僕達を模したガラス細工
『…いらっしゃい。』
「…はい。」
最近ではここに来るのが日課になってきている。雑貨屋LIFE SPICE。僕はもうこの店の常連になっていた。…他に常連がいるようには見えないけれど。
『さて、それじゃあ今日は、とっておきのを用意してあるよ』
「そうですか。ありがとうございます。」
この人のとっておきとか、とびきりいい物とか、何回聞いたのだろうか。それほど自信のあるものがあるということだろうか。
そして、僕の前に出てきたのは、ガラスでできた人形の置物だった。人というには大雑把な形のガラス細工が3つほどくっついてできている。
「…これは」
『ガラスの置物。輸入品だけどね。』
「輸入品なんですか?」
『うん。イタリアの方の芸術家の作品みたい。これ以外にもいくつもガラスの作品を作ってるみたいだよ』
「へぇ…」
『…さて、それじゃあ』
「…はい。」
彼は体勢を変え、少し前かがみになって話し始めた。
『君はさ、最後に食べた物…覚えてる?』
「最後に食べた物ですか?それなら…今朝食べたトーストですかね」
『へぇ、パン派?』
「まぁ、そうですね。」
『…そう。それじゃあさ、君が食べたものはどこへ行く?』
「どこって…胃ですか?」
『本当に?』
「えっ?」
『君の食べたパンは本当に胃に行ったかな?』
「…どういう事です?」
『私達は、自分の体を知っているようで知らない。胃カメラでもしない限りは体内を見ることはないよね?』
「そうですね。」
『つまり…君には臓器がないかもしれない!』
「…はい?」
『お腹を押さえれば胃があるのが分かるし、胸元を触れば肺の動き、心臓の動きが分かる。』
「はい。」
『けど、その程度の感覚ならスポンジに機械でも埋めちゃえばできるよね?』
「…どういう意味ですか?」
『君の体に入ったものは、栄養価なんて関係なく機械の燃料になる。』
「なんで僕の体に機械が?ていうか、そもそもスポンジじゃ」
『ないって…言い切れるの?』
「それは…」
『君は人間?違うよ。人の手で作られた上で、人間の体はこうだと信じ込まされてたのさ。』
「僕は…ロボットなんですか?」
『君は…というよりかは、君たち…かな?』
「えっ?」
『自分だけじゃなければ信じちゃうもんね』
「…僕の友達とか…ですか?」
『…ふふ。さぁ、改めて胸に手を当てて。心臓は動いてる?』
「…分かんないです」
『食べたパンは栄養になってる?』
「…分かんない…です」
『君は今まで、人体模型みたいな臓器の位置だった?』
「わ…分かんないです…」
『この置物みたいに、体の中は透明で空っぽなんじゃないの?』
「わ…分かんない…もう分かんないです!!」
『…っていう話だけど』
「…ここ一番に不安になりましたよ…」
『あはは。そっか。けど、安心してよ。レントゲンでも撮ったらちゃんと臓器が見えるよ』
「そうですよね。」
『ま、それが本当に君の体かは知らないけど』
「…えっ?」
『はははは。気にしないで。』
「…これ、いくらですか?」
『おっ、買ってくれる?800円だよ?』
「買います。」
『まーいどっ!わざわざ仕入れた甲斐があったよ!』
「えっ?」
『あ、いや、気にしないで気にしないで。』
家に帰ってその置物を出してみた。ガラス製のため割れないように沢山の布で覆われたそれを出すと、綺麗に陽の光に照らされて輝いていた。僕の体…他の人も一緒なら気がつかない…か。
『人生に少しだけ違った風味を与える店、LIFE SPICE。またのご来店を、心よりお待ちしております…』