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光る骨の剣  作者: k_i
第6章 オーラス着
27/53

 セレモニー当日。午前中いっぱいは、前勇者の弔いの儀が、厳かに執り行われた。この日は、これまでの喧騒が嘘のように統制されており、街中が前勇者の喪を弔っていた。

 ミコシエは、レーネのことを思う。レーネ、こうしてこの街全ての民が、きみの夫を弔っているのだと。

 ホリル達も、決められた場所で午前中の間、黙祷を捧げていることになる。

 正午が過ぎると、徐々に賑わいが戻ってくる。ここからは、新しい勇者の誕生を祝う祭典になる。

 幾つかの挨拶や勇者を祝う音楽と踊りの催しなどが行われていった。そしていよいよ、勇者が壇上に上がる。

 ミコシエもこのときは約束通り、その後ろに控えて、ホリル達を見守った。

 ホリル、クー、ヨッド、シシメシらが上がっていく。クーは緊張のあまり、顔が真っ赤だ。壇上の前には数千の人だかり。

 司祭がホリルを勇者として正式に認定することを告げ、無事儀式は終了する。歓声が巻き起こり、拍手喝采が送られるなか、ホリル達は壇を下りる。

 ホリルはすぐ、ミコシエのところに駆けてきて、「いやあ、緊張しました」と述べた。

「見届けたよ」

 クーがよろよろとよろめいて歩み寄ってくる。

「ミコシエさま、あたしもう今日はだめ。さっきので一週間分は疲れちゃった。頑張ったご褒美に、抱っこして連れてってくださいな」

「おい、クー」

「今日はこのくらい言ったっていいでしょ。言うだけ! お祭なんだし!」

「ホリル。前勇者のリュエルが、儀式後に葬られる場所を聞いた。私は早速、そこを個人的に参りにいきたいので。なのでこの後はしばらく、一人にしてほしい」

「あ、わかりました。僕達はまだこの後、街の偉いさん方とパーティなどありまして……その後は、皆と宿舎の方に戻っていますので」

「うむ。まあ今日一日忙しいだろうが、また後にな」

「ミコシエさん。ありがとうございます」

「ああ」


 ミコシエは、一般開放されたリュエルの墓への参りを終えた。

 これで、レーネとの約束は果たしたことになる。もう新たな人生を歩み始めているレーネに、このことを告げには行かない。自身の旅に戻るか、とミコシエは心に決めた。

 翌日には、ホリルらも儀式関連の諸々からは解放され、夜、ミコシエと気軽な食事を楽しむこととなった。

「ミコシエさんは、では、ご自分の旅に戻られるのと……」

 ミコシエは考えをホリルらに告げた。

「その旅の目的は一体?」

「敵を追っている、というところか。その敵は、いつどこに現れるかわからない」

「その敵は、僕達がこれから戦う、魔王の手先達とは違うのですか?」

 勿論、そうでなくともこの世界には、もっと古来から存在する悪しき存在もいる。あるいは、地の奥深くや森の奥深くなどに潜む魔獣などの類。そういったものの中に、ミコシエの敵はいるのか? とホリルは問う。

「そういう類のものではないのだ」

「わかりませんね……確かに、僕達には魔王という、世界を脅かす悪の存在が明確な敵として存在します。あなたは一体、何と戦っているのか。

 僕達がこれから向かう先々には、魔王の手先以外にも、様々な種類の魔が待ち構えています。その中に、あなたの敵もいるということは?

 ミコシエさん、僕の願いでもあるのですが、やはり、ミコシエさんは僕と一緒においでになりませんか?」

 ホリルの眼差しは真剣だ。ミコシエは、答えない。ホリルが続けて言う。

「ミコシエさん……失礼な言い方になるかもしれません。以前、ヨッドが言ったように、あなたはもう、聖騎士としての使命には、本当は縛られていないのではないですか?」

 ホリルが、ミコシエを見つめてくる。クーは、ホリルの質問に少し戸惑った様子を見せている。ヨッドらは淡々と食事を進めている。

「もしそうであれば、それだけの力を、これからは、目に見える敵を打ち払うのにお使いになられては? あなたは、僕達には見えない敵を追っている。だけどそれはもう、本当はいない敵なのではないでしょうか」

 ミコシエはただ、微笑を浮かべたが皆にその真意は汲み取れなかった。

 クーには、ミコシエはもしかするとそうとわかって敵を追っている、その自嘲や哀しみなのではないかとふと思った。クーはホリルに、「言いすぎなんじゃない?」と言うが、ホリルは尚真剣に、「これは、僕は運命だと思っているんです」と言う。

「聖騎士は、誰にもわからないような任務を、中には一生かけて追い、それを果たしても果たせずとも、余人には知れることがないと聞きました。

 ミコシエさん、もし、もう任務があなたを縛っていないのなら、何故、これ以上、自身で自身を縛り続ける必要があるのです。あなたは、英雄として、この世界に名を残すことができる人なんだ。今からだって遅くはありませんよ。僕と共に、魔王軍と戦い、魔王を打ち倒し、歴史に名を残しましょう!」

 その食事所には、限られた人達だけだが、一部式典の関係者などもいて、ホリルの熱い言葉に打ちひしがれ、感激を覚える者もいた。しかし、ミコシエはただ首を横に振り、人々はそれを見て、ミコシエの陰気臭さに溜め息するのだった。「何だろね、覇気がない男だ」「しかし勇者様のここまでの誘いを断るなんて、聖騎士とは一体何様なのかね」などと声も聞こえた。


 *


 その夜中、ミコシエはしかし内実、少し悩んでいた。

 今のミコシエは、ああは言ったものの、自分には行くあてがあるでもない。はっきり言えば、どこに行けばいいのかわからないのだった。

 自分の求める敵はもういないのでは、とホリルは言ったが、ミコシエにはそうではないという確信はあった。だけど、あちらから出てきてくれる敵でもないのだ。

 ミコシエは一度、戦いに身を投じてみるのもいいかもしれない、と思う。

 もし仮に、その戦いで死ぬなら、形のある死を与えられるなら、今ならそれを自分のそういう命運であったのだと、受け入れることすらできるかもしれない。そう思えてきていた。

 一度、何もかも忘れてしまうのもいいかもしれない、とも思った。ただ、目の前の敵を斬る。形ある敵を斬る。

 この数年、自分は自分の本来斬るべき敵を斬ったことはなかった。思えば、その場その場で現れる敵を、障害物を払い除けるように、それに傭兵連中と一時一緒にいたときなどはただ食うため金のために、斬ってきたのだ。いつからだろう、と思う。そうして自分はすでに聖騎士の道からは外れてここに至っているのか。もう一度、自分にしかない自分だけの戦いに戻ることが、できるのだろうか。それは世間じみた戦いではなく、もっと高い次元の戦いだという戦いに。

 そういう思いとは裏腹に、ミコシエは今、無性にただ、目の前の何かを斬りたくなってきていた。そのことに、飢えてさえいたのかもしれない。無性に、腹立たしく、情けなく、一方で、楽しく、なってくる。無性に、斬りたくなってくる。今の自分に力が残っているかしれないけど……彼ら勇者一行と肩を並べて戦えるだけの力が自分に備わっているのかもわからないけど。本当に、死ぬかもしれないけど。

 ホリルは英雄にだってなれると言った。そこまでの力があるとは思えない。しかし、自分だけの戦いで腕を磨いてきたことには違いはないし、実際屈強な傭兵戦士らに交じって見劣りすることもなかったのだ。

 情けないかもしれないが……今一度、こちらから一緒に行かせてもらえぬか、ホリルたちに頼んでみよう、とミコシエは思った。ホリル達は明日には、オーラスを発つと言っていた。

 

 ミコシエはさきの考えの後、妙な興奮と諦めの入り混じったような言い表せぬ感情を持て余し、寝付かれなくなってしまった。

 部屋から出て、外の空気にあたりに行ったミコシエは、そこでクーに会った。

「えっ。ミコシエさま?」

「クーか」

「ああよかった。あれが最後で、もうミコシエさまとはお別れかな、なんて思っちゃってね。そのこともショックだったし、旅立ち前で、色んな感情がごっちゃになっちゃって、ちょっと気持ちを落ち着けにきたの」

 ミコシエにとってはまだ自分より一回りも幼い少女。大人ぶってはいるけど、これだけ初めての、大きな経験をして、それにこれから困難な旅に出ようとして、自分の中がいっぱいだろう。そうミコシエは思う。だけどミコシエはそんなクーに構わずに、聞いた。

「クー、少しだけ聞いてくれるか」

「えっ、な、なに……なんか、意外。ミコシエさまからそんなこと、言ってくれるなんて。えへへ。ちょっと嬉しいな? 何。どうぞ話してくださいな」

 ミコシエは、ホリルにはああ言ったけれど、今の自分は実際どこに行くあてもないし、ホリルの言った通りに聖騎士としての任務に戻れるかすらわからない、と打ち明けた。その上で、断ったけどホリルにやはり同行を願い出てみようと思っていると。

「大歓迎するよ、ホリルは。ホリルは本当に、ミコシエさまのこと尊敬しているみたいよ」

「醜態を曝すことになるかもしれない。ホリルが私のことを実際少しでも尊敬してくれていればこそ、正直、ホリルにも、クーにも、そういうところは見せたくないのだ」

「くくっ。意外ね、そんな風に思ってたの。そんな、聖騎士さまだって、完璧、だとは思っていないわよ。ミコシエさまのこと、時々……まだ短い期間だけど一緒に旅してて、ああ、こういう普通なとこもあるのね、って思うし」

「普通、……か。そう、か?」

「ええ。同じ、人間だし、ちょっと年上のお兄さん……っていうか、まあ何ていうか。みたいってこともね。あたし、礼儀知らずなんでこういうこと平気で言っちゃうけど。

 それにホリルだって、勇者ってんであんなふうに皆からちやほやされたって、あたしからすれば、全然世間知らずのお子様よ。ま、もうそんなことは人前で言っちゃいけないことかもだけど。どんだけ人が英雄視しようと、一緒に旅をしてれば、嫌なとこも見えてくるし、あんたらそんな風にすげえって言ってるけどこいつなんて本当はね、なんてこと、いっぱいあるよ。ホリルとミコシエさまも、もっと気軽な仲になれると思うな」

 クーは嬉々として、そう語った。

 ミコシエは、ふと、リュエルとレーネがかつて、そんなふうに一緒に冒険をしていたんだ、というイメージが今、とても鮮明な映像として浮かび上がってきた。それに、ホリルとクーが、重なる。

「ミコシエさまは、ずっと独りで旅をしてきたの?」

 クーが、ミコシエのことをじっと見つめていた。ミコシエは、何故かわからないがそれに鼓動が高なってしまう。

「あ、ああ……」

「だったら、それでなんじゃないかな」

「何がだ?」

「自分の見られたくないとこを見られたくないとか……あたしは、ミコシエさまのもっと情けないとこや、可愛いとこだって、知りたいと思うよ」

「……う、うむ」

「あ、言い過ぎたかな。ごめんなさい。それに、さっきの……」

「うん?」

「や。嘘かな……って」

「嘘? と言うと?」

「いやあ。ずっと独り、って言ったけど、そうでもなかったのでしょ?」

「ああ……そうだな」

「わかった。聖騎士故の苦悩。きっと、聖騎士であるが故に、叶わなかった若かりし頃のロマンスがあるんだ」

「……そうだな。聖騎士も、人間なのだよ。結局は」

「ミコシエさまはきっと、真面目で、頑なすぎるのだわ。だけど、いつまでもそうじゃ……ねえ。あらかじめ、ごめんなさいだけど。こんな簡単に言っちゃっていいことじゃないけど。罰当たるかもだけど」

 ミコシエは考え込んでいる様子だったが、ふとクーの視線に我に帰り、

「何が、だ?」と問う。

「聖騎士、やめちゃえば? 一緒に、行こ! ずっと」

 クーはそう言って、ばっと立ち上がる。いたずらっぽい表情で、「おやすみなさい! ミコシエさま」と言い、走り去っていった。

 ミコシエは、あっけにとられおやすみとも返せなかったが、クーが行ってしまってから、幾らかの笑いが込み上げていた。吹っ切れたとかいうまでのことはない。だけど、何故だか、嬉しさとか希望とか、そういうふうに言っていいのじゃないかな、という感情が芽生えているのを感じた。

 これからの戦いのことを思う。

 それに少しだけ、クーのことを思った。クーが自分のことを慕ってくれているのは気付いていた。しかし、そのクーに対し、ホリルに対してもだが、自分には本当はそこまでの力が今はもうないのではということを知られたり、実際そうなるのが怖いという思いが今の自分にはあった。だけど、クーはあんなふうに言ってくれた。あれだけ自分より幼い少女クーに、魅かれてしまいそうな気もした。だけどそれも含め、聖騎士ということにもうこだわる必要がないのなら……ミコシエは一瞬、そう思い、しかしそれ以上その考えを推し進めてみることは、今は避けた。これからは当分、ありのまま戦いと旅とに自分を捧げてみるのでいい、とミコシエは思った。

*この回で一旦区切りとなります。

※後に近況報告にも書きます。

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