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光る骨の剣  作者: k_i
第1章 勇者の未亡人
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 狼の追撃を交わした後、ミコシエとレーネは二人、深くなる峠の森を無言のまま歩いていた。

 ミコシエの言ったように、ある程度、戦士ら一団に追いついて歩かねばならない。周囲は、潜む魔の気配に満ちていた。夜になれば、さらに危険になる。

 日が暮れる前、ミコシエらは一団に追いついた。しかし、しばし絶句するよりなかった。

「なんてことだ……これほどの手練れが」

 魔物にやられた後だったのだ。だが、数から見るにどうやら全員ではなかった。噛み千切られ引き千切られた死骸だったが、何とか判別はでき、幾つかの見知った姿――頭目やあのモヒのものらしきそれ――はそこになかった。

 レーネは無残に散らばる死骸に近づけず、傍らの樹に背を寄せている。前方、行く手にはぬめりと濁った大きな沼が広がる。

 レーネは気持ちを落ち着けて、

「この人達と一緒に戦ったって言ったわね。腕はそれほどだったの」

 離れたところから、沼の手前にいるミコシエに語りかける。

「ジュトンで諸侯の雇われをやっていたのだ。モストの砦にいちばん乗りして落とした。こいつらの中核は、傭兵稼業で食っていた戦いのプロだ。次の戦を求め、人数を募って峠を越すということだったわけだ」

 ミコシエは言いながら、沼の周囲を調べている。沼は木々が密生している中に開けており、ここを通るしかなかったのだろう。

「ムウ……これは蛭龍の住み処に足を踏み入れたか。ここまでばらばらの死体にしては流血が少ない。吸われたのだろう。生き残りは、何とか相手を打ち倒して進んだのか、それともかろうじて逃れたのか……」

 ミコシエは耳を澄まし、即答した。

「いや、いる……まだ潜んでいる。一匹のようだが」

 手強い相手だ。連中が幾らかでも傷を負わせているなら多少は助かるが。ミコシエは剣の柄に手をあてる。

 レーネは死体と沼の臭いの混じったおぞましさに、吐き気を覚え、しかし気はしっかりと持って注意深く見渡していた。突如はっとして、後方を向く。

「ミコシエ。……狼」

「気づいている。しつこく、つけてきているんだ。だけど今は前方の沼に注意せねば。それにここさえ抜ければ、狼はこの死体に満腹して追って来なくなるかもしれない」

「どうやって……」

 レーネは、不安げに前と後ろと交互に目を見張らせる。

「火……火があれば、蛭龍を退けられるが」

 ミコシエは死体の合い間に散らばっている荷物に目を向けるが、

「私、少しなら火を扱える」

 レーネがそう言った。

「火。魔法の火、か。やはりあなたは……」

 ミコシエの見ている前で、レーネは差し出した人差し指にポッと小さな火をともして見せる。

「イリィテの姓に入る前の私の姓は火の家系。これは、手品ではなく正真正銘の火」

「だが、その八倍の火は欲しい」

「家の杖があれば、容易いことだったのだけど、魔除けと一緒になくしたわ。そうね、六倍か七倍くらいまでなら、やってみせる」

 レーネは手のひらを広げ、すると火は火の玉に膨れあがる。

「その代わり、少し時間をくれる?」

 ミコシエは、足元に転がっている足首のついたままの死体の靴を、ぽちゃんと沼に蹴落とした。波紋が広がり、消えていくが、すぐに沼の中心からもっと大きな波紋が広がってくる。

「あの……聞いてた? 時間……」

 どす黒いぬめぬめとした背が沼から出て、一直線、こちらに向かってくる。

「わかっている」

 ミコシエは剣を抜いた。

「私が切りあっている間に、頼む。それ以上でかくしてからだと、警戒して出てこなくなるかもしれんのでな」

 沼から飛び出した。蛭龍。黒い皮膚に隠れて目も鼻も見えないが、巨大な赤い口をぱっくりと開け血を滲ませた鋭い牙がびっしり並んでいる。退化した小さな手足と翼をばたつかせ、ミコシエに飛びついてきた。のしかかられたら終わりだ。ミコシエは一太刀を入れて横に交わす。

 相手は一度地面に降りるが、ぬるぬると這いずり意外なスピードで沼へと戻った。すぐに顔を出し、どう獲物を喰らおうかとこちらを窺う。

「ミコシエ、どいて!」

 そこへ、レーネの火の玉が襲いかかった。愚かな蛭龍は、投げかけられたものが何かは理解できなかったのだろう。ほとんどの獲物を丸呑みにし噛み砕いてきたのだ。火を呑み込んだ蛭龍は一瞬、沈黙したが、ブグゥゥというような表し得ない不快な雄叫びを上げて沼に潜り込み、しばらくもしないうち焼死体となって浮かび上がってきた。

 その顛末を、後ろの木立から姿を現した狼の追っ手どもが、驚いた表情で見届けた。

「見事だな、八……いや九倍はあったか」

「その分、もうせいぜいこのくらいのしか出ないけれど」

 レーネは再び手のひらに火の玉を浮かばせる。それが自分達に向けられていると悟った狼どもは、すぐに森へと姿をくらませた。

「しかし、驚いたな。その力があれば――」

「ええ。不意打ちで、あんないっぺんにでなければ、連中のあれだって燃やしてあげられたのに……!」

 レーネは、周囲に横たわる、死体となった昨夜の暴漢達に目をやった。

 火を掲げているレーネは不敵で、不気味にも映る笑みを浮かべる。ミコシエは剣を収めて、一歩下がった。

「この火、どうする?」

 レーネの手のひらに浮かんだまま揺れている火。

「これ」

 ミコシエはそれを向けられて二歩、下がる。

「それは……一度作り出すと消せないものなのか」

「いいえ。でも勿体ないかと思って。この殿方らの死体、弔いに火葬していく?」

 ミコシエは三歩まで下がって、黙祷の素振りをして立ち止まった。

「それもいいだろう……あなたの気の済む済まないの問題ならば」

 ミコシエは目を開けてレーネを見る。

「いえ……あんなことなど、もう」

「そうだな。それに、死体は狼のやつらの餌に残してやった方が、時間は稼げるのだが」

 レーネは、沼のど真ん中めがけて火の玉をぶん投げた。

 

 

 *

 

 

「温泉になっているな。ぬるま湯ではあるが」

 レーネを肩車して、ミコシエはいくらか水の蒸発した沼を歩いて渡っていく。半ばまで行くと肩の辺りまで浸かったが、それ以上の深さはなかった。

「本当ね」

 つま先を浸して、レーネが言う。

「これならちょうど、体を浸して汚れを洗い落としていこうかしら?」

「それはやめた方がいい。ほら」

 ミコシエの体に、小さな蛭が這い上がってきている。

「渡りきって後、軽く体を洗い流すだけにとどめておくのだな。私は見ないように、周囲を見張っておくから。だがその前に、私の体の蛭を払いたい」

 沼を渡りきると、ミコシエは上着を脱いで体中に張り付いた蛭を取り除いた。

「うっ」

 それを見てレーネは怯むが、ミコシエのそばに寄るとその肌に手を伸ばした。

「ただでさえ白い肌なのに、これじゃ血を抜かれてまっ白になってしまうかしれないわね」

 レーネの手が触れるや、ミコシエはそれを振り払った。

「やめろ! 私の肌には、ふ、触れるな……」

「え……蛭を」

「……すまない。いいのだ、自分でやる」

 レーネは立ち上がって、ふと言った。

「本当に、女性が駄目なひとだとか?」

「……違う。そういうのではないのだ」

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