。

 袋はゴミ箱に吸い込まれるように入っていった。

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