みんな持ってる少し汚い巻き貝
『…そろそろだと思うんだけどなぁ』
「何がそろそろなんですか?」
『おっ、来た来た。待ってたよ。』
雑貨屋LIFE SPICE。最近ではここに来るのは日課になりかけていた。
『いらっしゃい。今日も来てくれたね』
「はい。」
『それで…今日は何をしに?』
「…分かってますよね?」
『…まぁね☆』
今日も彼はニヤリと笑い、楽しそうに何かを取り出した。僕もそれに吸い寄せられるように近づいていった。
僕の前に出されたのは巻き貝だった。外は薄い茶色で中は綺麗な白になっている。大きさも手のひらに収まる可愛らしい大きさだ。
「あの…これは?」
『巻き貝なんだけどね、私はこの貝を変わった呼び方で呼んでいるんだ。』
「変わった呼び方…ですか?」
『そう。その名前っていうのがね?』
「はい。」
『う〇こ。』
「はい?」
聞き間違いだろうか。まるで小学一年生をも思わせるような言葉が聞こえた。う〇こって…こんなに素敵な貝なのにう〇こって…
『んで、私はこの貝をう〇こって呼んでるわけなんだけど』
「他に名前なかったんですか?」
『いや、今日はう〇この話をしようと思って。』
「なんですかそれ。本当にう〇この話で人生の感覚変わりますか?」
『それが、変わるんだなぁ…すごいんだよう〇こは』
「何回う〇こって言うんですか…」
しばらく店主は楽しそうに笑った後、少し呼吸を整えて、いつもの口調で話し始めた。
『君はさ、アクセサリーとか付ける?』
「アクセサリーですか?」
『そ。ネックレスとか指輪とかリストバンドとか。』
「たまーに付けますね。…それが何ですか?」
『…ここで問題です。今、君が付けていて、君以外のこの世界に生きる全ての生き物が持っているアクセサリーは何でしょう?』
「えっ?そんなのあるんですか?」
『あるんだなぁそれが。さぁ、お答えを!』
「えっ…えっと…なんだろ…」
『はい時間切れ!正解は、う〇こだ。』
「なに狂ったこと言ってるんですか?」
『う〇こは生物のアクセサリーだ。個性が出る。』
「そりゃ、個性というかなんか、色々ありますけど」
『生物を一番美しくするのはう〇こなんだよ。』
「本当に何を言ってるんですか?」
『例えば、ある女性がいたとしよう。その女性は綺麗に化粧をして、綺麗な服で、綺麗なアクセサリーをしてる。』
「はい。」
『そんな女性が例えば…お腹を下したとしよう。』
「はい。」
『その時の女性は、どんな風に見えると思う?』
「お腹を抑えて、顔色が悪くて、挙動不審で…」
『そ。美しくないよね?』
「…確かにそうかもしれませんけど」
『逆に何も着飾ってなくてもお腹の調子のいい女性は健康的で美しいと思わないかい?』
「そうですね。」
『つまりはだ。私達を美しくさせるアクセサリーは宝石でも化粧品でも高級な服でもなく、みんなが持ってるう〇こなわけだ。』
「…なんか納得いきませんね」
『そう?それじゃあ、う〇こでその日の健康状況がわかるってのは?』
「それはたまに聞きますけど」
『それだよ。君自身が君の事を理解する。それがある種アクセサリーの仕事だろう?』
「僕自身を理解する?」
『人間なんて、本当のシンプルを出してる人なんていないんだ。みんな着飾ってるだろう?』
「そうですか?着飾ってない人もいると思うんですけど…」
『全裸の人がいるの?』
「あっ…」
『けど、そんな全裸の人でも絶対に持ってるのがう〇こなわけだ。』
「それで、そのう〇こが何なんです?」
『君が意識して着飾らなくても、う〇こは君を表してるんだ。』
「なるほど。」
『自分を知るならまずは中身から。外側を着飾る暇があるなら中を磨けってことさ。』
「…ほう」
『…という話なんだけどどう?』
「なんかいつもと趣向が違いましたね」
『そう。このいつもの硬い話から急にこんな話をするのもまた、勝手に硬い話が来ると思い込んでいた君へのスパイスになるわけだ。』
「…なるほど。けど、それでう〇こはどうなんですかね?」
『あはは。けど、人生が少し、楽しくならないかい?』
「…この貝、いくらですか?」
『え?買うの?この話でも買ってくれるの?』
「いや、なんか…」
『…それなら、これあげるよ。』
「えっ、いいんですか?」
『いいよいいよ。その辺で拾ったやつだし。』
「150円って書いてありますけど?」
『あげるっ!』
「拾ったのを150円で売る気で」
『あげるっ!!!』
部屋に帰って、僕は貝を棚の上に置いてみた。当然のようにう〇こには見えないけど、それでもこれを見るとなんとなく普通に人を見るのと比べ、また違った人間の見方ができる気がした。人生のスパイス…。これもまたいいなと思った。
『人生に少しだけ違った風味を与える店、LIFE SPICE。またのご来店を、心よりお待ちしております…』