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光る骨の剣  作者: k_i
第4章 ホリル一行
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 宿の一階の待合で、ホリル一行は、墓所へ行くにあたっての話し合いを持った。ホリルが、説明する。

「まず確認しますと、砂漠を船で渡ろうとすると、龍に遭うとのことです。船は大きいですから、龍も目ざとく見つけるのでしょう。仮に、船に乗った状態で龍と戦うことを考えると、船は流砂を避けて決まった航路上を動いているため、船自体の動きが制限されてしまっています。船を沈められれば、流砂に飲まれておしまいです」

「そもそも、船を出してくれる船主がいるとも思えないね」クーが言う。ミコシエ、ヨッドは黙って聞いている。ホリルは、続けた。

「砂漠を運良く抜けてきた旅人の情報によると、龍は墓所をねぐらにしているらしい。目撃情報そのものが多くはないけれど……砂漠のどこかに住み着いているのだから、墓所は龍にとって良いねぐらになることは考えられます。悪霊さえ何とか退ければ、戦う場所としては砂漠よりいいだろうし、タイミングによっては奇襲をかけられるかもしれない。場合によっては、戦わずに話が付けられるかもしれない。ヨッドも言ったように、龍は高度な知能を有する場合も多いと聞きます」

「その方が賢明だな。まともに龍とやり合っても、勝算については何とも言えん」ヨッドが言う。

「で、墓所までは、どうやって行くの? 途中まで船で? 歩いて?」

「船はどこで襲われるかわからないので、危険です。テイーテイルの人達も、船を出すことには賛成しないでしょう。墓所まで通じている道――暗渠があると聞きました」

「アンキョ?」クーは言葉の意味がわからない様子。

「地下の水路、とでも言えばいいか」ミコシエが言う。

「ほう。でもどうやってそこを通るの。あたしは泳げるけど、ホリル泳げないでしょ?」

 ホリルは言わなくていい、と言って説明を続ける。

「ええ、暗渠と言っても、かつて大昔の時代に、墓所と町をつなぐ水路として機能していたもので、今は水はありません。おまけに、かつてあった天井も壊れ落ちているので、まあ、ただ砂漠にある溝、のようなものですね。暑さを避けれますから、墓所へ参る人はそこを通ったようです。もちろん、流砂に飲まれる心配もありませんからね。今は墓所へ参る人もなく、久しく使われていないとのことですが」

「それって暗渠っていうの?」

「元暗渠ですね。今はただの道です。昔からそういう風に呼ばれてきたというだけで……暗渠へは、町の南の椰子林を抜けたところから入れるようです」

「おお、ミコシエさまの泊まってた林ね」

「行きましょう。一日では着かないらしいので、食糧や備品を持って」

 

 *

 

 一行は、暗渠に入った。暗渠の道は、ホリルの言った通り、水は気配すらなく完全に枯れている。天井は開けて、空が見えているが、両側の壁は高く数メートルに及んだ。道の幅は、一行四人が横に並んだとしても余裕を持って歩ける広さがある。実際には、索敵なら任せてというクーを先頭に、ホリル、ミコシエ、ヨッドという順で続いた。とは言え、墓所までのこの暗渠に獣や魔物が出るという話は聞かない。クーもその内真面目に索敵するのもやめて、ホリルやミコシエに並んで、雑談を交わしながら気楽に歩くのだった。

「なかなかよい道だな」

 ミコシエがふと呟く。

「えっ。どうしてです、ミコシエさま?」

「暗くて、狭くて……落ち着く」

「……ミコシエさま、暗いわ」

 確かに、街の外を歩いていたときよりもずっと陽の光はあたってこず、元暗渠のこの道はその底の辺りに暗さを湛えていた。

「何故だ。わたしは思う。砂漠船なぞにごちゃごちゃ乗り合って騒がしい旅をするよりも、この暗渠を通って行けばいいのではないか?」

「あのね、砂漠船でも、中継地点を経て、砂漠を越えるのに三日かかるのよ。歩いて行ったら、そのうえ暗渠なんて迷路みたいにぐるぐるしてるんだし、どんだけかかるかわかんないわよ。そもそもこの暗渠って、どこまで続いているの? 墓所までじゃなく、砂漠の向こうの街まで続いているわけ?」

「わからないな」それにはホリルが答えた。「とにかく、いつの時代のものかもわからない、古いものらしいから。迷路ってのもあながち間違いじゃないけど、墓所までの道はさいわいそう入り組んではないらしいから」

「そうなのか。しかし多少迷っても、私は暗渠の道を行ってみたいものだな」

「ミコシエさま……ちょっとついてけないかも」

「しかし、ミコシエ殿」これまでほとんど喋らずに歩いていたヨッドが呟くように言う。「暗渠には暗渠の、魔が潜む」

「えっ。何……墓所に着くまでにも、何か出るっての。もったいぶった言い方、しないでよ」

「……」ヨッドは、応えなかった。

「墓所までは、歩いてどの程度で着く?」ミコシエが誰にともなく聞く。

「……二日もあれば。住民の話ではな」それにはそう応じたヨッドに、クーは「ちょっとあたしの話は無視ですかっ」と不満を露わにする。

「まあ、クー。大人には大人同士の間があるのだろう。任せておこう」

「やぁーな大人。二人とも、きらい。になるよ? いいの。おぅーい」

 

 *

 

 出立したのは、昼前だった。昼食は先に町で済ませてきたので、一行は歩き続け、夕刻近くになり一度、足を休めた。

 暗渠はほぼ同じ幅で続き、同じ景色ばかりが続いたため、クーはうんざりした様子で、ホリルも些かまいった様子だ。ミコシエは歩くことが気にならない上に、自身がそう言ったようにこの暗い道を気に入っていたため、苦になることがなかった。ヨッドも、元々悪い顔色をそれ以上悪く変えることなく、黙々と付いてきている。エルゾッコも、この程度で疲れを見せるほどやわではないようだった。

 

「砂漠の日が暮れるのは早い。ここで野宿にするか」

 そう言ったのは、あれ以来また口を噤んでいたヨッドだった。あの人は、夜になると元気になってくるみたい、とクーがミコシエに内緒で教える。ミコシエさまと同じで変な人なの、と付け加えた。ホリルは素直に、荷物を下ろすが、クーは、

「もう少しこう、開けた場所とかはないの? 道のど真ん中だよ。あたしたち以外に誰か旅人が通ってきたら、道の邪魔よ? 踏まれちゃうよ」と言った。

「ここからはもう、墓所への一本道になる。今、我々以外に通る者はいまい。それに開けた場所などない」

「さっき言ったよね。暗渠に潜む、魔……ってやつ。そいつが来るってことは」クーは真面目な様子で聞く。

「……」ヨッドは再び応えない。と思われたが、「とにかく、見張りを立てる。そうすれば安全だ」と言った。

「まあ。当たり前と言えば当たり前だけど、そんなこと」クーも諦め、ここで野宿と決まった。

 程なく、日は暮れて闇に包まれた。もともとひっそりとした暗さを湛えていた暗渠だが、今はどっぷり闇の底に浸っている。上に開けている星空が随分と明るく見えるくらいだ。

 日中、暑さに困らされることはなかったが、夜になると冷え込みは厳しい。魔法の火ではなく、焚き火を炊いた。ミコシエは、ヨッドに何故魔法の火を付けないのか聞いてみた。

「私は、氷と眠りの術が専門でね。火は、扱わないのだよ」そう、答えが返ってきた。なるほどその術はこの男に相応しい、とミコシエは思うのだった。

 焚き火で持参した肉を炙り、簡単なスープを作って食事にした。皆口数は少なかったが、疲れた様子はなく、クーは野宿にウキウキしているといった様子だった。

「宿の狭い部屋よりも、こっちのが解放的でいいだよね。お星も見えるし」

「クーは、野宿や旅には慣れているのか?」そう、ミコシエは聞いてみる。

「そう。あたしはレンジャー出身で、実戦経験も豊富なの。ミコシエさま、あてにしてね」

「そうか……」

「いや、実戦経験って言っても、人や魔物戦ったことなんてほとんどないですよ。獣を狩ったりとかそういうのは慣れたものかもしれませんが」ホリルはそう言う。

「二人は、長い付き合いかな?」

「二人……? あたしとホリルが? まさか、そんなことないですよ!」

「数ヶ月前、勇者に選定され故郷を出る際に、勇者の常で共を連れていくことになり、戦いにもこなれて知識も豊富な娘がいるというので……しかし、盗賊の娘だったとは、知らなかった」そこまで言ってクーはホリルの口を塞いで、

「盗賊じゃない! レンジャーですからっ」とミコシエに強調して聞かせるのだった。

 ミコシエは、軽く笑い、「二人は、仲良さそうに見えたのでな」と思った通りに言うと、クーもホリルも否定してそれはないと言うのだった。クーは話の流れから、ミコシエにもレーネとの関係を聞いてみようと切り出したところで、ホリルに止められてしまった。ヨッドは静かに、スープを啜っている。

 暫くすると、一応見張りを置いて交代で眠ることにした。ヨッドが最初に見張りをしようと言い、次にミコシエを起こし、ミコシエはクーに代わり、朝起きるのが早いのでというホリルが早朝からそのまま朝まで見張りを務め、夜が明けた。それまでにとくに何か事が起こるといったことはなく、静かな夜明けであった。

 

 

 二日目は、朝の遅い時間になって野宿をたたみ、歩き始めた。

 一度、昼になる前頃に、ずぅん、ずぅむ、と巨大な音が数度に渡って響くのを、一行は聞いた。一行は暗渠の壁に背を付けてしゃがんでそれの去るのを待ったが、彼らの前に何かが姿を現すことはなかった。

「もしかして、龍がどこかに移動した……?」クーが、不安げな面持ちで言う。

「そうかもしれんな。龍を恐れ、船はもうこの一週間は出ていない。そろそろ、お腹をすかせて獲物を探しているのでは」ミコシエがそう返す。

「だとしたら、あの龍が町の方へ向かった、ということは?」ホリルはそのことを心配した。

「……わからん。それは何とも言えんな」

「もしそうなら、今、町を守れる者はいません。戻るべきでしょうか?」

「ヨッド? あなたでも、わからないの?」

「うむ……おそらく龍だが、動いたのは町の方向ではない。もしかしたら、砂漠の獣でも見つけたのかもしれないな。それか、迷い込んだ旅人か」

 龍が仮に町へ行ったのだとしても、今から町へ戻るのでは遅すぎる。龍の移動速度は速く、人の足では追いつけない。ヨッドの読みを信じ、一行は墓所へ向かうことにした。

 龍の足音を聞いたことで、一行は墓所に近いところまで来ているとも覚ることとなった。 軽い昼食休憩を挟み、歩き続けると、日中に、さきと同じように龍の足音が遠くから近づいてきて今度はかなり近いところで響きやがて消えた。暗渠にもその振動が響くほどであった。龍が墓所に戻ったとみて間違いないだろう。

 二日目の夕暮れに近づく頃、一行は墓所へと辿り着いた。暗渠をそのまま進むと、墓所である古い石造りの建造物の中へと入り込んでいく形になる。ここからは戦いになるかもしれず、事前に休むことも考えられたが、まだ全員に旅の疲れはなく、墓所内では昼夜の関係もないと思われるため、このまま進むことになった。

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