僕がなれないドクロの置物
『…ねぇ、これ、どう思う?』
「結構いいと思いますよ?」
『本当?それはよかった。これでお客さん10万人くらい来てくれるかな?』
「それは…」
なんでこんな会話をしているのか。それは、僕がいつものようにこの店に来た時に偶然にも店主が店の扉の【open】の板を新しいのにしていたからだ。貝がらと星型の飾りでできた綺麗な看板だ。
『えっと、待ってね?こんな所でいらっしゃいませはマナー違反だよね。』
「いえ、そんな気を使わなくて結構ですよ。」
この店にもずいぶん慣れてきていると改めて実感した。しかし、僕以外のお客さんを見た事が無い。この人は、一体普段何を食べて生きてるのだろうか…
『さて、それじゃあ…』
「はい。」
『今日も話を聞きに来てくれたのかな?』
「はい。」
『…ふぅん。嬉しいなぁ』
「嬉しい?」
『うん。初めての常連さんだからね。』
「そうですか。」
『野良猫ですら私の話から逃げたからね』
「そう…ですが…」
『うん。まぁいいや。それじゃあ今日は…』
そう言って彼が出したのは、ドクロの置物だった。すごくリアルで少し怖い。
「あの…これは?」
『これは…数年後の君だよ』
「怖い事言わないでください!」
『あはは。冗談だよ。』
「もう…なんなんですか?」
『えっとね…』
そう言うと、少し調子を変えて彼は話し出した。
『君は…“死”をどう思う?』
「死ですか?」
『うん。例えば…君の中で死と言って一番最初に出てくるものは何?』
「そうですね…。事故死とかですか?」
『事故死かぁ…』
「トラックでバーンみたいな…」
『ふぅん…。まぁ、そういうのもあるね。』
「はい。」
『例えば、君が今生きてる世界。これは生の世界なわけで、そこから死の世界に行く事を死とする。』
「死の世界…ですか。」
『うん。君は死の世界ってどんなものだと思う?』
「えっと…地獄とか天国とか…そういうやつですよね?」
『…それとは限らないよ?』
「えっ?」
『死後の世界を天国地獄とするか。又は幽霊か、蘇りか、それとも無か。色々あるんだよ。人による。』
「あー…」
『けど私は本当の死の世界を知ってる。』
「知ってるんですか!?」
『知ってるよ?』
「そ、それは…なんなんですか?」
『それはだね…』
彼はゆっくり置物のドクロをなでると、深くため息をついて言い放った。
『ここさ。』
「…はい?」
『この空間。僕らが生きる今の空間が死の世界さ。』
あまりに予想外の言葉に僕は素直に驚いた。いつもならなんとなく理解できるが、今回は本当に理解できない…
『例えば、君が死んだとしよう。』
「…はい」
『死んだ君がどこへ行くか、それはまた同じ世界』
「…同じ世界?」
『死んだ人間は、記憶を消されて自分が一番輝いていた時の姿に戻される。』
「…」
『その後、記憶を植え付けまた新たな世界で生かす』
「それで…」
『それで、死んだことを気が付かせないようにする』
「なんでですか?」
『細かく話すと私も危険だからパッと言うと…政治だよね。』
「政治?」
『大国の人間政治は、私たちに死の意識を植え付けることを恐れたのさ。働き手が死を意識すると生産効率が下がるから。』
「なんですかそれ。」
『なんですか?って気がつけないことが策略なんだよね。』
「…えっ?」
『ふふふふ…死ねないんだよ…君は…』
「…っ」
『…という話。』
「死なんて普段考えないのにこんな事言われたら混乱しますよ。」
『混乱すること、それは考えること。それこそ人生のスパイスっ!』
「ふぅん…」
『まぁ、君はまだ死を意識する年じゃないからあれだけど、君がさっきあげた死に方さ?』
「事故死ですか?」
『そ。それが君が死んだ死に方なんだよ。だから一番印象付いてる』
「…あの…そのドクロ…」
『…買うの!?』
「…はい」
『高いよこれ!?2万円だよ!?』
「この前…給料入ったんで大丈夫です…」
『…お金は大切にしな?まいどあり。』
いや、本当に欲しくて買ったんです。家に帰って置いてみた時に欲しかった理由がわかりました。
このドクロ…きっと僕に近いんだなぁ。死にたどり着けない僕らがドクロに惹かれるのはきっとこれがあるんだと思った。
『人生に少しだけ違った風味を与える店、LIFE SPICE。またのご来店を、心よりお待ちしております…』