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皮肉と魔術のフラジール  作者: 宇後 筍
プロローグ:Hello,World
2/16

第2話:プリオル・ポステリオル

前話前書きにも書きましたが、文字数変更につきエピソード追加してます。

 経験した中で最悪の目覚めだった。手術台のような場所に横たわっていた体を起こすと、軽い目眩と耳鳴りがしていて五感がぼやけた。空気と触れるたびに寒気がするほどに肌の感覚が鋭敏で、五感すべてのピントが上手く合わない。手足を動かす感覚に実際の動きにズレがある。とても不快でもどかしい。跡見は手のひらを開いたり握ったりしていち早く感覚を取り戻そうと試みる。


「おはようございます。気分はどうですか? 腸がはみ出るような痛みなどはありませんか?こちらの診断上問題は発見できませんでしたが」


「ああ、お陰様で何されてたのかが具体的にイメージ出来たよ、ありがたいことに」


 大方継接ぎのぬいぐるみのようにあちこちを切ったりくっつけたりしたのだろう。立ち上がってあちこち体を確かめる。宣言通り外見的に見て分かるような変化が起こっている様子はない。


「気圧や細菌にウイルス、現地住民とのコミュニケーションの対策を考えればそのままで行かせるわけにはいきません。不調はすぐに治まりますから、必要な措置とお考え下さい」


 跡見はある程度覚悟をもってこの女の声と会話をしていたつもりだったが、痛みを知る人間であれば良心が痛むような所業を淡々と語る様子にやはりこの相手はヒトではないのだという思いを新たにする。子どもがトンボの羽をもぐように無邪気に人体をいじくり回しているのだから堪ったものではない。


 だがそれに対しておかしいとは思っても、跡見には先ほどまで感じていた悍ましさや恐怖とは無縁だった。いや、正確にはそうとしか思えなかった。


「……お前、俺のアタマにも何かしやがったな?」


「ええ、精神プロテクトと魔導回路を組み込みました」


「ワケのわからんことを簡単に言ってくれるぜ」


 精神プロテクトというのは何となく分かる。跡見は今もなおそれを感覚として味わっている。本来ショッキングなこの状況を落ち着いて考察出来ているのは、間違いなくそれが働いているからだ。精神の均衡を保つための措置だろう。まさか感情の起伏がなくなったりしてないだろうか、と跡見は不安に駆られた。


「精神プロテクトに関して現在起動しているようですね。もしかしたら感情が消えるのではと懸念されているかもしれませんが、問題ありません。通常であれば心神喪失になりかねないレベルの精神的ダメージに対して作用するものであって、貴方の感情をどうこうするものではありませんから」


「つまりは心神喪失しかねないようなことをしたってことだな。親切すぎて涙が出るね」


「魔導回路は、魔法を使う上で必要とされている脳機能の現地での呼称ですね。貴方にはそもそも回路がありませんので擬似的にナノマシンでそれを再現しています。機能はこちらの方が上ですので、それによって自衛能力と生活基盤の構築についての支援としています」


「魔法、ねえ。何が出来るんだ? ヒーローに変身でもするのか? 」


「貴方の感覚で言えば家電と銃火器を手ぶらのまま使用できる、というところでしょうか」


 魔法。跡見も昔はアニメや漫画に出てくる魔法使いに憧れた過去がある。まさか現実を知った成人後にそんな魔法使いになろうとは不思議なものである。だが、それを疑う気にはならなかった。跡見からすれば腹立たしい話だが、ワケのわからないテレポーテーションをした身としては神を僭称するこの卵型の機械の能力を否定することは出来ない。


「で、体も改造されてるわけだ」


「少なくとも病気や寄生虫とは無縁でいられるとは思いますよ。身体能力に関しては外見上同じ種族のヒューマを参考にして、トップレベル程度に増幅しておきました。ですがヒューマ自体が他に比べてさほど腕力がある種族でもないので、世界で類を見ないほど、という訳ではありません。過信しすぎないようご注意下さい」


「なんだ、人間以外の知的生命体がいるような言い草だな。あっちじゃ悪趣味なコンピュータも外を歩いてるのか?」


「どうでしょう、それは実際に見て確かめてもらいましょうか」


 ワームが再び蠢めく。跡見は慌てて声を張り上げて遮った。無機質に体を締め付ける感触が、たった一度で彼にとって決定的に苦手意識を植え付けた。


「もう出発か?」


「ええ」


「まだお互いのことも知らないんだからよ、友好を深めてもいいんじゃねえか?」


「あなたのことで知らぬことなどありませんから」


「待て待て、もっと活動地点の地理や慣習なんかを知ってからの方が——」


 ワームから注意を逸らしたい一心で言い募るその瞬間に、跡見の視界の右端に何かが自己主張するようにポップアップする。三つのアイコンが並んでいる。袋を描いたもの、ハテナマーク、最後のは地図だ。


「貴方方の娯楽にも似たようなものがありましたので、入れておきました。持ち込まれたオーバーテクノロジー、現地では聖遺物アーティファクトと呼ばれています――それを秘匿、収納する機能。まあ、別に他の物を入れても構いませんが」


 先ほど感じた空間が軋むような嫌な気配と共に、真っ暗な穴が中空に開く。サウラはそこへワームで落ちていたケーブルを突っ込み、そして取り出した。明らかにサイズを無視して出入りしている。某国民的アニメに出てくるポケットのようなものだろうか。


「二つ目が私のデータベースにアクセスし一部の知識をダウンロードする機能。最後が聖遺物の位置を把握する機能」


 この部屋を俯瞰したマップが現れる。跡見が学生の頃によくやっていたネットゲームではよくある画面だ。目を閉じれば見えなくなるが、視界の端に存在していてちょっとしたストレスである。


「邪魔かもしれませんが、慣れれば手足のように扱えますよ」


「勝手に人の手足を増やすなってのは、今更か?」


「私には手足はありませんので、その辺りの機微は分かりかねますね。さて、これらがあれば問題はありません。目的ポイントについての情報は既に頭に入っているはずです」


【INFO】聖都タルカ。女神サウラの没した地であり、ヒューマの多くが信仰するサウラ教の巡礼者が多く訪れる街。ザザルキア王国の所有する一都市であるが、教皇が絶対的権威を持ち、事実上の都市国家と化している。


 跡見は頭を抱えた。知らぬはずのことを当たり前のように知っている自分の脳味噌を恐ろしく思ったことも確かだが、それ以上にその内容が酷い。【INFO】なんていう高速道路情報を受信したカーナビのようなセンスも大概だが、なんだか聞き覚えのある名前が出てきているあたりが特に。出来の悪いマッチポンプを見ている気分である。


「一分でも残ってた前向きな気持ちが消え去ったぞ。何だこれ、お前本当に神として君臨してたのかよ」


「……出来得る限り痕跡は消したのですが、ごく稀にヒトの身にありながら私のデータベースにアクセスする者がいるのですよ。その者が勝手に真理を覗き見て私を崇めるのです。これもまた、困った事態です」


「……何だ、てっきりお前が自分でやらせてるのかと」


「私はそのような方法を取っても自尊心が満たされたりしませんし、そもそもデメリットが大きすぎます。私が介入しては外宇宙の影響を取り除く意味がない」


 心なしか語気が強い。跡見はそこに微かながらも確かな感情を読み取った。彼の知るSFものの映画や小説では、意思と感情を持ったコンピュータの末路は大概が悲惨な物である。この欠片も尊敬を抱かない神がどうなろうと知ったことではないが、少なくともそれが人類にとっての悲劇でないことを跡見は祈った。


「それもそうか。で、どうやってその聖都に移動するんだ?」


「魔法ですよ。基本的には呪文キーワードを詠唱するだけでナノマシンと呼応して発動しますから、やってみて下さい」


「ファンタジーでよくあるような体内で魔力を作り出して、とかそういうのはしなくてもいいのか? しろって言われても困るけどよ」


「必要ありません。貴方がそれをしたいという意思があれば反応します。ただ、前頭野を使いますから、いくら強化されていると言えど使いすぎると廃人になりますよ」


 魔法、というよりも超能力のイメージである。最悪廃人になる、と聞いても特になんとも思わないあたり、また精神プロテクトが作動しているのだろうか。人格が歪みそうで笑えないが、跡見はこういうときには何故だか笑ってしまう人種だった。


「使用する魔法は『Teleport(ただ羽の)ationよう of selfish(渡れ)』です。今から降下ポイントの鮮明な映像と呪文を送ります。今後こうした補助がない場合、この魔法を使用するのはやめてください。脳に負担のかかる魔法ですから、単独では恐らく発動できません」


 跡見はこの瞬間、脅されていることを忘れていた。期待していたのだ。萎びた顔で過ごしてばかりの施設の面々や、好きでもない仕事で過ぎる毎日をどこかで重荷に感じていた自分がいることに、跡見は今更気がつく。


「私はここで各種データを取りながら貴方をサポートします。基本的に貴方にインストールされたインターフェースの中にあるものを使えば必要はありませんが、何か私に連絡したいことがあれば『telepathy(赤糸の便り)』の魔法をお使い下さい」


「なるほど、晴れて自由の身か」


「同じ宇宙にいる限り私からすれば同じ室内にいるのとさして変わりませんが」


「お前はプライバシーって言葉を覚えろ」


 どのみちやるしかないのだ。先ほど言ったそんな自分の言葉に跡見は背中を押されたように感じた。施設の運営資金はサウラが約束さえ守ればそうそう困ることはないだろう。


「じゃあ、行くか」


「お願いします。世界を救ってください」


「似合わねえ台詞だな、お互いによ」


 特に力は入らなかった。改造の影響か、跡見はそれを出来ると疑わなかったし、実際呆気ないほどに簡単だった。


「遍く光に照らされし数多の古里よ。豆銭五つ、童がふたり。駆け、巡り、薫る風を標べに揺蕩う雲を運べ『Teleport(ただ羽の)ationよう of selfish(渡れ)』」


 しゅん、と風切り音がして、束の間の浮遊感。ジェットコースターの頂きから急降下するあの感覚が下腹を浮き上がらせる。驚いて思わず瞑った目を恐る恐る開けると、そこは異世界だった。


 どこまでも青く大きな、そして控えめにされど鮮明に赤く輝く二つの月。プリオル(蒼月)ポステリオル(赤月)。見下ろされるように、見守られるように。女神サウラのお膝元、聖都タルカを目の前にして。


「ようこそ、アトミ。私の世界へ」


 何故だかずっと無機質なままのその声が、隣にいもしないのに跡見には聞こえたような気がした。

『魔法』


己が内にあるオドを大気に満ちるマナと混合させ、古代語において呪文を唱えることで世界の在り方を捻じ曲げ異界の法を現界させる。古代語を読むことのできる教養とオドとマナを混ぜることの出来る才能、両方を持つ者にのみ許される奇蹟。


もちろんキーワードを唱えるだけで発動したりしない。なのましんの ちからって すげー!

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