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ごちそうさま

『ご馳走さま』


 それが私が聞いた最後の人ならぬ声だった。


 ***


 私はただの人間だ。


 私がまだ本当に小さな子供だった頃からその声は聞こえていた。

 両親にその話をしても最初の頃は付き合ってくれていたが、成長するにつれてまだそんな事を言っている私を段々嫌がるようになってきた。


「マーシャ……貴女はもうすぐ七歳になるのよ? いつまでも不思議な声が聴こえるなんて言わないで頂戴。私たちが貴女に寂しい思いをさせているのならちゃんと言って? そんな事を言って気を引かなくてももうちゃんとお話しできるはずよ」


 ある日母さんが心底うんざりと言った表情で私にそう告げた。


「母さん。私寂しくなんてないわ。それに気を引こうとして言っているのでもないの。だって本当に……」


「マーシャ! もうやめて! もう沢山よ! 明日神父様の所へ行きましょう! 何か悪いものに憑かれているんだわ!」


 最後まで言い終わる前に肩を揺すって私の言葉を遮った母さんは、髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き乱してそう告げると立ち上がって部屋を出ていってしまった。


 しょんぼりしてベッドにボフンと倒れこむと埃が舞って部屋に差し込む月明かりをキラキラと乱反射させている


『神父様ってなに?』


 どこからともなく声が聞こえた。


「教会にいる偉い人よ。神様の教えを皆に説教してくれるのよ」


『へぇ……神様ってなに?』


「この世界を作った偉い人よ……たぶん」


『この世界を作ったのはボクだけど、ボクは何も教えてないけどなぁ』


 暗闇から響く声はそんな事を言っている。

 いつもは他愛ないお喋りをするだけの声だったが、今日は少し様子が違ってどこか楽しそうだ。


「あなたがこの世界を作ったの? じゃぁあなたは神様なの?」


『この世界を作ったモノを神様と呼ぶなら、ボクは神様って事になるのかな。でも、ボクの声が聴こえるのは君だけなんだから、君が神父様ってことになるんじゃないの?』


「私が神父様だったら『子供は毎日お菓子を食べなさい』って神様がいってるって言うわ」


『あははは! じゃぁ是非とも神父様にならなきゃね?』


「母さんはあなたのコトを神父様にお(はら)いして貰うつもりなのよ?」


『だってボクは神様で神父様はボクの教えってやつを説いているんだろう? だったら君が知るはずのない神父様しか知らないことを話してあげれば良いんだよ』


「……どういうコト?」


『それは……』


 ***


 翌朝、キッチンで朝食の用意をしている母さんに挨拶をすると、優しい顔でおはようと返してくれた。

 声の話をしなければ母さんは優しいのだ。

 朝食を食べると昨日の話の通り二人で教会へ向かった。


 教会に着くと神父様と母さんは暫く話をすると言って部屋に籠ってしまった。私と声は昨日の作戦の最後の打ち合わせをしていた。


「ふふふ。なんだかドキドキしてきたわ! 後で絶対大目玉を食らうだろうけど、神父様もお母さんも絶対驚くわ!」


 そこへ丁度話を終えた二人が現れ、三人で礼拝堂へ向かった。

 神父様は礼拝堂へ着くと教壇に立って私に向かって優しく微笑んでから話しかけた。


「マーシャ。君は不思議な声が聴こえるようだね? それは草が揺れて擦れる音やすきま風のようなものとは違うのかい?」


「神父様!」


 神父様の問い掛けに話が違うとばかりに母さんがガタッと音を立てて立ち上がる


「シェリー。私に任せると言ったハズだよ? 落ち着いてマーシャの話を聞こうじゃないか」


 神父様は手で制してそう母さんを諭した。

 母さんが渋々と言った様子で席に着くと神父様は私の方を見て先を促した。


「ええ、違うわ。私の質問にも答えてくれるしお話し相手にもなってくれる。姿は見えないけど私の事は見えてるみたい。今も私たちのコトを見ているハズよ」


 正直にそう告げる。

 神父様も一緒になって私のコトを叱ると思っていたから正直予想外だった。


「神父様あのね。怒らないで聞いてほしいのだけど……」


 私は少しためらいながらそう続けて切り出す。

 打ち合わせ通りに。


「言ってごらんなさい」


「この世界を作ったのは声の子だって言っていたわ。後、何か教えのようなものも残したことはないからきっと協会の教えは皆が幸せになれるように、昔の人間が考えたものだろうって」


 後から考えるとこの発言は悪魔の考えと断ぜられ、処刑されてもおかしくない発言だった。実際母さんは明らかに私のコトを恐ろしいものを見るような目で見ていた。


「おお、マーシャ! それは本当にその声の主が言ったのかい?」


 しかし神父様は何かに打ちのめされたように震える声でそう言った。


「えぇ。それと『昨日のスープは美味しかったよ』って今言ってるわ」


 声だけしか聞こえないが声の主はきっと得意気な顔をしているに違いない。


「お、おぉぉぉ! 神よ! 昨日のお姿はあなたでしたか! 夢ではなかったのですね? マーシャ! 君は神が遣わした神子に違いない! シェリー! 」


 神父様は子供のようにはしゃいで母さんの手を握って言った


「シェリー! マーシャは本当に神の声を聴いているんだ! しかも一方的なモノではなく意思疏通ができている! これを奇跡と呼ばずして何を奇跡と呼ぶのか!」


 母さんは狐につままれたような顔で私と神父様の顔を行ったり来たりしている。


「ああ、すまんすまん。年甲斐もなくはしゃいでしまったな……」


 神父様はずれた眼鏡をくいっと直すと私と母さんに向けて言った。


「シェリー。落ち着いて聞いてほしい。マーシャは『神の声』を聞き、神と意思の疎通ができる様だ。昨晩この協会をみすぼらしい老人が訪れた。彼は一杯の水を欲しがったが身体が氷のように冷たかったので私は夕げの残りのスープを温め直して出したんだ。それを飲むと音もなくその老人は消えてしまったが……」


「「あ、それで……」」


 私と母さんの声が重なって思わず顔を向き合わせた。


『そう言うこと。神父様しか知らないことを君が話せば、ボクの存在を認めざるを得ないからね』


「それで、あなたのコトを認めさせてどうするの?」


 私はその場で声に出して聞いた。


『どうもしないさ。この世界を作ったのはボクだけど、この世界に生きているのは君たち人間だ。今更ボクが何か言うことなどないよ。ただ、マーシャ君はおかしくなんかないってことをお母さんに分かって欲しかっただけさ』


「……と、言っているけど……」


 私はお母さんの表情をチラッと見てそう言った。


「……ごめんなさいマーシャ。私が間違っていたわ。神様? もごめんなさいね。私はこの子がこのまま大人になったらどうしようとずっと考えていたわ。この子には幸せになってほしかったの。ただそれだけなのよ……」


 母さんは驚いた顔をした後に涙を浮かべて私の髪をときながらそう言った。


『分かってくれればそれで良いんだ。ボクもマーシャには是非とも幸せになってほしいからね!』


 声の主はそう言うと楽しそうな嬉しそうな雰囲気が伝わってきた。


『あ、それとこれはマーシャがもう少し大人になってから話そうと思ってたんだけど……』


 そう言って告げられた言葉は幼い私にはとてもショックな内容だった。


『ここはボクが作った人間の飼育場なんだ。幸せにノビノビ育った魂はとてもとても美味しいんだよ! 昨日のスープも沢山の魂が溶けていてとても美味しかった! 君たち人間は肉や身を食べるけれど、ボクは魂を食べるんだ。 だからね。マーシャが死んじゃうときはボクが美味しく食べてあげるからね! あ、ひとつだけ神様っぽいことを教えてあげるよ』


 そう言って半ば信じられないと言った様子の私にこう言った。


『god eat soul much(神は多くの魂を食べる) ご馳走さまって聞こえたかな?』

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