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光る骨の剣  作者: k_i
第2章 夢の都ユミテ
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 白い霧の中。

 ミコシエは、鉱泉に浸ったまま、心地よさに眠ってしまったのだと思った。だけど、そうではなく、それはもっと前で、鉱泉からはもう出てきて、布団の敷かれた離れの間で眠りに就いたのだったか、と思う。とすると、深くなった霧が、部屋の中に入ってきているのだろうか。

 いや、と思い直す。

 ミコシエは今、裸で、とても心地がよい温水に浸っているようだ。やはりまだ、鉱泉にいたのだったか。婆の言ったように余程の秘湯なのか、感覚そのものが眠りから醒めたばかりのように、甘く、覚束ない。

 白い霧の中……そう言えば、とミコシエは、峠でレーネに会ってからの日々、樹のうろでレーネと過ごした夜にも、つめたい霧が入り込んできていたな、と思い出す。だけど今はなぜ、こんなに温かい。霧の中で一瞬、レーネの肌に触れたのだった。あのとき、温かいと感じてしまったことを、ミコシエは思い出す。

 以前、この国で、一人の女性と出会った。

 ふと気付くと、誰かが、隣にいる、と感じる。

 レーネ、か。どうしてここにいる。ここは鉱泉なのか。離れの間なのか。いや、どちらにしても、何故そんな近くに……

「あなたはここユミテで、かつての恋人と出会ったのね」

「恋人ではない。私は、聖騎士……女性の肌に触れることも、できなかったのだ」

「今は?」

「私は、……変わりない。私は、聖騎士だ」

「可哀想に。あなたは、もう任務に忘れられてしまった聖騎士なのよ。ねえ、ミコシエ。ここはあなたの夢のなか。あなたの好きにすればいいのよ。ここにいる私だって、本当のレーネではない、あなたの夢の中のレーネ。好きにすればいい。あなたから私に触れたって、いいのよ」

 レーネが、ミコシエに迫ってくる。

 何をしている。ミコシエは、レーネを止めようとする。オーラスに、きみの夫が……亡骸となったきみの夫が待っているのだ。それに会いもせず、こんなところで何をしている。

 ミコシエは、峠の夜に触れた、レーネの肌の温もりを、思い出す。

 あれは、偶然触れたにすぎなかった。だが、触れてしまった。

 あの温もりを許したということは、私にはすでに、聖騎士としての纏うべき聖性など、剥がれ落ちているのではないか。とっくの昔に。

 あの温もりに触れてしまった今、私はもう、この寒さに耐えることができなくなってきているのかもしれない。

 目の前には、レーネがいる。一糸纏わぬレーネが。

 わかっていたことかもしれない。

 目を閉じる。

 もう、私が仕えていた王のもとに戻れることなどあたわず、私が探していた物はもう、私の手にとることはできない。二度と……。ミコシエは、目を開ける。ミコシエの纏っていた漆黒に染まってしまった聖騎士の衣が、剥がれ落ちていく。これで、解き放たれたのか。

 私はこれから、何を探し求め生きていけばいい。

「今はいい。何も、考えなくても」

 レーネの腕が、ミコシエを包み込む。

 体を、合わせる。

 ミコシエは、レーネの肌に自らを埋めていく。かつて、この体を勇者に選ばれた者が抱いた、体……(それから、野獣のごとく飢えた粗暴な傭兵どもが代わる代わるに抱いた体……私は今、何者ですらない。)

 オーラスで永遠の眠りに就く男の姿が浮かぶ。

 ……(だめか。私は……)

 ミコシエ?

 ミコシエは、そっと体を、女の肌から離す。

 私は、この肌と一つになるなり方すらもうわからない。(あんな獣どもですらできたことが私にはできない。今更、獣には私はなれないのだ。)

 ミコシエ……いいのよ。全てを、預けて?

 だめだ。どうも……だめなのだ。

 そう…… レーネは、ミコシエをもう一度優しく触れてくれた。わかった。いいわ、今はじゃあ、ただゆっくりと眠って……ミコシエ。

 ミコシエは、自分が今は惨めとも思わなかった。勇者でもない、聖騎士でもない、一匹の男ですらない。もう、自分には何も探せない。人に、何を与えることでもできない。

 そこに温かい肌がある。

 今はもう、それに触れてもいいのに、今更、その触れ方がわからないのだった。

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