僕が見ている手鏡
今日は雨が降っていた。普段なら無理に外出する必要は無いけれど、僕は今日もこの店へ来た。
雑貨屋LIFE SPICE。今日は僕にどんなスパイスを与えてくれるのだろうか…
『あっ、いらっしゃい。来てくれたんだね』
「ええ。家にいてもすることが無いので。」
『ふぅん…そっか。まぁ、雨の中せっかく来てくれたんだし、今日もいい物あるよ』
「そうですか。ありがとうございます。」
『…ふふっ、それじゃあ、今日は…これかな?』
僕の前に出されたのは手鏡だった。花の模様のステンドグラスのようなカバー。中の鏡はそのカバーを映して綺麗に光っていた。
「…これは?」
『手鏡だよ。男の子はあんまり使わないかな?』
「そうですね。」
『私は結構こういうの好きだったからなぁ。変わった子供だったんだよね。』
「そうだったんですか。」
『…で』
「…はい。」
不気味に微笑み、彼は話し始めた。
『君は、1日に何回くらい鏡を見る?』
「えっ?鏡ですか?…5〜6回くらいですかね?」
『ふぅん…。そっか。』
「それがどうしたんですか?」
『君さ、ドッペルゲンガーって知ってる?』
「ドッペルゲンガーって…あの、世界のどこかに自分と同じ見た目の人が居るとかいうやつですか?」
『そ。そのドッペルゲンガー。』
「それと鏡が関係あるんですか?」
『うん。実はドッペルゲンガーは、鏡なんだ。』
「ドッペルゲンガーが鏡?」
『そう。この世界に存在するもう1人の自分。けど、そんなの普通は有り得ないよね。』
「そうですね。」
『そのドッペルゲンガーっていうのは、実は鏡に写った君なんだよ』
「…はぁ。」
『鏡に写った君は、何度も何度も鏡としてこの世界に現れ、その度に現実世界を生きる君に憧れを持つ。』
「憧れですか?」
『そう。ただ写っただけの存在だけど、何度も何度も写るうちにだんだん意思を持ち、自分と同じ姿でも狭い鏡の中にいる自分とは正反対の存在の君に憧れるんだ。』
「…はぁ」
『そして、その鏡はやがて実体を手に入れる。憧れはやがて力を与える。』
「鏡から出てきちゃうんですか?」
『そう。そして鏡から出てきた君は、君になりたがるよね。』
「そう…ですね。」
『そこでドッペルゲンガー伝説の1つ、出会ったら死んでしまうというのができる訳だ。』
「…まさか」
『代わりになるわけだから、入れ替わっちゃえばいいんだもんね。』
「…」
『または、本当に入れ替わるか。』
「入れ替わる…?」
『代わりに君を鏡に閉じ込めちゃうんだよ。そうすればまさに入れ替わりって訳だね。』
「…僕の…鏡に写った僕は…実体があるんですかね?」
『それは…』
彼は突然手鏡を開き、僕に突きつけた。
『自分に…聞いてみな?』
鏡に写った僕と目が合う。僕と同じ顔をしている。当然ではあるけど、僕が中に入ってしまうことも…
『…どう?鏡の中の君は羨ましそうに見てるんじゃない?』
「どう…なんですかね?あはは…」
『笑ってられるのはいつまでかな?』
鏡に写った僕もそうつぶやいた気がした。もしかしたら明日にも僕は鏡の中の僕に…
『…っていう話。』
「もう鏡見たくなくなりましたよ…」
『だけど、生きているあいだは嫌でも鏡を見てしまうものだよ』
「そうなんですよね…」
『君の前にいる人も、もしかしたら鏡の中の人間と入れ替わってるかもしれない…』
「えっ?」
『…なんて、ね』
「…この鏡いくらですか?」
『あ、こういう話でも買うの?』
「ほら、よく言うじゃないですか。毒をもって毒を制すって。」
『うーん、ちょっと意味が違うけど…まぁいっか。350円だよ。』
「…はい。ありがとうございました。」
本当は怖くて仕方ないけど僕は手鏡を買った。買わずにはいられなかった。理由は僕のためというよりかは、店主さんがもし入れ替わったら嫌だ、というのもあったのかもしれない。
『人生に少しだけ違った風味を与える店、LIFE SPICE。またのご来店を、心よりお待ちしております…』