ヨッド
ワリエーラを解放したホリルらとオーラス軍は、そこから僅か三日で、残る郡も魔物の手から解放しワント四州の一州目を人の手に取り戻した。
他三州は防備を固め、連携を密にし、これまでより戦は厳しいものとなったが、人間軍は着実に勝利を収めていった。
ホリル、ミコシエ、クー、シシメシらは相変わらず、前線で奮闘している。
最初は各々別の隊で戦うことが多かったが、今は最前線の同じ隊や隣り合う隊で共に戦うようになっていた。兵の士気にもまとまりができる。
日も傾き、その日の一戦も全体に人間軍が魔物側を押していたが、突如、ミコシエとクーらのいる近辺でに爆炎が二つ、三つ、と生じる。
「うおお」
「きゃあっ」
「ああ、勇者の恩人が吹っ飛んだぞ! 大丈夫か!」
兵達が心配するが、煙がもうもうと上がり、視界を阻む。
ミコシエはクーを抱え、着地した。
「うお……っ、膝が……っ」
「ミコシエさま! 油断してると……ほらこっち!」
また爆炎が襲う。
「う、うわあ」
クーに強引に手を引かれ、ミコシエは足をやや引きずりながら、次、次と迫る爆炎を避けていく。
「す……すまん」
「ミコシエさま、どんくさいと爆死してしまいますよ!」
「う、うむ」
「最近ちょっと、疲れが出ているのでは?」
「……年なのかもしれん」
周囲は、黒い煙に巻かれて、あちこちで味方兵の呻きが聞こえる。
「く、助けようにもこれでは」
「しっ。今下手に動くとまずい。敵も煙が引くのを待ってまた撃ってきます」
「敵に魔法使いがいるのだ。厄介な」
辺りは疎らにしか木が生えていない草地だ。
二人は近くに物陰になる低木を探し身を潜めた。
「前方、二〇〇メートルくらいに敵影、おそらく、あそこから撃ってきています」
「ちと、遠いな。接近するまでに二、三発やられたらアウトだ」
「五〇メートルくらいにまで近づけば、私がこのナイフで……」
「いや、そんなに飛ばんだろ。もういい。今日は帰ろう」
「そっそんなあ。こんだけ味方がやられておいて、これじゃ今日はこっちの負けで終わります! それに、あの敵魔術師を討てば、手柄がっ」
「おまも、まじめだな。クー。そういう生真面目はホリルに任せておけば――」
その時、ミコシエらの頭上を鋭い巨大な矢が飛んでいく。
「ムッ」
「ミコシエさま危ない、頭を下げて!」
それが二撃、三撃……ぎゃああああ。敵影のあった方で悲鳴が上がる。
「氷の矢か……氷と眠りの魔法使い、ヨッド。か」
「あの男が魔法を使うの、初めて見た」
「そりゃ、ないだろう。何年一緒にいたんだ」
正規軍には魔法使いはいないし、民兵にも魔法を扱える者などいまい。実際、それから程なく、まだ立ち込める黒煙の中から、ヨッドが姿を表した。
「出番が少ないものでね」
「ヨッド! ミコシエさまも、ヨッドも、いざやると、やることが派手ね……けっこう、目立ちたがり?」
「……」
ミコシエは敵影のあった前方を見据え、ヨッドは知らんふりを決め込んでいる。
「ちょっとちょっと、また無視ですかあ!」
煙が引いてきて、倒れ伏す敵味方の兵がちらほらと見え、前方では敵魔術師と覚しき死骸があり、他は撤退したのか付近に敵の姿はなかった。後方から味方が駆け付け、負傷している兵を救助し始めている。
「この戦地はこんなもんか」
「でしょうね。探知するまでもなく敵はもうここにはいません」
ヨッドがあっさりと言う。
「しかし、あの魔術師を討ったのは実際手柄だぞ。おそらくワント四州四衆の火の何とかだか言われてたやつだ」
「……でしょうね。フフン」
「あーはいはい。嫌な大人達、ところで我らが大将ホリルはいずこ?」
「……探知してみましょう」
「無視されなかった」
「……。…………だいぶ、先ですね。一メルーグ離れていますぞ」
「メルーグ単位? 一メルーグって……何メートルだっけ」
「約一〇〇〇だ。それは、ちと離れすぎでないか?」
「ウーム。残念ながら敵の位置まではここからではわかりません。案外、掃討戦でも演じているのかもしれません。心配はない……」
「いや、私は行こう。ホリルは反省したと言っていたものの、いざ戦場に出るとどんどん先へ行ってしまうくせがどうにも直らん。まあまだまだ、若いからな」
「でしょお!」
クーは強く同意し、走り出したミコシエに「ミコシエさま待ってください!」と、その後を追った。
「あ、……行ってしまった。……私は、ここまですか。
羨ましい。活躍の場が多くて」
ヨッドは杖をとんと付いて、疲れたと呟いてその場に座り込んだ。
そこへ「おーいあんた、そこの民兵! 救援を手伝ってくれ!」とその丸まった背中に声をかけられてまた、ふらふらと立ち上がるのだった。




