雨に泳ぐ光
白い粒子と白い大地の中を、進む。
したしい敵達は、また現れてきてくれた。現れれば、斬るだけだ。
時々、大地は緩い起伏に差し掛かる。その時には、白い粒子は霧に戻り、白い大地は霧にかすむ灰色の土になり、周囲には木々の影が見えてくる。そこでは火もまた静かに燃えており、消えることを知らないようだった。霧に、火の粉が混じって舞っている。それはどことなく、冷たげな世界だった。
しかし霧がまた白い粒子に変われば、温度すらも感じなくなる。
粒子が霧に、霧が粒子に、平らな土地が緩やかな起伏に、緩やかな起伏が白い粒子に、と変わるがわる移り変わる中を、ミコシエはひた歩いた。
ミコシエは、ユミテ国のことを考えていた。
ここは、エルゾ峠にあたる場所の筈だ。
かつてここを越した時のように、森はまた火に包まれてもいる。この状況から、再びユミテ国にたどり着けるのではないか、ということが頭をよぎっていたのだ。ミコシエは、最初の内はしたしい敵をついぞばっさりと斬れたことに、快を感じていた。しかし、ミコシエは今、急な徒労に襲われ、もう、どこかで倒れてしまいたい、とも思い始めていた。あのユミテの夢で、私は眠りたい……
しかしいつからかもう、白い粒子は霧に戻ることはなくなった。
平らな大地をどれだけ歩いたろう。
ミコシエにはついぞその、果てが見えていた。
白い粒子の向こうに、黒ぼやけた巨大なものが見えてくる。目も鼻もないただ黒の、魔物。四つ足を曲げて大地にどっしりしゃがみ込んだ頭のないとかげのような不気味なもの。巨大な口を開けている。その口は人間など、粒のように飲み込んでしまうほど、大きい。
ミコシエは魔物の口元にまで到達し、空を仰ぐようにしてあんぐりと開かれた黒い広がりを見上げる。魔物は動かずに、ただ口を開けている。
ここが、果てか。
ここへ入れば、全てが終わるのか。
何の音も聴こえない、無そのもののようにも、星のない暗黒の夜空にも思える。耳を澄ませば、風の音が聴こえそうな気もするが、それは気のせいなのだろう。
魔物の口の奥深くで、かすかに、何かが光っているのに気付く。
段々目が闇に慣れ、その光が少しずつはっきり見えてくる。小さな、しかし強い光だ。何かが光っているのではない、光、そのもの。
その、光は。……
そこに、私の求めるものが。……
私はでは、ついに、たどり着いたのだろうか。
ミコシエは、黒い鞘から剣を抜き放つ。光を放つ剣。その光が点滅し、黒の向こうの光に、吸い寄せられている。光が、還ろうとしている。
しかし、ミコシエは、光る剣を自らの体の方に今一度ぴったりと引き寄せ、構え直す。
無言で振りかぶり、静かにしっかりと剣を振り下ろした。
黒い空を斬った、確かな手応えがあり、巨大な魔物は口を開けたまま真っ二つに斬れる。黒い空が開けて白い空が見える。黒が、白い大地に崩れ吸い込まれていく。光も、その中へ紛れて消えてしまったように見えた。黒は、そのまま白い大地の中へ消え入るように完全に色を薄れさせていった。後には、一切の黒も、光も、残らなかった。
ミコシエは剣を握ったまま、その場に立ち尽くす。
白い粒子が再び、霧になり、それは今度は細かい雨へと変わっていく。だがそればかりで、辺りには影の一つもない。雨だけだ。ミコシエはただ雨に濡れてその場に立つ。地面もただ、雨を映していた。雨だけ、だ。
剣は雨の中、わずかになった光をそれでもまだぼんやりと発しながら、光を保っている。
ミコシエは、剣を鞘に戻すことなく、足元に放った。
すると剣は足元に映る雨の中へふっと沈み込んでいき、ぼんやりした光はゆっくりと点滅を始めた。
それに呼応するように、不思議に、辺りで、足元の其処ここで、また、頭上の方にも、ぼんやりと幾つもの七色の光が光り、同じようにゆっくりと点滅をしている。その様は不規則で、気付けば、方々でどの光もゆったりと動き始めている。
近付いてきたそれに、そっと手を触れようとしてみると、光はすーっと上の方へ逃げていく。
それは、雨の中をぼんやりと七色に光りながら泳ぐ、熱帯魚なのだった。




