2 ワリエーラ
オーラスが新勇者誕生の地となったが、実際に前勇者リュエルが命を落としたのは、隣郡のワリエーラという土地であり、そこは無論人間の支配する土地ではなく魔の支配する土地である。
最寄りの人の住まう土地へ勇者の亡骸が運ばれ、そこが勇者没の地=新勇者誕生の地となる、というのが慣例なのだ。勇者の亡骸が物理的に取り戻せない場合も、最寄りの地が勇者没の地、とされる。
ワリエーラは、オーラスにいる時既に魔物の軍勢が多数駐屯しているという情報が入ってきている。古くは人間が造り守っていた幾つかの砦があった。今はその全てを魔物が掌握しており、彼らが人の土地に攻め入ろうとする時にここへ軍勢が集ってくる、ワント四州の出城と呼べるような位置付けになっている。
ワリエーラを奪回するのにも相応の時間は掛かるだろう。ミコシエは既にレーネとの約束は果たしたが、リュエルの実際に没したという土地までは辿り付いてみようと思っていた。その先はわからない。その時の気分で決めていったっていい。しかし、ミコシエは、おそらく最後まで勇者と共に行くということは考えられないだろうと思った。
オーラス中心部を発ったホリルと軍勢は、一日をかけてその巨大都市の郊外まで、二日目の夕刻前に、隣郡ワリエーラの入口まで達した。
まだ、魔物達は姿を見せていない。低木が疎らに生え、しかしあちこちで瓦礫が散乱したり様々のがらくたが落ちており、魔物達がここを通る旅人や商人を襲った跡だろうと思われた。
オーラス郊外には土塁が築かれ、警備隊も巡回しており、魔物が侵入してくることはないが、オーラスとワリエーラの境となるこの辺りには何度か魔物の小隊が駐屯し、オーラスの警備隊と小競り合いになったこともあるということだった。
オーラスよりも東側でワリエーラに隣接している小都市などは、魔物の襲撃を受けてほとんど人が住まなくなったり、滅ばされたところもある。
「しかしワリエーラ自体はそう敵の勢力が強い土地でもないと聞く。リュエルは本当にそんな地で命を落としたのか?」
野営の中、隅っこが好きな者同士、野営灯の一番外れの席でミコシエとヨッドが語り合う。支給される夕飯の皿をとってそこへ来たところたまたま鉢合わせた。
「確かにここは人の住まうオーラスからそう離れておらず、魔物の発する邪気も濃くはない土地だ。
リュエルは実際にはもっと東回りの方から攻めており、たまたまこのワリエーラに寄った。そこで何らかの油断があったか、敵に卑劣な策を弄する相手がいたらしく、そいつの入れ知恵でワント四州の怪物達に討たれた。
リュエルは数年かけて二度三度は、天然要塞と呼ばれるガリグ山脈に入り魔王城の麓にまで迫っていたのだ。当時の魔六騎衆の内二人を討っている。ちゃんと実力のある勇者ではあったのだ」
リュエルの旅は九年に及んだ。リュエルの前の勇者は五年程で没し、その前の勇者は八年程。
その更に前の勇者は、六年目に魔王城まで至り魔王と相対して敗れた(彼の亡骸は仲間と共にガリグ山脈の溶岩湖に投げ落とされたと言われ、その時の新勇者誕生の地は人間の住まう地の中心レキセになった)。それ以来、魔王は山脈の四方の守りを固め、どこから入っても魔王城までは容易に近づけなくなり勇者の旅は困難を極めるものとなっているということだ。
「ミコシエさま! またこんな暗いところで食事ですか?」
「また大人の会話ですか? たまには僕らも混ぜてくださいよ」
食事を終えたホリル、クーがやってきた。シシメシはまだ何杯目かのおかわりを食べているという。
「僕は思うのですが、同じようにただ魔王城を目指しても、やはり勝ち目はないように思うのです。
何か、魔王に対する有効な手段を考え出せないと……そうですね。例えば……伝説の武具……なんて言うと都合がよさそうですが、強大な敵に対するための万全な装備や備えなどは、必要なのでは……」
武器……か。ミコシエも思うところがある。竜が言った言葉。勇者にとっての武器。伝説の武器。聖騎士にとっての武器……いや、しかし、私は…………
「あれれ、ミコシエさま、眠い?」
「うん……いや。全然」
ホリルは珍しく饒舌に、語り続けていた。
「ともあれ、ワント四州は、ガリグ山脈に至る重要な路の幾つかに通じています。まずは一年二年かけてもここを奪取するのが筋です。
それに一方で、ここワリエーラ周辺は元々人間の住まう土地だったので、今はワント四州を流れる河川の下流域に流民が流れ魔物に怯え貧しい生活を送っています。この人達を救うことも、勇者の任務です」
いつの間にか、リュエルの話に耳を傾ける兵達も集まっており、おお、そうじゃそうじゃ、などと声が上がる。
「リュエルも、自身が戦っていた東側での戦況はよかったが、ワント四州の戦況が悪くなり、それで東の戦いにも影響するようになった(主に食糧問題だったと聞きますが……)ので、何とかしようとワント四州に赴く途中だった、とも聞きます。当然のことだと思います。僕はまずこれを引き継ぎます」
兵達がおおーう! やるぞお。と一際大きく叫んだ。
勇者とはえらいものだな。ミコシエは思った。これだけ人々の心の支えになるのだ。ミコシエはあまり軍規模の戦いなどには深入りしたくはないとも思ったが、まだ自身の旅の糸口が見つかっているわけでもない。いずれは離れる……しかしそれまでは一兵士としてでも勇者のために力になるよう自身もただ剣を振るおうと思うのだった。




