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僕を騙す妖精の住むオルゴール

『いらっしゃい。よく来たね』

「はい。」

『ま、そこに座ってよ。』

「ありがとうございます。」


今日も僕はここに来た。雑貨屋LIFE SPICE。店主さんのこの嬉しそうな顔を見ると用がなくても来たくなる。いや、雑貨屋に用事なんてほぼ無いんだけど。僕は今日もまた、この人の話を聞くためにここに来たのだ。


『コーヒーとか飲む?』

「いいんですか?」

『うん。いい豆が入ったんだ。ぜひ飲んでよ。』

「すいませんありがとうございます。」


雑貨屋に来てコーヒーを出してもらえるなんて、僕はどれだけこの店に馴染んだのだろうか。客一人いないこの店で、僕と店主さんだけの空間があった。


「…それで、」

『うん。わかってるよ。今日もいいのがあるからね』


今日は、どんな話が聞けるんだろうか…



僕の前に出てきたのは、オルゴールだった。開いてみると、中には小さな妖精が眠っている人形が入っていた。


「…これは」

『オルゴールさ。曲は《惑いの妖精》ってやつ。』

「惑いの妖精…ですか。」

『うん。かなりマイナーな曲でね?けど、気に入ったからオルゴールにしてもらったんだよ。』

「そうなんですか。」

『うん。』

「…それで」

『…うん。』


うつむいたままニヤリと笑った。僕は、今までとは少し違う感覚を覚えた。


『妖精の仕事って…なんだか知ってるかい?』

「えっ?…森を生かしたりですか?」

『残念。正解は…人を惑わすこと!』

「惑わす…?」

『簡単に言えば、人を騙すんだよね。西洋版化け狸みたいな感じさ。』

「なるほど。」

『その騙し方は大体が幻覚だったり、幻聴だったりっていうマボロシでね?』

「はい。」

『けどたまーに、面白い騙し方をするんだ』

「それは…なんなんですか?」

『それはね…』

「…」

『記憶をいじるんだよ』

「記憶を…いじる?」

『そう。例えば君は小学校を卒業したね?』

「はい。」

『もしかしたら、君はそんなことして無くて、小学校の記憶を植え付けられて、いきなり中学生になってたかも知れない。』

「そんなことあるんですか?」

『あるよ?ていうか、それも中学生の記憶も高校生の記憶も、大学も社会人もそれもこれも全て植え付けられた記憶かもしれない。』

「…記憶が…」

『君の今生きてるこの記憶も…植え付けられただけかも知れない』

「えっ?」

『ほんとに君は…この店に何度も来てる?』

「…来てた…はずです。だって店主さんも僕のこと知ってるじゃないですか」

『それこそ…疑うべきさ。本当に今まで、この店の店主は私だったのかな?』

「…えっ?」

『もしかしたら…違う店主がいたかもしれない…それと入れ替わって私がいるかもしれない…』

「違う人…」

『入れ替わられた本物の店主が今、君に助けを求めているかもしれないね…』

「…」

『ふふ…ふふふ…君は…その人の助けを思い出すこともせず一生を終えるんだね…』

「…あなたは…一体誰なんですか…?」

『…ふふふふ…』




『…って話』

「…怖いです」

『うんうん。思い出せないんだもんね』

「誰かが助けを求めてるとか、出どころ不明の罪悪感が…」

『あはは。』

「…そういえば、惑いの妖精ってどんな曲なんですか?」

『聴いてみる?』

「…はい。」


店内にオルゴールの音が響きわたる。不気味で、どこか悲しい曲調の曲。中にいた妖精もしだいに悲しい表情に見えてきた。


「…あの」

『ん?』

「これ…買います。いくらですか?」

『…1500円。』

「ありがとうございます。」

『惑いの妖精…いい曲だよね』

「…はい。」


家に帰って、またその曲を聴いてみた。悲しい曲調に合わせて、ネジが回る。…僕の記憶…本物なのかな?偽物だったら…僕は一体何なんだろう…


『人生に少しだけ違った風味を与える店、LIFE SPICE。またのご来店を、心よりお待ちしております…』

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