ワリエーラ解放戦・終結
次の日の午前軍議、参謀官ジェッチェとミコシエの二人が、それぞれを策を出した。
昨夜の夕食後に、軍の主だった者らに、策がある者は考えをまとめておくよう通達があった。夜の内に策を案出しまとめることができたのは彼ら二人だった。
「ふふん……」
真っ先に挙手をして策を述べたジェッチェは自信満々だ。
他に……と聞かれ、一同は黙し、他に策を述べる者は誰もいない、と思われたところ、静かに控えめに手を挙げる者があった。
「……」
ミコシエだ。
「むっ、お、おまえなんぞに……!」
ジェッチェは一瞬、顔をしかめたがすぐに、
「はん。まあ、よし。述べれるものなら、述べてみよ」
と余裕をかます。
「考えろと言われたので一応考えたものでな。こういう考えもある程度に、参考にしてくれ」
ミコシエは少々おどおどとホワイトボードの前に立ち(慣れていないのと、軍議に出ているのは十数名と言えそもそも人前に立つのが苦手なためだ)、地図のあちこちを指揮棒で指しながら次第に落ち着き簡潔にまとめた。
「……む、むう」
皆は無言で耳を傾け、ジェッチェも息を飲んで説明が終わるのを見守った。
「ジェッチェ殿の策も十分すばらしいのだが、いかんせん正攻法に則りすぎて看破されはしまいかと思ってな」
「む、むう何を、て、敵に合せてじゃな、そう、人間の軍隊ならもう少し変えるが、粗暴な怪物軍相手じゃから、ここはだな」
「敵も、馬鹿ではない。ここまで実戦で戦ってみて思う」
「な、何を、わしが前線に出とらんから、わかっとらんと言うか?!」
「? なんだ。そんなことは言ってないが……」
まあ、そこまで、そこまで、と列席した年配の将が言い、勇者殿の意見を聞こうとなった。
「……そうですねえ」
ホリルは思案するそぶりをしつつも、既に二案を比べてミコシエの案の方が優れているのは明らかだった。
これは大事な戦なんだ。立場とかそんなことは言ってる場合じゃない……ホリルはそう思い、ミコシエの案に……と口を開こうとしたところ、
「あー、……そうだな」
と、ミコシエが珍しくそれに割って入り、
「少し、穴があったかもしれん」
その具体的内容には触れずに、
「練りが足りなかったな。些か危ない部分がある、ここは安全策でいくのがいいかもしれん」
と自身の案を取り下げる発言をした。
「な、……」
ジェッチェは言葉に詰まる様子を見せつつも、
「そ、そうじゃ、そうじゃろう、貴殿はあちこち奇策を巡らしすぎて、どこがとは言えんが、どこかでその、……あ、穴じゃな、そう、穴が開く可能性があるわい」
と自身の策を推した。
ホリルは首をかすかにひねり、ミコシエさん、しかし……という言葉にはしない言葉をミコシエに目で送ったが、ミコシエはホリルの言いたいことをわかっても、にこり、と笑ってみせるだけだった。
そこまで奇策を巡らしてなんかいない。要所二ヵ所といったところにあっと思う動かせ方を盛り込んであり敵の裏をかく良い策に思える。穴があるとも思えなかった。ミコシエさん何故? 何か意図が? と思いながらもホリルはとりあえずミコシエの合図を容れた。
「……そう、ですね」
ホリルは大事な戦いというのに、これでいいのか、ミコシエはさんはどういうつもりだ、と、まだ決めかねているつもりでそう発言したのだが、
「よし」
とジェッチェは一声、
「決まりじゃ」
と、今は自信を完全に取り戻した自らの策を採用するという意味に取り、そこで軍議は終了してしまった。
当然、軍議の後で、ホリルはミコシエになぜです、と問う。
「ミコシエさん、何で、ああいう、人の顔を立てるようなことを……そんなつまらないことで……この戦いは、人々の平和がかかっている大事な戦いなんですよ? 今の時点ではこちらが有利ですが、ちょっとした綻びから、敵に逆転を許すことだってあり得るんです。それに……ミコシエさんらしくもないというか」
ミコシエはふふん、ニヤリ、と笑い、
「いやいや。じいさんの策も悪くなかったんだ、本当に。ただそれだけだよ。まあホリルはまだ若い。まだわからない部分もあるさ」
「そっ、そんな……そんなこと言うことこそもっとミコシエさんらしくない、のでは……」
ホリルはミコシエの真意がもう一つ汲めずといったふうに最後は弱々しく言った。ミコシエはもう一度、ふふ、と控えめに笑ってみせるのみだった。
ミコシエが老参謀の顔を立てたのは本当だった。
しかし別に、自棄になっているわけでも、人々のための戦いということがどうでもよく思っているわけでもなく(いや実際のところそれはほぼどうでもよくても、ミコシエはホリルのため、負けられないとは本心で思っていたので)、しかし一方でこういった以前なら面倒と思ったことも今は楽しみながら、それでもこの程度なら多少それで不利になっても取り戻して十分勝たせられる、という自負があったのだ。
実際、この後、ジェッチェの策で動いた一戦は、ホリル側を一時的に不利に導くことになった。
ミコシエはしかしその戦場でそれをどういう言うことなくただ淡々、ではこう動かそうという策をその場その場で述べ、立て直し、被害を最小限に留め最終的に敵を押し返していったのだった。
「まあ。あのじいさんの策も別にそれほど悪かったわけじゃない。だから立て直せた」
「ほら、やっぱりちょっとは悪かったと思ってたんじゃないですか」
敵の死骸が転がり、ほぼ掃討戦も終わった前線で、ホリルとミコシエが肩を並べている。
「かと言って私の策を採っていてもそこまで変わったわけじゃない。あと四メルーグくらいは先に進んでいたかもしれんが」
「……」
「まあ、これでもうワリエーラはほとんど人間の手に戻ったも同然だ。四メルーグも四ミリも変わらんよ」
ミコシエはふっふ、と小さく笑いながら、後方で兵が立て始めている陣地の方へ向かっていく。
「ミコシエさん……何だか、楽しそうにしてるようにも見える。勿論、遊んでるわけじゃない……あれだけ自ら前線で敵を斬って、全隊の被害も最小限だ。その上で、不利な策、下策とわかって押し付けられてもそれを甘んじて勝利へ導くことを、楽しんでいる……ああいう人だったっけ、ミコシエさんは。ああいうミコシエさんを見れるのも、悪くはないかもしれない。けど……」
ホリルはしばしそこに立ち止まり、陣地の明かりの方へ歩くミコシエの後ろ姿と、まだ敵がぞろぞろと控えているだろうこの先の暗闇を交互に見遣った。
そしてミコシエさんは、どこまで来てくれるだろう。おそらくそう願っても、勇者の仲間としてこの闇の先をどこまでも来てくれるということはないのだろう。と思うのだった。




