僕の時間と『僕』の懐中時計
陽の光がやわらかく店内に差し込む…
そう、この空間だ。個性的な置物やアクセサリーが並ぶ空間。僕は既にこの雑貨屋の虜になっていた。
『あ、いらっしゃい。待ってたよ』
遂には待ってたと言われる始末だ。いつかはお帰りとか言われかねない。…まぁ、何日も暇人のように訪れてればそうもなるか。
『…さて、それじゃあ今日はどうする?何か気になるものとかある?』
「…いえ、特に」
『…そっか。』
「…」
『…ふふっ、欲しがりだねぇ。いいよ、聞かせてあげるよ。君に贈る人生のスパイス…』
「…お願いします…」
僕の前に出てきたものは、懐中時計だった。ユニコーンが描かれたなんだか高そうな雰囲気の時計。
「へぇ…」
『おっ、気に入った?』
「あっ、はい。値段にもよりますけど結構いいなって」
『だよねだよね、これいいよねぇ…しかも、割と安いんだよ?』
「そうなんですか?」
『うん。それに、特殊機能もある』
「特殊機能…ですか?」
店主がにやりと笑う。そうだ、時計もいいが僕の目的はこっちなんだ。
『なんとなんと、この懐中時計、過去に戻れるんだ』
「過去に?」
『そう、この時計を持ってくるくるくるーっとすれば好きな時間に戻れるし、頑張れば未来にも行ける!』
「…あの」
『…もう少しのってくれても良いのに…』
「そんな露骨にしょんぼりしないで下さい…」
『けど、君はタイムマシーン、あると思う?』
「えっ?…これから出来るかもとは…」
『残念ながらタイムマシーンは出来ないんだよね』
「…なぜですか?」
『私ならタイムマシーンができた瞬間、過去に戻って今の私に自慢するもの。』
「それもそうですね、確かに未来人が来てもいいとは思います。」
『それに、例えばだよ?』
「はい。」
『未来の君が過去の君を殺しに来たとしよう。』
「はい。」
『見事に殺された過去の君。さて、この時、過去の君を殺した未来の君はどうなる?』
「過去の僕が消えたから…消える?」
『そうだね。過去の君が生きてないから未来の君もいない。』
「はい。」
『それじゃあ、過去の君は誰に殺されたの?』
「未来の僕…ってあれ?未来の僕ってさっき…」
『…そ。過去の君が死んだってことは未来の君は殺しに来れない』
「つまり過去の僕は生きてるわけで…」
『けど、過去の君が生きてるってことは?』
「未来の僕が殺しに…」
『…最後にはどうなると思う?』
「えっと…どうなるんだ?」
『これがタイムパラドックスっていう理論の歪み。だからタイムマシーンは存在しないんだ。』
「…なるほど」
『だけど、理論を少し変えてみるとそれも可能になる』
「理論を変える?」
すると彼は、棚の下からもう一つの懐中時計を取り出した。ペガサスの絵が描かれた懐中時計。表向きは同じ色合いだが、時計の方はペガサスの方は黒くなっていた。
『はい、これはパラレルワールド』
「パラレルワールド?何ですか?それ。」
『パラレルワールドは、この世界と同時進行で存在するもう一つの世界さ。今の空間と同じ空間が存在する。』
「同じ空間ってことは、そこにも僕が?」
『そ。それで、未来の君がこのユニコーンからペガサスの世界の過去へ飛んだとしよう。』
「はい。」
『ペガサスの君がユニコーンの君を殺しても、タイムパラドックスは起こらないよね?』
「…そうですね。」
『つまり、これでようやくタイムマシーンが完成したわけだ。』
「けど、それだとユニコーンの世界の僕は消えちゃいますよ?」
『パラレルワールドは同時進行なんだ。ほかの世界から、君が来るでしょう?』
今度はケンタウロスの描かれた懐中時計が出てきた。
「…なるほど。みんな同じ考えなんですね。」
『けど、まぁ、終わりもあるよね。』
「ですよね。みんなが1つづつ世界を飛んだら最後は完全にいない世界が出来上がります。」
『…怖いね』
「怖いですね。」
数秒の沈黙があった。この沈黙の間、3つの懐中時計の音が店内に響く。どこか妙な感覚に襲われた。
『…タイムマシーンが出来たら、みんなよく言うだろう?“やり直したい”って。』
「そう…ですね。」
『…入れ替わっても気が付かないんだよね』
「そ…そうですね…」
『…君の友達、本当に昔からの知り合い?』
「えっ…?」
懐中時計の音が急に大きくなった気がした。もしかしたらアイツはペガサスの世界から来た偽物?ていうか、もしかしたらこの人も…
『…なーんていう話さ。どうだった?』
「なんか…ムズムズします」
『うんうん。タイムマシーンなんて欲しくないね』
「あの…この時計…」
『あ、買ってくれるんだっけ?1つ800円だけど?』
「あ…じゃあ3つとも買います」
『ホントに!?ありがとう!!』
「いえ…」
家に帰って、僕は3つの懐中時計を並べてみた。この時計がひとつの世界なら…この時計の僕はこの雑貨屋にたどり着いてるかな…?
『人生に少しだけ違った風味を与える店、LIFE SPICE。またのご来店を、心よりお待ちしております…』