僕だけピンクのウサギ
『…あ、いらっしゃい。また来てくれたんだね』
僕は、またこの店に来てしまった。雑貨屋『LIFE SPICE』に。どうしてここに来たのか、僕にもよくわからない。けれど、どうしてだかこの店が気になって気になって仕方が無いのだ。
『どう?なにか買いたいものでもあるかい?』
「いえ…特に…」
店主はにやりと笑った。
『それじゃあ、今回もまた聞かせてあげようか?』
「…お願いします。」
『そっかそっか!それじゃあ、とびきりいいものを用意しよう!』
店主が持ってきたのはピンク色のウサギの置物だった。
「…これは?」
『ウサギだよ?可愛いよねこれ。』
「…そうですね。」
『この子さ、目のところガラスでてきてるんだよ。綺麗だよね。』
「そうですね。」
『…』
「…えっ?だから何なんですか?」
『ふっふっふっふっ…』
少し調子を変えて、彼は話し出した。
『このウサギ…何色に見える?』
「えっ?…ピンクですか?」
『ピンクに見える?』
「違うんですか?」
『いや、私もピンクに見える。』
「ですよね。」
『うん。』
「…それがどうしたんですか?」
『君には、このウサギがピンクに見えてる。』
「はい。」
『私にも、ピンクに見えてる。』
「そうですね。」
『けど、これは君にとって青かもしれない』
「はい?」
『私と君の見ている世界は違うかもしれないだろう?』
「そう…ですね。」
『けど、会話は成立するだろう?』
「そうですね。」
『それは、私と君が勘違いしてるからできてるんだよ。』
「勘違いですか?」
『そう。このウサギは君にとってのピンク。しかし君にとってのピンクは私にとっても青。』
「これが青…ですか?」
『しかも私にとっての青は君にとっての緑』
「えっ?」
『君の言う黄色は私には紫に見えてる。けど、君の紫は私の中の黄色だ。』
「…なんか…混乱してきました…」
『君は海に行ってこう言うだろう。【青い海と青い空、白い雲に広い砂浜!海は綺麗だな!】ってね。』
「だけどそれは…」
『私には緑の空、緑の海、オレンジの雲にピンクの砂浜ってわけさ。』
「それじゃあ僕が見てるあなたももしかして…」
『そ。肌の色ってどんな色?』
「…橙色です」
『だけどその橙色って』
「僕にとっての橙色であって…」
『本当の君の肌の色は…何色?』
「僕の…僕の肌って…一体どんな…?」
『っていう話はどう?』
「なんか…頭が痛くなってきました…」
『そう?そんなに難しい話だったかい?』
「そうじゃなくて…今まで僕が見てきた世界がもしかしたら全く違う色なのかもって思うと…」
『そうだね…。あ、顔色悪いよ?』
「このタイミングでいうと笑えませんよ…」
『あはは。』
「…このウサギ、いくらですか?」
『760円だけど…買ってくれるの?』
「はい。」
『他に色もあるけど?』
「いえ、ピンクが…いや、この色がいいんです。」
『…そっか。お買い上げありがとうございます』
家に帰って改めてそのウサギを見てみると、周りの物の色も気になってきた。そのウサギを中心に僕の周りの世界が違うものに感じてきて寒気がする。このウサギの澄んだガラスの目はきっと透明だけど、これももしかしたら…
『人生に少しだけ違った風味を与える店、LIFE SPICE。またのご来店を、心よりお待ちしております…』