夢と現のメリーゴーランド
木の香りは僕の心を落ち着かせてくれる。高めの窓から差し込むほのかな陽の光が更に僕を落ち着かせる。変わったアンティークもまた、僕を落ち着かせてくれるもののひとつだ。そして、何より僕を落ち着かせるのは…
『いらっしゃい。よく来たね。』
「はい。」
『…どうしたの?』
「えっ?何がですか?」
『いや…なんか、やたらニヤニヤしてるから…』
「あっ…別に何でもないですよ。」
『そっか…んー…』
「…なんですか?」
『いや、もしかしたら私の顔に何かついてるのかもと思ってね。』
「大丈夫ですよ。」
『…そ。』
「…あの」
『うん、わかってるよ。今日も用意してあるよ。君のためのスパイス。』
「はい…」
そうして僕の前に出されたのは、ソーラー電池で動くメリーゴーランドの置物だった。
「…これは」
『メリーゴーランド?の、置物?多分。』
「何でそんなに疑問形なんですか。」
『いやぁ、実はこれ一目惚れして仕入れたんだけど、ちょっと変でさぁ』
「…どこがです?」
『これ、ロバだった。』
「誤差ですよ。」
どうしてそんなにロバが気に食わないのか、店主さんはしばらくグチグチ言っていた。
「…あの」
『ん?あぁ、そっか。そうだよね。』
「はい。お願いします。」
彼は、大きくため息をつき、きりりとした目つきで僕のことを見つめた。
『このメリーゴーランドは、夢の世界を表したメリーゴーランドなのさ。』
「夢?」
『ほら、少しのぞきこんでごらんよ。屋根の裏。』
「…あ、夜空。」
『ね?で、ほら。この馬…じゃないやロバがさ』
「馬でいいんじゃないですか?」
『じゃあ馬。…んで、この馬に乗るのが夢を見ている…って事になるのよ。』
「はぁ…」
『陽の光でくるくる回り続けて…』
「目が覚めたら、その横を歩く…と。」
『…ふふっ…』
「…え?どうして笑ったんですか?」
『ここからなのさ…最高のスパイス…!』
そうだった。僕も慣れてきていて彼の出すスパイスを忘れていた。…しかし、現段階では何も…
『もちろん…君の言う通りなのさ。夢を見ながら馬に乗り、起きたら馬の横を歩き…』
「毎日を繰り返す…みたいな事ですよね?」
『そう。そうなんだ。そうなんだけど…』
「…ど?」
『君は、1度も起きていないんだよ。』
「…はい?」
本当に、理解ができなかった。僕は混乱して、結構アホな顔をしていたと思う。そんな僕の瞳には、怪しく笑う店主さんがいた。
『最初に言ったろう?このメリーゴーランドは夢を世界を表したメリーゴーランドなんだ。』
「…はい。」
『降りようが乗ったままだろうが、君は夢の中さ。』
「…でも、起きて」
『あぁ起きたさ。夢の中でね。』
「…夢の…中で?」
『そう。君が生きていた人生。その全ては夢。君は1度も起きていない。脳内で見てきた世界なのさ。』
「えっ…」
そう思うと、不安が一気に僕のことを襲った。当然、僕には夢と現実では違う感覚がある。…でも、それが全て夢だとしたら…
「じゃ…じゃあ…もし目が覚めたら?」
『その時は…』
『自分が人間じゃ無かった…なんてことも…あるかもね?ふふふふっ!』
人間じゃ…ない?となると、僕は水槽の中の脳であったり…宇宙人のようだったり…?
『だけじゃ…ないさ。』
「えっ?」
『ちゃんと、見てみようよ。ね?…目を覚まそう。』
「あ、あの…」
『目を覚まそう。目を覚まそう。目を覚まそう。メヲ、サマソウ…』
頭が痛くなってきた。まさかこのまま…目を覚まして…?
『…なーんて!いうスパイスでした!』
「…」
『…もしもーし?』
「ゆ…夢ですか?」
『…かもね。でも、まだ寝ていなよ。私が君の夢だとしても、眠っていればずっと一緒さ。』
「…あの!」
『んー?』
「買います!!このメリーゴーランド!!」
『本当?こんな怖い話なのに?』
「はい!」
『そこそこ値段するのに?』
「はい!」
『ロバなのに?』
「買います!!」
『…ふふっ!そっか!なら、特別料金。3500円でいいよ!』
「本当ですか!ありがとうございます!」
『うん、毎度あり!』
不思議と、怖い話なのに元気が出た。もし、僕が生きているこの世界が夢で、目が覚めた瞬間すべて消えてしまうとしても彼は、僕の事を覚えていてくれるのだろう。…あ、これ、どこに置こう…
『人生に少しだけ違った風味を与える店、LIFE SPICE。またのご来店を、心よりお待ちしております…』




