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光る骨の剣  作者: k_i
第6章 オーラス着
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 オーラスでは、〝勇者きたる〟〝オーラスが勇者誕生の地に〟などと垂れ幕があちこちに張られ、すでにセレモニーの気分が広がっていた。

 前勇者が没した地が、次の勇者の儀式が行われる地となる。前勇者の弔いと次の勇者の引き継ぎが同時に行われるためである。勇者に選ばれた者は、この儀式が済んで初めて正式な勇者として世に送り出されることになるため、どこで出生したかよりどこで儀式を受けて正式に勇者となったかということが重要である。なので、その儀式の行われる地が、勇者誕生の地、となる。そのためオーラスは今大変な賑わいなのである。

 商業都市を囲う長大な城壁が張り巡らされており、門兵が門兵が厳しく取り締まりを行っている。

 到着したホリル一行は、門兵に勇者であることを告げ、司祭が祖国に送ってきた証明書を見せる。

 門兵は一瞬驚いた顔をして、すぐ、「ようこそ、よくぞ、オラースへおいでくださいました!」そう言って涙ながらに敬礼した。ホリル一行は門を通され、兵士長が兵を多数連れてやって来る。周囲はすでに歓喜の声・歓声に包まれている。到着したばかりの勇者を我先に一目見ようと、観衆が集まり出しているのだ。

 兵らが通りの左右に並んで、観衆を一定距離遠ざけ、道を作る。

 ホリルも驚いているが、クーやシシメシは口をあんぐりと開けて言葉も出ない様子だ。

「ホ、ホリル、あ、あたしこんな汚いままのお顔で、やぁだよう」

「うー。あっしもお化粧直したいでござるぅ」

 大勢の観衆の視線を浴び、泣き言を言うクーとシシメシに、しかしヨッドは冷静に「私達なぞ、そう誰も注目しとらんよ。皆、勇者ホリルを一目見たいんだ」と言い放つ。

「さあ、ホリル殿。まずは、用意してございます宿舎へご案内いたします。さあ、こちらへ」

 兵士長が仰々しく言った。

 ホリルはきょろきょろと辺りを見渡す。ミコシエの姿を探しているのだった。ミコシエも、ほとんど一緒にオーラス入りしている。近くにいるはずだと。案の定、ホリルは観衆の幾らか後ろの方に、ミコシエの姿を見つけた。

「ミコシエさん! 後で、迎えを出させます。ミコシエさんも、僕らと一緒にいてください!」

 その声は、歓声に飲まれてしまうが、ミコシエは多少やれやれ、といった様子で、一応は聞き届けたのだった。ホリルらが歓声を浴びながら去っていくのを見届けると、ミコシエは、しかしこの群集の多さは耐えられんな。こんなに人を大勢見たのは初めてだ、と呟いて、その場を離れた。

 大通りは人で一杯になり、ミコシエは通りの脇道へ逸れ、そのまま細い路地を渡って一つ裏の通りまで退避した。ここからでもまだまだ歓声は聞こえている。勇者を歓迎するどんちゃん騒ぎの音楽やら歓声やらが一緒くたになっている。

「勇者も、まずは休みたいだろうに。勇者とはまったく大変なものだな」

 一行には旅の疲れもあるだろうし、到着してまずは宿舎に行くだけのことなのだが、待ちかねていた観衆にとっては、早く勇者の姿を拝もうと、ここぞとばかりなのだろう。

 ミコシエは、更に通りを裏へ裏へと進み、ようやく喧騒の遠のくところまで出て、ふう、と一息つくのだった。ここは、賑やかで着飾られた表通りとは打って変わって、一見スラムのようなうらぶれた雰囲気の街並みであった。今は昼間なので開いていないが、風俗店のような店構えも見られる。人通りは疎らで、誰も薄汚れた服を着て歩いている。勇者の来訪になど、関心もないといった様子であった。

「おお……旅の方、……」

 路肩にいる、ぼろぼろのローブをまとった老人がミコシエに語りかけてくる。

「あんたじゃよ……のうあんた、この国の者ではないな、……ほうあんたの故郷は」

 ミコシエは老人の前で足を止めた。

「……キリン国は、もう、……滅んだぞ……」

 老人はそれ以上は、聞き取れないぶつぶつ呟きをするだけだった。

 同じような乞食同然の姿をした老人が、路肩の其処ここに突っ立ったり、しゃがみ込んだりしている。他にも、話かけようとしてくる者もいたが、ミコシエは足早に通り過ぎた。

 幾つかの路地を回ると、大通りに戻った。

 ホリル一行はすでに、用意されていたという宿舎に入ったようで、一時の騒ぎは収まっている。が、今度は、いよいよ勇者が到着したとのことで、本格的にお祭に入る準備が進められているのだった。

 ミコシエはふと、この町のどこかに安置されている前勇者――レーネの夫のことを思う。前勇者リュエルは、司祭らによって永久冷凍保存がなされているのだということは聞いている。冷たい氷の中で、彼はこのお祭騒ぎをどのような気分で聞いているのだろう。レーネは、もし、この町に来ていたら、どんな気分でいたろう。

 ミコシエは、安置所に行ってみることも考えたが、少し話を聞くと、現時点ではおそらく一般の面会は叶わない、とのことだった。儀式が済んで後、一般の弔いは可能になるとのことであった。

 ミコシエはとりあえず、なるべく大通りに近い宿は避けて、空いていそうな宿を探してそこに入った。それにしても、テイーテイルに比べてもその倍どころではなくこの街にはたくさんの宿がある。勇者のセレモニーを観に、国中から多くの人々が集まってきているのだろう、いっぱいになっている宿も多かった。

 ホリルは、迎えを遣るなど言っていたが、わかるだろうか、とミコシエは思った。まあ、わからなければわからなければでいい。ホリルの儀式を見届けて、その後、どうするかを考えよう、と。

 あの龍の言っていたことは、気になった。南に、何か自分に関係のあるものがあるかもしれないということ。それが嘘でも、罠でも、今の自分にとってそこへ行ってみたところで失うものなどあるまい。あるいは、龍はどこへ飛び去ったのだろう。そっちの方を追ってみるのも、いいかもしれない。傭兵らと稼いだ金もあるし、しばらくこの町に滞在して、ぼちぼちと情報を集めてみようか、と思い馳せるのだった。

 数日経つと、ホリルの遣いだという司祭の部下がミコシエの宿を訪れた。最初、見つけられるかどうかと思い、おそらく無理だろうとそのことは忘れていたが、実質この町を取り仕切る司祭らにすれば、探し当てるのは造作もなかったのかもしれない。

 準備ができ次第、ホリルらのもとに案内すると言う。宿の前には大きな馬車が停められており、無愛想だった宿の主は、「まさかあんさん勇者のお知り合いなんざ。サインもらってきてくだせえ!」などとミコシエに頼むのだった。

 ミコシエは、都市の中心部にある、一般市民は出入りできない重要人らの宿舎でホリルに再会した。

「よく見つけれたな」

「はい。お邪魔だったら申し訳ないとも思ったのですが、一応、約束はしていましたし……それに是非ミコシエさんにも、儀式の際には来てほしいと思いまして」

「日取りは、それとなく把握していたよ。そりゃ、どこへ行っても話題は持ちきりだから。この町にいればわかるさ」

「ええ。実はミコシエさんに、一つお願いがあるのですが」

「ん?」

「一緒に、セレモニーの式典に出てくれませんか?」

「断る」

「そんなあ、そこを何とか!」

「とてもとても」

 さすがにミコシエも苦笑した。

「せっかくの晴れ舞台に、私のような日陰者を連れ出すこともあるまい」

「いえだけど、龍を追い払えたのも、ミコシエさんと一緒に行けたおかげですし、私の大事な方として、是非、立っていただきたいのです。ミコシエさんは、それほどの人ですよ。異国の聖騎士が、知らないこの国でこういう舞台に立つことがあったって、いいではないですか」

 ホリルも、引かない様子だ。ミコシエは、実際のところ彼の思いをありがたくは感じていた。

「壇上には上がらない……近くで見ているので、どうだ」

「いや、しかし僕としましては、……いえ。すみません。無理を言って。わかりました。では、少しでも近くで……」

 ミコシエはふと、かつて自身がまだ二十だった頃、成人の儀を拒み聖騎士として認められ、緑鱗城を発った日のことを、思い出す。それは全然、このような華やかな門出ではなかったが、自分も使命を帯びて、旅立った。だけど、探せていないまま。か……。今は、探すべき物が何だったのかも、忘れてしまっていた。ならば今度はそれが何だったかを思い出すために、旅を続ける。きっと、あのしたしい敵達と関わりのあるものだということには、薄々気づいている。やつらが、何か秘密を握っている。もし、それを上手く探すことができれば、そこで探し物が見つかるかもしれなかった。決して、遠のいているわけではないのだ。そう、ミコシエは言い聞かせた。

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