sisterly Lapse
リサたち姉妹は遥か昔に魔王を倒した勇者の末裔で、何度も何度もしつこく復活する魔王をその都度倒すっていう役目を担ってる。
そんな一族の中でもリサのお姉ちゃんことリオはずば抜けて強く、常に私の憧れで目標。
私の夢はお姉ちゃんと一緒に魔王を倒しに行くこと、そのためにリサは毎日毎日、剣術のお稽古を欠かさずにやってきた。最強のお姉ちゃんに少しでも近づくために。
でも、そんなリサのことをお姉ちゃんはなかなか認めてくれない。それどころか彼女はお仕事ばっかりで、リサのことを見てもくれない。
リサはお姉ちゃんのためにがんばってるのに……。
だから大好きなお姉ちゃんにもっと見てもらえるように、リサはもっとがんばるの!
リサが目を覚ましたとき、お姉ちゃんはちょうど出かける準備をしているところだった。
「お姉ちゃんは今日もお仕事?」
ピシッと軽装の鎧をつけて、リサと同じプラチナブロンドの髪は腰までまっすぐと伸びるロング。
そんな清楚な見た目とは裏腹に重そうな大剣を背負ったお姉ちゃんの姿は、毎朝見てるとはいえすごくかっこよくみえる。
「うん。今日はマ…女王様から大事な話があるからってお城に呼ばれてるの。で、そのあとは畑を荒らしてるモンスターたちの駆除だよ」
「モンスターの討伐ならリサも連れてって! そのくらいならリサでもできるでしょ?」
毎日のようにリサはこのお願いをしてるけど、いつもお姉ちゃんの答えは変わらず、
「危ないからダメっていつも言ってるでしょ」
そうリサのことを諭すようにそう言ってくるのだ。
お姉ちゃんは私と同じくらいの時には、もうとっくにお仕事はじめてたのに絶対にリサのことは連れてってくれない。お姉ちゃんはリサのことをまだ小さいと思って子供扱いするんだ。もうリサだって14なのに。
「むー、お姉ちゃんのケチー」
リサは頬を膨らませてみせるけど、まあ、お姉ちゃんのこの反応はいつも通りだから予想の範囲内。今日、本当に聞きたかったのは別にある。
「じゃあさ、明後日のお姉ちゃんのお誕生日はおうちにいられる?」
断られるんじゃないかという不安と、いい返事が返ってくるかもという期待が胸の中で渦巻いている。
お姉ちゃん自身覚えてないかもしれないけど、明後日はお姉ちゃんのお誕生日。これも覚えてないかもしれないけど、実は去年もリサが同じ質問をした時には、お仕事があるからと断られている。その前の年も、さらにその前もだ。
(今年もダメかな? でももしかしたら……)
「明後日ならなにも予定はないよ、ずっと家にいられる」
「やったぁ! じゃあ、じゃあ、リサがケーキ作ってあげるから楽しみにしててね」
お姉ちゃんから意外にもいい方の答えが返ってきてリサは、うれしくなってついピョンピョン跳ねてしまう。こんなにはしゃいだのはいつ以来かな?
その姿をお姉ちゃんはほほえましげに見ている。
「ありがと、楽しみにしてるね」
「うん! 絶対、約束だからね」
リサはテンションがアゲアゲ状態になって、本当に子供のようにお姉ちゃんに、小指を立てた手を出してゆびきりするように促す。
するとそれにお姉ちゃんも笑顔で小指を絡めてくれた。
「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい!」
手をブンブンと振るってお姉ちゃんをお見送りすると、あっちも手を振り返してくれた。
さて、お姉ちゃんがお誕生日にリサのケーキを食べてくれることも決まったわけだし、もっとケーキについて研究しておかないと。
リサは部屋に戻るや否や一週間くらい前に買って、机の上に山積みになっているレシピ本を見る。全部少なくとも2周は目を通した本たちには重要なページを付箋でマークしてある。
そして、さらに大事なことはノートにまとめてあり、簡単に必要なことがわかるようにしてあるのだ。
ふふん。リサに料理の経験が皆無とはいってもここまで研究しておけば、失敗することはまずないだろう。ここでお姉ちゃんにすっごく美味しいケーキを食べさせてあげて、リサの好感度を上げてやるって寸法だ。
それに誕生日プレゼントだってもう用意してある。先々月から友達に教えてもらいながら作った人形―――これも会心のデキだし、お姉ちゃんはリサに一目置いてくれるようになるはず!
「リサの作戦に抜かりはないっ!」
今日は山にケーキの材料を採りに行く予定だ。
小麦粉とかの基本的な材料はもうお店で買いそろえてあるけど、果実なんかは天然のものを使用する。お小遣いもピンチだしね。
「リサちゃん、 起きてるなら朝ごはん食べちゃいなさい」
リビングからママが呼んでいる。
「はーい。今行くね」
朝から気分が舞い上がってて気づかなかったけど、意識してみるとお腹がペコペコなリサは走ってリビングのテーブルについた。
「そんなに焦らなくても朝ごはんは逃げないわよ」
ママは微笑んで、朝食をテーブルに出してくれた。
「今日は山に行ってくるね」
「気を付けるのよ。最近モンスターが多いって聞くし……」
「大丈夫だって、お姉ちゃんほどじゃないけどリサだって強いんだから」
心配するママに、左右の手に持ったナイフとフォークをシュシュッと振るって見せる。
「しっかり装備も整えてかないとダメよ。あと暗くなる前に下山すること」
「わかってるって、おやつの時間には帰ってくるよ。すぐそこの山だから遭難することもないしね」
お姉ちゃんの心配性なところは、リサがそう言ってもまだ心配そうな顔をしているママ譲りだよね。絶対。
「じゃあ、お弁当作ってあげるわね」
リサはそう言い残してキッチンに引っ込んでいったママに「ありがと」と短くお礼を言った。
ようし! 準備万端。
今日のコーデのテーマは動きやすくてかわいい服。
リサが選んだのは、黒を基調にちょくちょく白をいれたワンピース。いつもなら脚は生で見せたいんだけど、今回は山だから黒いタイツも着用した。
髪はいつも通りのピッグテール。左側は小さいころにお姉ちゃんとおそろいで買った青いリボンで結う。もうちょっと伸ばせば肩につくからツインテールって呼べるくらいになる。
色合い的にはゴスロリなんかに近いけど、さすがにあんなフリフリしたやつは恥ずかしくて着れない。それにあんなので山なんかに行くなんてとんでもない。
最後に左右の腰に一振りずつ護身用の小太刀を装備する。
「はい、これお弁当ね。ほんとに気を付けるのよ」
ママはリサが背負ったままのリュックに、お弁当を入れてくれつつもまだ心配している様子だ。そこの山なんて小さいころから何度も行ってるのに過剰に心配しすぎだよね。
「そんなに心配しなくて大丈夫だってば、じゃあ行ってくるね」
「うん、いってらっしゃい」
ママの言葉を背に聞いて、小走りで山に向かう。
今日は朝からいいことがあってテンションが8割増しのリサが鼻歌を歌いながら走ること数分、登山口に到着する。この間までは結構ハイキングに来る人もいたんだけど、最近では、さっきママが言ってたようにモンスターが増えたらしくて、人は全然いない。
これは木の実を採りに来たリサにとっては超ラッキーだ。毎年この山では、この時期だと美味しい木の実やら山菜やらがたくさん実るんだけど、みんなが採りに来ちゃうものだから全然採れないのだ。
でも今年は強そうな男の人とか、賢そうな魔術師みたいな人がまばらにいる程度だ。
(これなら実質採り放題だね)
なんて思いつつ鼻歌の続きを歌いながら、とりあえず山頂を目指して歩き出す。
確かにモンスターは前に比べたらかなり多いけど、強いのはいないので襲ってきたモンスターは、二振りある小太刀の片方だけでズバズバと切り伏せていく。
ジェリー状のやつなんかは切ったときはじける感じが癖になるんだよね。
今回は駆除が目標じゃないから無害そうなのは無視して進む。もっとも駆除が目的で来るのは、危険だからってお姉ちゃんが許してくれないんだけど。
特に止まることもなく、鼻歌を歌いながら山頂付近まできたけど中腹よりモンスターの数が激減している。
「ふふふ、リサの強さに恐れをなしたかモンスターども!」
なんて一人で、決して一応でも勇者の子孫が言ってはいけないようなことを叫んでみる。
…………………
…………
……
静かだ。周りに人どころかモンスターの気配すら全く感じない。ここまで静かだとなにかゾッとするような怖さがある。
その不自然なほどの静寂を紛らわすようにリサはまた鼻歌を歌って上を目指す。山頂まであと少しだ。
モンスターがいないから使わなくなった刀を、バトンのようにクルクル回したりもしてみる。けど、
(うぅ……怖い…)
いつもなら他にもたくさん人がいるし、モンスターだって今より少ないにしろ、もともと住んではいたからここまで物音がしなくなるってことはなかった。
しかもここは木が生い茂ってるから昼間でもそこそこに暗い。
さっさと山頂の広場に抜けちゃお。
タッタッタッタッと足音を響かせて山頂に出ると、
「なに…これ……?」
そこの光景に息をのむ。
モンスターたちが群れている……それも一匹や二匹じゃなくて、この辺のモンスターを全部集めてみたよ。と言わんばかりの数だ。
それが広場いっぱいに所狭しと集まっているのだ。
しかも一匹がこっちに気付くと、それが伝染していって、今や全部のモンスターがこっちを向いている。
「これ……絶対やばいやつだよね」
苦笑いしながら、リサは抜いていなかった二振り目の小太刀も抜いて、二刀流で―――形はいろいろあるけどリサの場合は右手をおでこの前に持ってきて上段に、左手はやや前に突き出して中段に構える。
まず飛びかかってきた一匹を切る。
それを合図にしたかのように次々とモンスターたちは襲い掛かってくる。
「木の実を採りに来ただけなのにぃ!」
一匹一匹は弱っちくて一薙ぎで終わるんだけど、いかんせん数が多い。
舞うように両手に持つ刀でガンガン切っていくものの、なかなか数が減ってる気がしない。だからってここで逃げて、このモンスターたちが街に降りて来たら、なんて思うとゾッとしない。
リサだからいとも簡単にモンスターたちを倒せてるけど、一般の人じゃこうもいかないはずだ。
ここでなんとかしないと……。
「ラストォー!」
最後に残っていたジェリー状のやつに思いっきし刀を振り下ろして、全部のモンスターを倒し終えた。
ゼェゼェと呼吸が乱れてる。かれこれ一時間くらい戦い続けていたんじゃないだろうか。
登ってくるときにちょっと走ったこともあって、太陽は今ちょうど真上辺りにある。
(時間もちょうどいいし、休憩がてらお昼にしようかな)
広場の端の方にあるベンチに腰をおろして、リュックから取り出したお弁当を開けると、
「もぉー、グチャグチャだよ!」
あれだけ激しく動いてたから当然と言えば当然なんだけど、お弁当は激しくかき回されてもう何が何だか。(多分)卵焼きだったであろう料理がスクランブルエッグになってたり、ご飯は一部お餅のようにくっついてたりする。
涙目で味は美味しいそれらを食べていると、
「さすが、ボクが見込んだ子だよね。まさか全部倒しちゃうなんて」
さっきまで誰もいなかった背後から声が聞こえた。
「誰?」
うしろに突然現れた気配にリサはとっさに振り返ると、リサと同い年くらいの女の子が立っていた。顔は黒いローブのフードをかぶっててよく見えない彼女の雰囲気には、どこか禍々しいものを感じる。
「そんなに警戒しなくていいよ。君はこれからボクと一緒に暮らすことになるんだからね」
むむ、なにを言ってるのかさっぱりわかんないな。デンパ系ってやつかな?
「突然こんなこと言われてもわけわからないよね。ボクの名前は……魔刀って言えばわかるか―――」
彼女が名乗った瞬間に、リサは左右両方とも抜いた小太刀をクロスさせて、ハサミで切るように首を狙う。
―――が、手ごたえが全く感じられなくて、それどころか彼女の全身は煙のように霧散してしまう。
「今の太刀筋も素晴らしいね。ただ、いきなり切らないでおくれよ」
え? うしろ?
声のしたうしろを振り向くと、彼女は平然と立っていた。ただ彼女にはこちらに攻撃してくるような意思はなさそうだ。
とりあえずリサじゃ彼女に太刀打ちできそうにないので、刀を納めて話を聞くことにする。
「魔刀が何の用? リサが勇者の子孫だって知ってて近づいてきたの?」
魔刀とは、魔王が持つ刀のことだってパパに習った。なんでも魔刀は意思を持っていて、自分自身で主人を選ぶんだとか。そしてその選んだ人間に力を与えて魔王にするって話だ。
で、魔刀はその人が死ぬまで一緒にいて、その人が死ぬと生前に持っていた力を全て吸収して、次の主人をまた探し始める。
結果として歴代の魔王の力が蓄積されて、魔刀はどんどん強くなっていく―――つまり魔王も代を重ねるごとに強くなるってしくみらしいのだ。
「それは知らなかったよ。でもそれにしては、君からは魔王としての素質を感じられるよ」
なにを企んでるかは知らないけど、昔っから勇者に野望を邪魔されてる魔刀からしたら、その子孫であるリサのことをイヤがると思ったんだけど、彼女はそんな事には一切興味がない様子だ。
「なにそれ、リサを魔王に勧誘しにきたってこと?」
なんだか勇者だと認識されてない気がして、悔しかったリサはむっとして言う。
「まあ、簡単に言うとそういうことなんだけど……どうかな?」
彼女は、リサの立場を知ったからか、半ば勧誘を諦めた感じだ。
まあ、当然リサも―――
「もちろんリサは魔王になんてならないよ。そんなんになったらお姉ちゃんとの超大規模姉妹ゲンカすることになっちゃうしね」
「えーと……あっ、なるほど。ふふっ、じゃあ気が向いたらいつでもここに来てボクを呼ぶといい。いつでも新しい魔王として歓迎するよ」
魔刀はリサのジョークはガン無視で一人なにか考えたかと思うと、なにやら納得した様子でうなずいている。
「じゃあ一生待ってるんだね。リサがあなたを呼ぶことなんてないからね」
リサは舌を出してあかんべえしてみせる。
「それはどうだろうね。まあ、期待してるよ」
ふっとまた霧散してしまった彼女は今度は再び現れることはなかった。
なんかイライラするなあ、あのちょっと偉そうな態度。それにリサの刀で倒せないのなんて今まではお姉ちゃんくらいだったのに全然勝負にすらならなかった……。
「魔王の力……か」
なんて一人つぶやきながら、お弁当を片付けたリサは、おいしそうに赤くなった木の実をカバンに詰めていく。
来る時にはお弁当と水筒しか入ってなかったカバンも下山時には木の実と、ママへのお土産の山菜でいっぱいだ。
たくさん採れたのはいいけど、疲れた体にはちょっと重すぎかも……。
「ふぅ、ただいま」
「おかえりなさい、リサちゃん。ちょうどクッキーが焼けたところよ」
「クッキー? やったぁ!」
リサは疲れも忘れてリビングに飛んで行って着席する。
「手は洗ってこないとダメよ」
「はーい」
おやつを食べた後、めっちゃ汗をかいたのでシャワーを浴びたリサは、部屋に戻ってまたケーキのレシピの研究を始める。せっかくのお誕生日なんだから、レシピをそのまんまのやつじゃなくて、もっとリサっぽいオリジナリティー溢れるものにしたい。
しばらくの間レシピ本数冊とにらめっこしていると、ガチャという玄関扉の開く音がした。お姉ちゃんが帰ってきたんだ!
「お姉ちゃんおかえり! お仕事お疲れさま」
部屋から飛び出て、リサは真っ先にお姉ちゃんを出迎える。
「リオちゃん、おかえりなさい。夕飯できてるから二人とも早く来なさいな」
ママの声がリビングから聞こえて、私たちは姉妹揃って、
「はーい」
と返事をしてテーブルにつく。
今晩の献立は、リサが山で採ってきた山菜がたっくさん使われたカレー。カレー独特のおいしそうな香りが食欲をそそる。
「いただきます」とリサがカレーにスプーンを入れたのに続いてみんなの食事が始まった。
「明後日はお姉ちゃんのお誕生日だからリサがケーキ作るの。ママには言ったけど、お姉ちゃんとパパもキッチンに用意しておいた材料には触らないでね」
リサがみんなにそう伝えると、なぜかお姉ちゃんはゲホゲホと咳き込んだものの、ママとパパは、
「あら、楽しみね」
「がんばれよ」
なんて応援してくれる。
なんだか今日のお姉ちゃんは少し元気ないように見えるけど、もしかして風邪でもひいたんじゃなだろうか。よし、ここは元気づけるためにも、
「ふふん、楽しみにしててよね!」
ビシッと指をさす決めポーズをする。
「う、うん」
あれれ、笑ってくれると思ったんだけどなあ。気のせいかさっきよりも深刻そうな顔をしてる気がする。
具合が悪いならむしろほっといてあげた方がいいのかもしれない。風邪なら寝れば治るしね。
そう考えたリサは「ごちそうさま!」で走って部屋に撤退する。まだオリジナルケーキのレシピもできてないからね。
まだまだ夜は長いし、今夜はとことんやるぞっ!
ふふふ……、一晩寝ずに考えたこのレシピならきっとすっごく美味しいケーキが作れる。お姉ちゃんもリサにもっと興味を持ってくれるようになることは間違いない。
ただちょっと工程に難しいところがあるから、そこの確認は作る前にしっかりしておかないとね。
「ねえ、リサ。話があるんだけどいいかな?」
トントンと突然うしろから肩を叩かれて、ついビクッとしてしまう。
徹夜明けでちょっと頭がボーとしてたせいもあって心臓が止まるかと思ったよ。死因がお姉ちゃんに声をかけられたことによる心臓麻痺とかもうネタにもならないね。
「びっくりしたぁ、どうかしたの?」
朝にお姉ちゃんの方から声をかけてくれるなんて滅多にないから、こんな日は気分が上がっちゃう。
「あのね、明日のことなんだけど……」
なるほど、この不安そうな顔。リサが普段キッチンに立たないのに、ケーキを作るなんて言い出したから心配してくれてるんだな。
ここは少しでも安心してもらうために、
「心配しなくていいよ。作り方も完璧だしね」
誇らしげに胸を張って、さっきまでレシピを書いていたノートを見せてあげる。
「ごめんなさい。明日は家にいられなくなっちゃったの」
「……えっ?」
お姉ちゃんの予想外過ぎた返事にリサは聞き返してしまう。
聞き間違い……だよね? だって、約束もしたもんね。と、リサは首をかしげる。
でもそれに対するお姉ちゃんが告げた言葉は容赦なくリサへ追い打ちをかける。
「明日は一日、帯剣の儀で家にいられないの」
「本…当…?」
無情にもお姉ちゃんは静かに首を縦にゆっくりと振った。
なん…で…? なんで? どうしてお姉ちゃんはリサが一生懸命やってるのにわかってくれないの? 妹よりも聖剣なんかのが大事ってこと?
涙が溢れそうな目を服の袖で拭う。
「なんでよ! 一緒にいてくれるって約束したでしょ!?」
でも、拭った涙のあとにはもっとたくさんの涙が控えていたみたいで、ぽろぽろとこぼれてしまう。
「……ごめんね」
「お姉ちゃんはいっつもそう! リサのことなんて本当はどうでもいいんでしょっ!」
いままで、お姉ちゃんは仕事があるからってリサの誘いを何度も断ってきた。断られるたびに、お姉ちゃんは勇者だから――世界を護らなくちゃいけない立場なんだからしょうがないって我慢してきた。
もっとリサが大きくなってもっと強くなればお姉ちゃんはもっとリサを認めてくれる。そう思ってたけどリサがどんなに大きくなってもお姉ちゃんはリサのことを認めてくれることもなかった。お姉ちゃんはリサにお仕事を手伝わせてもくれない。
「そんなことないよ。私はリサのことが大好きだよ」
お姉ちゃん昔からそう言ってごまかしてきてたけど今回の件でわかった―――
「そんなのウソっ! お姉ちゃんはリサのことなんて一度も見てくれなかった! リサがどんなにがんばってもお姉ちゃんは振り向いてくれなかった!」
「私は、いつだってリサのためにって思ってやってきたつもりだよ」
お姉ちゃんはリサの言ってることがなんのことなのかよくわかってない感じだ。
「もういいよ! お姉ちゃんなんて嫌い! 大っっっっ嫌い!」
リサはもうなにもかもがどうでもよくなって、手に持っていたノートをお姉ちゃんに投げつけると、いままでがんばってお姉ちゃんのために準備してきたレシピ本やら、誕生日プレゼントやらを机から床にぶちまけた。
そして、さっきよりも激しく流れる涙で視界が歪むなか、走って家から出ていく。
嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌いッ……お姉ちゃんなんて嫌いだ。
でも…………ちょっと言いすぎちゃったかな? しばらく走って冷静になり止まった場所は例の山の近くだった。
今、戻って謝ったらお姉ちゃん許してくれるかな? 勢いで嫌いなんて言っちゃったけど本当は嫌いなんかじゃない。リサが大好きなお姉ちゃんのことを嫌いになれるわけない。
でも、お姉ちゃんはどうだろう? もしかしたらさっきのでお姉ちゃんはリサのこと嫌いになっちゃったかもしれない……。
それに―――
「お姉さんは君なんかより勇者としての仕事の方が大事みたいだね」
「うわっ、いきなり出てこないでよ。それにそんなことリサだってよくわかってるし」
またも煙のように現れたのは、昨日山頂で出会った魔刀だ。
リサが家を飛び出した時、お姉ちゃんは追いかけてこなかった。いつもの胸当てを装備してたことから察するに、きっとこのあとまた仕事があるのだろう。それでお姉ちゃんはリサを追いかけてこなかったのだ。
つまり、お姉ちゃんはリサより仕事を優先させたってこと……。
「リサ、あなたなんかと話したい気分じゃないんだけど?」
お姉ちゃんとケンカして不機嫌だったリサは、威圧的に魔刀をにらみつけてやる。
「えー、冷たいなぁ。ボクはお姉さんが君のことをもっと見てくれるようになる方法を教えてあげようと思ったんだけど―――」
「ふ、ふーん……聞くだけなら聞いてあげてもいいわよ?」
そんな方法があるなら一刻も早く教えてほしい。でも相手は魔刀だから、本当はすごく聞きたいところを抑えて、あくまで興味ないふりをしつつ尋ねてみる。
「簡単さ、君のお姉さんの―――勇者の存在意義ってなんだと思う?」
深くかぶられたフードのせいで表情はうかがえないものの、魔刀は実に愉快そうな声色で語る。
「そんなの世界の平和を護るために決まってるでしょ」
「半分正解。もっと言うと、その平和を乱してるとされてるのは誰なのかって話」
「それは魔王以外の何者でも……あっ!」
そこまで聞いてやっと魔刀の話の意図が見えた。
もしリサの考えが正しければ、それは魔刀の言う通りすごく確実にお姉ちゃんを引きつけられるかもしれない。
「ふふ、言わんとしてることは理解したよ……。ずいぶん遠まわしだけど昨日の勧誘の続きね」
「そういうことだね。ボクは君を新たな魔王として迎えられて、君はお姉さんの注意を独り占めできる。お互いにこんなにいい条件もないだろう?」
魔刀のしてくれてる説明はリサがさっき考えたことと一致してる。
そして、それならば、リサの返事はこれしかないだろう―――
「わかった、いいよ。リサが次の魔王になったげる。そしてお姉ちゃんに認めてもらうの」
それに家を出るときお姉ちゃんにあんなこと言っちゃった手前、家には戻るに戻りにくいしね。
「その陰のある笑顔ゾッとしちゃうなぁ。やっぱり君に魔王の素質があるのは間違いないよ。じゃあ気が変わらないうちにボクの本体―――魔刀があるとこまで行こうか」
そう言ってリサの方に手を伸ばしてきた魔刀はスッと小指を立てた。
「……」
それを見ると昨日の朝、お姉ちゃんとゆびきりしたのを思い出す。約束……守ってくれなかったな……なんて。
「ボクの移動魔法は特殊でね、小指を絡めることで一緒に移動できるんだ。あとボクは単体だと魔力を自由に使えるわけじゃないから、体感では一瞬だけど結構時間がかかってしまう可能性がある」
リサの沈黙をどうとったのか魔刀は魔法の説明をしてくれる。おそらく後半はこの間おじいちゃんが言っていた、魔刀は持ち主がいてこそ真の力を開放するという話のことを言っているのだろう。
「リサがあなたの真の力を引き出してあげるよ。お姉ちゃんのためにね」
リサが魔刀の立てた小指に、小指を絡めると魔刀は、
「ほう、頼もしいね」
と全身に力を籠める。
―――視界が真っ暗になり、グニャッと空間が歪むようないままでに経験したことのないような感覚に襲われた。
数瞬の後、目を開けたときにリサが立っていたのは見渡す限りの荒野。地平線まで木一本たりとも生えていない。
さっきまで明るかった空は暗く、月が出ている。
「いやぁ、思いのほか時間かかっちゃったよ。1日と半分くらいかな?」
「そんなにかかったんだ。じゃあもう今日はお姉ちゃんのお誕生日だね」
もし、リサたちが勇者の子孫なんかじゃなかったら、今頃はお誕生日パーティーできてたのかな?
「さっそくで悪いんだけど、ボクと契約を交わしてくれないかい? そしたら魔王リサの誕生だ。お姉さんと同じ誕生日だな」
冗談を交えながら魔刀が指さしたリサの正面には、血のような紅の刀と夜の闇に隠れるような黒い刀が?字に刺さっている。
夜なのに明るかったのはこれらが、だいぶ強く発光していたからのようだ。
「これが……魔刀」
家に飾ってある、ひいおじいちゃんが実物をもとに描いたものがいかに下手だったのかがわかるほどに美しい刀からは、リサをここに連れてきた魔刀の精霊(?)と同じくどこか禍々しい雰囲気を放っている。
リサは魔刀の精霊(仮名)の指示に従って魔刀の柄をそれぞれ握って、契約の呪文を唱える。
「魔刀よ、我が望みを叶えるための礎となれ」
言い終わると同時に、二振りの魔刀から紅い光が放たれた。
それはどこまでも高く天空へとのびる柱のようにも見えた。
リサの望みはお姉ちゃんにもっと見てもらうこと、そして認めてもらうこと。魔王になった以上お姉ちゃんとの闘いは避けて通れない道となるだろう。
でも、それが目的だから、その時にお姉ちゃんがリサのことを認めてくれるように、もっともっとリサは強くならないと。
リサが―――魔刀が紅い光を放ったのと全く同時に、遥か西に勇者が聖剣を持った証である白い光が夜空を貫くように放たれるのが目視できた―――。