頂戴?
「クレクレママ? まったく妙な世の中になっちまったもんだなあ……」
私はそう呟きながら、目の前のパソコン画面に表示されるまとめサイトを眺める。そこには、“クレクレママ”と称される他人に物をねだる母親についての記事が展開されていた。クレクレママとは、例えば子供が知らない人に「ソレ頂戴」とねだった時に、その人に「子供が欲しがっているのだから寄越せ」と要求するような種族のことらしい。もし私がそのような種族に出会ったら、どのように対応したら良いものか……。
私の手元――パソコンのキーボードに、ふと朝日が差し込んだ。しまった、もう朝か。そろそろ出かけないと不味い。私は素早く着替えると、鞄を持って、部屋を飛び出した。
バイクを拾い、道路を飛ばす。ふと、私の目に公園が映った。よく見るとそこには親子連れがいる。上品そうな身なりをしているが、まさかクレクレママじゃないだろうな? なんとなく思いついてしまった直感。それが私を支配する。気になる。確認したい。ふと気になることがあると、解決するまで頭から離れなくなってしまうのが私の癖だ。
そこで、私は試してみることにした。公園の入り口にバイクを止め、さりげなく近づく。彼らからよく見える場所で、鞄からラジコンを取り出す。この新品を手放すことになると考えるとなんだかもったいないような気もするが、まあ私の好奇心を満足させるためだ。しょうがないだろう。
これ見よがしにラジコンカーを走らせる。朝日をキラリと反射させながらドリフトする様子は、実に美しい。すると案の定、子供が駆けつけてきた。
「ねえおじさん、それ、いいね。オモチャ、おもしろそうだね。ちょうだい! ねえ、ちょうだいよ」
ここまでは、まだ分からなくもない。私は非常に困った顔をしていたが、しかしバイクのフルフェイスマスクを付けたままだったので、見えないのだろう。問題は親の対応だ。どうする、母親よ? 母親ならば顔を見なくても“常識”を知っているだろう? まさかいきなりラジコンを子供に渡せと命令してくるはずは無い。そのままの体勢で子供を前にしたまま待っていると、母親は比較的早くこちらに来てくれた。すぐに来てくれないと、ラジコンを持ったまま彼女の到着を待っていなければならなかったから、助かる。――さて、なんと言うのか。
「あら? うちの子が欲しがっているのに何ぼうっとしているのかしら。早く寄越しなさいな」
来た! これがクレクレママか。この親に合わせて、子供のほうもニヤニヤこちらを見つめてきやがる。よっしゃ、いっちょやったるで!
「そうかボク、このラジコンが欲しいのかい。じゃあこいつをプレゼント、してあげよう」
私はボウヤにそう伝えて、今度は素早く母親のもとへ向かった。
「あの、すみません。お代、頂戴してもよろしいですか?」
とりあえず尋ねてみる。これで代金を払おうというのならば、彼女はクレクレママではなかったことになるのだが……。
「はあ? 何言ってんのあんた? 今うちの子に“プレゼント”だって言ったじゃない。大人なんだから、嘘なんてつくんじゃないのよ」
ああ、間違いない。こいつはクレクレママだな。かわいそうな親子に、心からのプレゼントを。そう思い、鞄から一つの箱を取り出した。
「何でもかんでも人のものを盗りたがるとは、よほど貧乏らしいですね。かわいそうなので、これをあなた方にプレゼントしましょう」
皮肉を込めて、言い放つ。母親は顔をしかめて怒鳴った。
「何よ、こんなもの!」
彼女はそれを地面にたたきつけようとする。危ない。すかさず私は言った。小さめの声で、ひそひそと。
「あっ、これはなかなか手に入らないものですからね、こんなところでそんな開け方はしない方がいいと思いますよ。誰もいないようなところでこっそり開けるべきです」
彼女は手を止めた。少し顔を赤らめながらこちらに話しかけてくる。
「あらっ、そうなの。じゃあ、ありがたくいただいておくわ」
こうして私は彼らと別れた。まさか本当にクレクレママだったとは、ね。私の勘も舐められないな。私は公園を出ると少し歩いて、止めておいた自動車に飛び乗った。
車は走る。高速道路は川を越え、山を越え、景色は都会的なものから地元・田舎のものへと変わってゆく。今回は実に面白い旅行だった。いつも持ち歩いているノートパソコンでは毎日クレクレママの話題を見ているのに、実際に出会えたのはこれが初めてだ。クレクレママ探しの旅をしただけあった。
まあ、とりあえずはこれでこの旅はおしまいだ。しばらくは田舎でのんびり暮らすことにしよう。
私の家が見えてきたその時、カーラジオでニュースが流れた。
「速報です。○○にある民家で、爆発事件が起き……
お読み下さり、本当にありがとうございました!
では、GNAHAND!