笑って、泣いて
笑って、泣いて
──何て綺麗に笑う人なんだろう。
それが会長の親衛隊である、松下明希斗が思う会長への印象だった。日頃から穏和な雰囲気を纏っている会長が見せる笑顔はまるで一輪の花が咲き誇るように密やかで美しく、実に見事だった。見かける度に胸が高鳴り、いつもいつも見惚れてしまい気付いた時には親衛隊になっていた。憧れたのだ、同い年の、だけど自分とはまるで正反対の綺麗な青年に。
明希斗は相当愛想がないらしく、黙っていると必ず「何怒ってるの?」と聞かれてしまうのである。普段からニコニコと笑顔を振り撒くタイプではないというのは自覚しているものの、中身は至って平凡な高校生なのでそう思われてしまうのは悲しい。これではいけないと自分なりに努力してみたが、表情というのはある程度までなら意識出来ても全てを取り繕うのは難しく明希斗は早々と諦めて、会長の笑顔に心酔することにした。
会長にもっと笑って欲しい。会長の笑顔をもっと見たい。
明希斗は会長の笑顔を見るのが大好きだった。
そんな会長が誰もいない放課後の教室で、一人ひっそりと泣いていた。彼が泣く理由は人から鈍いとよく指摘される明希斗でも分かってしまった。会長が転校生に熱を上げている話を親衛隊の皆が騒いでいたのをぼんやり覚えている。親衛隊の中には転校生を快く思っていない人もいるらしく、物騒な言葉を耳にしては驚いたものだ。自分には全く理解できない。明希斗は会長を尊敬しているが、そこに恋愛感情はなく会長の色恋沙汰には興味がないのだ。時々、転校生と一緒にいる姿を見掛けては会長の笑顔がより華やいで見えて明希斗の胸は踊った程である。
──会長の笑顔はやはり綺麗なのだと。
そんな会長が泣いている。先日転校生にふられてしまったのだと、これもまた親衛隊の皆から聞いた話だ。たまたま忘れ物をした明希斗が、会長の涙を目撃してしまったのは本当に偶然だった。明希斗は息を飲む。驚くよりも先に関心してしまった。
──何て綺麗に泣く人なんだろう。
笑う姿が綺麗な人は、泣く姿までも綺麗なのか。
まるで一枚の絵の様だ、と。
「松下……」
会長に見惚れてる様にしてただ突っ立っている明希斗が見付かるのに時間はそう掛からなかった。ばちり、と二人の視線が交じり合って明希斗の心臓は跳ねる。会長の切れ長な瞳は涙のせいで濡れぼそっていた。こんな目をした会長を明希斗が見るのは当然初めてのことになる。
(会長は泣いているんだ)
明希斗は会長の涙で滲んだ瞳に見つめられ、改めてじんわりとそう思った。
どく、と胸が鳴る。
「俺、会長の笑顔が大好きなんだ」
ぼそりと呟いて、明希斗は普段の会長を思い出していた。彼はいつも完璧な笑顔で隙という隙が全くなかった。
「……じゃあ、笑わないとな」
明希斗の言葉を素直に飲み込んだ会長は目尻に溜めていた涙をまるで無いものする様に口角を無理矢理上げようとした。明希斗は慌てて頭を振る。
「でも、泣いてる会長も好きだよ」
今初めて見たけど、と明希斗が付け加えると会長は目を丸くして。次の瞬間声をあげて笑い始めた。
「ああ! 泣いてる姿も好きだって言ったじゃん!」
口を尖らしながら抗議をしたが、それは逆効果にしかならず会長はますます大笑いしてしまった。いつも凛と静かに笑う会長からは考えられない豪快な笑いっぷりだ。明希斗は呆然と目を瞬かせた。
一通り笑い終えたのか、ようやく会長が落ち着いたのを見届けたした明希斗は「俺帰るよ」と当初の目的であった忘れ物を手にして背を向けた。会長も「じゃあ俺も帰るか」と続けると明希斗の横につく。こんな風に肩を並べたのは初めてで少し戸惑いつつも長身の会長を見上げた。何だかとても不思議な気分で心が落ち着かない。反対に会長はすっかりいつも通りで、つい先程大笑いしていたことが嘘のようだ。無意識のうちにまじまじと見つめ過ぎたのか、会長と目があった。今日で二度目だ。心臓がまた跳び跳ねる。
「松下」
「なに?」
「俺は松下の怒った顔、大好きだよ」
会長の言葉に「これは地顔なの!」と顔を顰めて抗議すると、彼はまた笑い始めた。




