オレの想いとHONEYの笑顔
敦志が登校すると、たちまち噂が広まった。最愛の陽子以外、誰も摩湖斗と敦志が坊主にした理由など知られていない。カットモデルのような茶髪交じりの坊主頭。耳にはシルバーのピアス。敦志は、いつものように登校するとファンの女子生徒たちから携帯で隠し撮りされ、授業が始まる頃にはほとんどの生徒に知れ渡っていた。授業の合間の10分とゆう短い休みの時間にも、廊下には敦志のかっこの良いスタイルを見るためだけにごった返す始末。それも当然の事だった。高校入学当時から、モデル事務所や芸能プロダクションからのスカウトが殺到している。それほどのルックスの持ち主なのだから当然といっては当然である。しかし、昼過ぎに摩湖斗が現れると校内に衝撃が走る。敦志をかすめてしまうほどのルックスの持ち主の登場である。
摩湖斗は肩まで伸びたウェブの髪がなくなり、その代わりに綺麗に整った端正な顔がそっくりと出ている。黒のニット帽をを被り、制服の胸元と耳たぶから見えるプラチナのアクセサリーが妙に輝き、無意識のうちに出ているオーラに誰しもが圧倒され胸をときめかせていた。
「摩湖斗~。超カッコいい~じゃ~あ~ん!俺も~帽子被ってくりゃよかったぁ~、ちょっ、頭見して~」
敦志は摩湖斗のニット帽に手を伸ばす。
「ざけんな、ば~か!もうちょっと焼かねぇと、こんな青い頭…かっこ悪ぃじゃん!それに‥‥陽子にしか見せたくねぇし‥‥こんなてっかてっかの坊主洒落になんねぇよ、なぁ、敦志~今週末ハワイでも行って焼かね?」
「ワイハ?お前ワイハ~なんて金もねぇし、超~時間かかるじゃん!俺、遊び過ぎて出席日数足りなくなるのだけは、勘弁なぁ~。湘南辺りなら近くていいけど~」
「はぁ?湘南?冗談!グァムは?」
「んん~グァムかぁ~親父にせびりゃ何とかなるっしょ!まぁ、それよか、早く来週の金曜日~来ないかなぁ~楽しみ過ぎてチビリそ~。摩湖斗も一緒に遊ぶだろ?」
「俺は‥‥」
「陽子は~、ちゃんと許してるって言ってたぞ~お前の反省しているそのタコ頭、ちゃんと見たってよ~」
「タコって‥‥そうか‥‥許してんのはお前だけだよ‥‥俺、話しかけられてねぇもん‥‥」
「摩湖斗~すねんなよ~。ハゲんぞ~!あっ、またハルの奴、迎えに来てる!あの調子こいた爽やか野郎~一回シメてやんねぇと‥‥」
‥‥ハルかぁ‥‥翔榮にそっくりだなぁ‥‥
翔榮に似ている弟の晴に摩湖斗は焦った。かつて翔榮は陽子にとって唯一の心のよりどころだった。いまは、もう手の届かないほど遠くに旅立ってしまった奴を陽子が想い出している。
‥‥まさか‥‥ハルが‥‥
摩湖斗はいてもたってもいられず、校門まで走った。普段踏みつけているかかと部分をきちんと履き、猛ダッシュする。
「よう、ハル。元気か?」
「あっ、摩湖斗君‥‥」
「最近よく陽子の迎え‥‥来てんなぁ」
「うん、楽しいからねぇ‥」
「っざけんな!お前は翔榮にでもなったつもりかよ!」
「そんな‥‥」
陽子は遠くから二人の様子がおかしいことに気付き、急いでカバンを持ち走り寄る。そんな陽子が視界に入り摩湖斗は、不安な顔になる。
「陽子、翔榮が戻ってきて良かったなぁ‥‥」
「晴君いこっ!」
「ふん、シカトかよ‥‥まぁ、好きなだけコイツに甘えて来いよ!じゃぁな!」
くそっ!こんなことが言いたかったわけじゃない!変わってしまった陽子に自分の代わりに少しでも笑顔を取り戻してやって欲しい。嫌な事から救ってあげて欲しい。自分の前でなくてもいいから、今までの陽子のままでいて欲しいと思った。その役目を晴がしてくれるのなら‥‥それでもかまわない。たとえ今は亡き翔榮に似た晴に心を奪われたとしても‥‥。どれだけ想いを寄せても、通じる事のない摩湖斗が出来る事はこんなことしかない。逆に嫌われるようなことしか言えない摩湖斗は煙草に火を点け、二人の後ろ姿をいつまでも眺めた。
陽子は、俯いたまま晴の自転車の後ろの乗った。晴の背中を掴み、唇を噛みしめた。
‥‥違う‥‥晴君は翔榮じゃない‥‥摩湖斗は何も分かっていない‥‥あたしが一緒に居たいのは‥‥敦志でも‥‥晴君でも翔榮でもないのに‥‥
晴は背中で陽子の啜り泣きを聞いた。
「んでさぁ~。ピン倒してして~食事して~ちょっとゲ~セン寄って~さぁ~」
敦志はこれ見よがしに携帯に唾を飛ばしながら喋った。久しぶりに陽子と過ごせた敦志の気分は絶好調だ。
イラっとする摩湖斗。自宅マンションのリビングでソファに背中を預けると煙草を一本取り出した。火を点けようとするが、なかなか付かない。普段、ガラス越しに綺麗に輝いている夜景が今夜はやけに不快に思える。未だに付かない火にイラつき煙草を手で握り潰し、ピカピカに磨きあげられた床に叩きつけた。
「そんで?」
「いやぁ~かわいいってもんじゃねぇ~なぁ~ありゃ、天使としか思えねぇ~」
「だから?お前ら寄るとこ寄ったの?」
「寄ったよ?んでも混んでてさぁ、30分位待って~やっと~!いやぁ~参った、参った。やっぱ陽子いいわぁ~頭爆発こいて、鼻血出そうになった~マジやばい!今度見せてやっから、いいの一発、撮れた~」
「‥‥敦志~!てめぇ!ぶっ殺す!今から来い!逃げても見つけんぞ!おりゃ!殴り殺してやる!」
「やだなぁ~摩湖斗~勘違いしてねぇ?プリクラだよ?あの陽子に、そう簡単にラブホなんか誘えねぇ~ってか、お前。よく、いつもの俺のパターン知ってるねぇ?しかし~誘ったら行ってくれたかなぁ~」
「知るか!バカヤロウ!俺に聞くな!」
‥‥ざけんな!そんなの許さねぇに決まってんだろ!‥‥
「まぁ、そんなとこだよ。摩湖斗が気になってんじゃねぇかと思って~報告?してみた~」
「そっか、サンキュ‥‥」
明日は朝から用事あるって言っていたことを思い出した。
摩湖斗は翌日、朝早く陽子の部屋のドアを軽くノックするとゆっくりと開けた。
陽子は鏡に向かいリップを付けている。
摩湖斗は鏡越しに、綺麗に化粧した陽子の顔をじっと見つめた。詰まる想いが今にも弾け、散らばりそうになる。
「‥‥陽子‥‥」
陽子は、鏡の摩湖斗を映す。丁寧に髪をとかし前髪を指で整え、また確認する。
摩湖斗がもう一度名前を呼ぶと、陽子は振り返り、真っすぐに摩湖斗を見た。
「‥‥おはよう‥‥」
「‥‥陽子、俺を許してくれ‥‥」
摩湖斗は土下座をし頭を床に付けた。
陽子は静かに口を開いた。
「もう、分かったって言ったじゃない。もう、謝らないでよ。伊澤さんが悪かった訳じゃなかったんでしょ?もう、この話は終わりにして‥‥」
伊澤さんと呼ばれるたびに、他人のようで悲しく、張り裂けんばかりの痛みに変わっていく。どうしても許してくれないとゆうのか。何故。かたくなに拒否し続けるのか。こんなにも陽子の事だけを想っているとゆうのに。切なく苦しい想いが膨張し潰れてしましそうになる。
「全然許してくれてねぇじゃん!なんだよ伊澤さんって!陽子に、さん呼ばわりされる覚えはねぇ!」
押し殺したように絞り出した声で顔を上げた摩湖斗の目には涙がいっぱい溜まっていた。瞬きするたびに、大粒の涙が床に零れ落ちた。
「ちゃんと前みたいに呼んでくれよ‥‥」
「‥‥‥‥」
「シカトこいてんじゃねぇ!俺は‥‥俺は‥‥お前に、他人みたいになって欲しくねぇんだよ‥‥だから‥‥前にたいに呼んでくれ!俺に話しかけてくれ‥‥」
陽子は深く頭を下げる摩湖斗の前に座り、両手で力いっぱい肩を押し上げた。
「もう、やめて!頭を上げて!もうこんな事しないでよ!帰って!もうここへは来ないで!」
もう、ここへは来てはいけないのか。幼い頃から慣れ親しんだこの陽子の部屋へは、二度と来てはいけないのか。摩湖斗は悲しくて、動くことすら出来なかった。俯き、止まらない涙が頬を伝い、床に流れ落ち不規則なドット模様となり、それがやがていびつな楕円に変化する。摩湖斗と陽子の関係のようにもう元のまん丸いドットには戻らない。
「‥‥陽子‥‥俺は‥‥もう、この家には来ちゃダメなのか?どうしたらいいんだ‥‥どうしたら俺の名前、呼んでくれるんだよ‥‥」
陽子は自分の気持ちを整理しようと何日もかけ摩湖斗から離れようとした。迷う。自分の気持ちを整理したはずなのに。必死で抑える好きだとゆう気持ちに鼓動が容赦なく早まっていく。摩湖斗のこんな姿を見てしまったら、どうにもならない。初めて見る摩湖斗の涙が陽子を苦しめた。
摩湖斗を想う気持ちが元に、いや、もっと近くに持っていかれそうになる。心が摩湖斗を求めている。
「お願いだ。一回でいい。呼んでくれないか‥‥」
「いや‥‥それは‥‥」
摩湖斗は陽子に抱き着くと離れなかった。
「呼んでくれよ‥‥。陽子、呼んでくれるまで離さない‥‥」
「やめて!」
「そんなに俺の事が‥‥嫌いなのか‥‥」
「違う!そうじゃないの、離して!分かったから、ちゃんと呼ぶから‥‥」
抱き着いた腕はいつまでも離れなかった。あまりにも強い腕から離れられず、しばらくすると陽子は抵抗を止め小さな声で囁いた。
「‥‥摩湖斗‥‥」
‥‥ううっ、ううっ‥‥
名前をよばれた瞬間、摩湖斗の目からまた大粒の涙が頬を伝い陽子のシャツに染み込んでいった。
「泣かないで。ごめん‥‥」
陽子はそのまま優しく話し始めた。
「ごめん。あたし、知らなかったの、あなたたちの事。彼女の事‥‥。あたし、いっぱい邪魔しちゃったみたい。ごめんね。麻紀と康太君の事も昨日敦志から聞いてびっくりしちゃった。あたしって人のそうゆうの‥‥凄く鈍感みたい。だから、少しみんなから離れてみようって想ったの。だってずるいじゃない?あたしだけ彼氏いないのって‥‥。だから、みんなに負けないくらいかっこいい彼氏さがすの!だから応援してね‥‥」
応援なんか出来るわけない。また、摩湖斗は苦しくなった。
「ごめん、もう離して。行かなくちゃ」
「こんなに早い時間に何処に行くんだ‥‥」
「今日は晴君のテニスの試合を見に行く約束してるから‥‥」
「また、ハルか、ハルをカッコいい彼氏にすんのかよ。翔榮の代わりに彼氏にすんのかよ!」
「そんなことしないよ。翔榮だって彼氏じゃなかったじゃん!それに晴君は爽やか過ぎて‥‥弟みたいで‥‥」
「ハルは違うぞ!ハルがお前を見る目は‥‥女を見ている目だ!」
「やだぁ。どうなろうと関係ないじゃない!」
「ふざけんなよ、ハルは‥‥」
「あたしは彼女持ちは相手にしないの!だから大丈夫。それにぶっちゃけ晴君はタイプじゃない!」
「そっか‥‥。それなら、俺も一緒に‥‥」
摩湖斗はゆっくり離れ、立ち上がるとハンカチで涙を拭いた。
「え~困る。だから‥‥摩湖斗みたいな彼女持ちは相手にしないって‥‥それに‥‥そんなカッコじゃ‥‥みんな怖がっちゃう‥‥」
それもそのはず。一晩中遊びほうけたはずのブラックスーツは未だ型崩れせずにビシッときまっているわ、ジャラジャラのアクセサリーは高級そうだわ。早朝には不釣り合いの、夜の男を感じさせるワイルドさでは健全なテニスコートでは完全に浮いてしまう。ましてや摩湖斗のとんでもなく美形な顔立ちに鋭く光った双眸を細められでもしたら、どの女も心を奪われ、どの男も従ってしまうに違いない。この意志の硬い陽子でさえ、今、心が揺らいでいる。
「いいじゃん。一緒に行かせろ‥‥」
摩湖斗は優しく包み込むように抱きしめた。たとえ今だけでも抱きしめていたかった。時間が止まりこのままずっと陽子の温もりを感じていたかった。
陽子は、そっと体を離し距離を置いた。
「わ、分かったよ。一緒でいいから‥‥」
「じゃぁ‥‥」
摩湖斗は陽子の両手首を掴みじっと見つめると、その手を自分のかがめた頭に触れさせた。
「行く前に、俺も頭、触ってくんない?敦志だけ触られて、ズルいよ‥‥」
陽子はにっこりすると、両手で全体を優しく撫でた。
「可愛い、坊主君‥‥」
摩湖斗は照れて笑うと陽子を引き寄せそっと唇を重ねた。それは、ほんの一瞬の出来事だった。
‥‥うそでしょ?なに?今の?‥‥
陽子はドキドキする気持ちを必死に隠した。今のは、挨拶。外国では当たり前のように挨拶でハグをしキスをかわす。摩湖斗は外国慣れし、マナーも完璧だ。だから陽子にしたことは日本人離れした挨拶にしか考えられない。そう考えるほうが妥当で、陽子の内心を乱さなくてよいのだが。陽子は、自分が摩湖斗を許したお礼だと信じた。だが、今度は違う意味で摩湖斗の顔を見られない。
陽子が真っ赤になって下を向くと、摩湖斗は決まりが悪そうに、陽子の家の自分の部屋へ着替えに行った。
摩湖斗は自分の部屋のドアを閉めると声を噛み殺しガッツポーズをした。やったー!と声を上げそうになる。ついに念願の陽子の唇をゲット出来たのだ。長年思い描いてきた夢が遂に現実となって摩湖斗の唇に触れた。嬉しくて声が出そうになるのを必死に我慢した。我慢したお陰で摩湖斗の顔はだらしがなくニヤついていた。決して誰にも見せられない。そして 戻ってきた摩湖斗は、先ほどとは打って変わって爽やかな好青年になっていた。真っ白なポロシャツの襟を立て、ライトブルーとグリーンのマドラスチェックのハーフパンツに着替えていた。日焼けした肌にシルバーのアクセサリーが光っている。深くキャップを被り、サングラスをかけた姿は、高校生には見えない。外人モデルのようにカッコが良かった。
陽子はその姿を見ると、また赤面し俯いた。やはりカッコがいい。心が揺らぎそうになる。でも、相手にしてはダメだとゆうのも分かっているからこそっ気なく窓の外を見た。
摩湖斗はなるべく自然に、つい先ほどのことがなかったかのように振る舞う。
「ダメ?これ?」
「こんな、爽やかな服持ってたの?」
「あぁ、西海岸とかモナコとかでクルージングする時はいつもこんな感じだけど?」
いつそんな所に行っているのだろう。どこまでが本当の事で、どこまでが冗談なのか。陽子は話半分にバックを手に部屋を出た。
次の日、摩湖斗は昼近くに目を覚ます。ぼ~っとした頭で陽子の家のリビングに下りた。
「あら、摩湖斗。やっと起きたの?ごはん食べる?」
ダイニングテーブルを横目で見ると、陽子が昼食を食べ始めようとするところだった。食うよ。摩湖斗はキッチンにいる陽子の母親の里香に返事をすると、陽子の隣に座り双眸を細めた。
「陽子さん、昨日はお楽しみいただけましたか?」
「うん、楽しかったよ!摩湖斗だって楽しんでたじゃん!」
「はい、楽しゅうございました‥‥」
「じゃあ、良かったね!」
「テメェ~なめてんのか!」
「女の子たちと楽しそうだったじゃな~い!」
「つまんねぇ試合終わったから、せっかくお前とテニスしようと思ってラケット借りたのに‥‥なんで俺だけハルの学校の女たちと、あんなにやらされるんだよ!」
「女の子で良かったね!」
「はい、良かったです。ってそうゆうことじゃねぇ!あれから飯食って、カラオケまで付き合わされたんだぞ!テメェはハルたちと楽しそうに帰りやがって!お陰で喉は痛いわ、筋肉痛だわ、どうしてくれるんだ!」
「だって、摩湖斗がテニス上手いからいけないんじゃん!教えて~とか言われちゃって~鼻の下伸ばしちゃって~。あの爽やかスタイルで行って正解だったね?またまたモテモテでしたねぇ~旦那~」
「テメェ~!」
話を聞きながら、里香ママは自分と摩湖斗の分の冷やし中華を置いた。
「まあまあ、摩湖斗。あんたは本当に良くモテるねぇ。父親譲り?まぁ、あんたの方が上をいってるけど。その坊主頭もかっこいいよねぇ。ねぇ陽子?」
陽子は横目で意地悪そうにニヤリとした。
「テメェ~少しはお世辞でカッコイイわぁとか言えねぇのかよ。他の奴は素敵~とかセクシーとか言ってくるのによ~」
「それってクラブとかにいる怪しい子たちじゃないの?まぁ、みんなに言われてるんだったら~カッコイイって当たってるよ!」
「テメェ~ムカつく~俺と勝負しろ!勝負して勝ったら俺の事褒め尽くせ!」
「はぁ?」
里香ママは二人を見て微笑んだ。
「本当の兄妹みたい。それぞれ家庭持ってもこうやって仲良く出来たらいいわねぇ」
「里香ママ、コイツは‥‥コイツは、嫁に行けるかが問題だ!こんなに強い女、もらうほうは大変だ!」
空手2段で運動神経ばっちりの妻は並大抵の男では、太刀打ちできない。それに、なにより摩湖斗がそばにいて睨まれては、陽子に近寄る男など皆無に等しい。
「うわぁ、失礼ねぇ!カッコばっかつけてる男はだめだよ!」
「テメェ~俺がどんだけモテてるか知んねぇだろ!」
「はぁ?あたしがどれだけ断ってと思ってるの?」
里香ママは二人を微笑みながら思っていた。二人にはいつまでも一緒にいて欲しいと。お互いを認め合って、お互いに大切に出来るようになってほしい。
昼食が済むと早速勝負開始。リビングで久しぶりのゲームを動かす。が‥‥。
摩湖斗はどうしても陽子に勝てない。いつまでたってもお褒めの言葉がもらえず、何時間も仲良くゲームを続けた。昨日陽子に涙を見せた事もお褒めの言葉も忘れ、日が落ちた頃、ゲームがクリアした。二人は顔をくっつけ、喜び合った。自然と肩を寄せ合い手を握りしめ、まるで無邪気な小学生に戻ったようだ。しばらく忘れていた純粋な気持ちを思い出していた。
月曜日の朝、気持ちの良い風と共に登校していた陽子は、後ろから勢いよく腕を掴まれた。腕を掴んだ主は陽子を無理矢理校庭の隅にある大きな木までくると手を離した。木陰から摩湖斗の舎弟の康太が現れ、腕を掴んだ主である陽子の親友の麻紀が康太へと歩み寄る。二人はニヤニヤと意味あり気な表情で陽子を見た。康太は相変わらずアフロの毛先を気にしているようだ。
「何よ~朝から~。見せつけるつもり?」
陽子は笑いながら怒るふりをした。
「違うよ~陽子。実はさぁ、康太と計画練ったんだぁ~」
「計画?なんの?」
陽子は不思議そうに二人を覗き込むと、康太は真剣で凛々しい表情に変わった。
「俺、やっぱり伊澤先輩と陽子先輩は一緒にいるのが一番自然だと思うっす。クラスでハブになってるような奴なんか、先輩と全然釣り合わないっす。先輩の格が下がって‥‥」
「だからさぁ。陽子たちが仲直り出来るように、夏休みに海いかない?うちらと、陽子と摩湖斗君で!2泊位~それで奈津美から取っちゃいなよ!」
「えっ?」
「だって元々は陽子が一番摩湖斗君に近い存在だったじゃん!あたし納得出来ないんだよね~。わざとらしく近づいて‥‥摩湖斗君は前にも増して怖いっつうか、いっつも恐ろしい顔してるし~いやいや付き合ってる~みたいな感じでさぁ~」
「やっ、でも、仲直りはしてるし、摩湖斗がうちに来れば嫌でも顔付き合わせるし、わざわざ旅行なんて。ほら、それより二人っきりの方がいいんじゃない?ねっ?邪魔でしょ?」
「ダメ~陽子!摩湖斗君の事ちゃんとしなくちゃ!ってゆうか~うちらだけだと~親にバレたらヤバいってゆうか~摩湖斗君の事は隠しといて、陽子が一緒だって言ったら、うちのママも即オッケーなんだけどなぁ~」
「なぁ~んだ、あたしたちダシ?」
「だって~高校生活最後の夏休みだよ~」
「だって、受験勉強‥‥」
「ママみたいな事言わないでよ~」
「ん~やっぱ君らは同じ部屋でしょ?うちら別々ならいいよ!」
「だめ、だめ!陽子たちも同じ部屋じゃなきゃ意味ないじゃん!それに料金が高く付いちゃうじゃんよ~」
「えぇ~お金なら、あたし多く出すし。勘弁してよ~」
「陽子先輩、勘弁しないっす。伊澤先輩は意外にも紳士的なところあるし、陽子先輩が嫌がることなんてしないと思うし‥‥もしヤバくなったら、女同士、麻紀ちゃんの部屋に泊まってもらっていいっす。俺、この際だから我慢するし!」
「やぁだ~、康太君カッコイイ事言ってくれるねぇ。さすが麻紀の彼氏!」
「じゃあ、決まりだね!康太から摩湖斗君に言っといて~きゃ~楽しみ~!」
麻紀は康太と手を取り合って校舎に入って行った。
半分押し切られた陽子は、憂鬱のような嬉しいような複雑な表情で二人を眺めた。ふと、この前の一瞬の事故のような出来事が頭をよぎる。唇が触れた瞬間のフワフワした気持ちを思い出すと、急に鼓動が速くなり、不安になるのだった。これは、まずい事になった。陽子は、赤面した顔を隠すため真っ青な空に向かって大きく背伸びをした。
放課後、陽子は麻紀と馴染みの店でアイスを食べていると、すぐ近くのバス停に摩湖斗と奈津美がいるのを発見した。摩湖斗は怖い顔でひと言ふた言、話し奈津美に背を向けた。ちゃんとバス停まで送っているとゆうことは、ふたりはちゃんと付き合っている証拠になる。
「あの二人変だよねぇ?どう見ても摩湖斗君のタイプに見えないし~奈津美なんか可愛くないじゃん!」
麻紀は意地悪そうに窓の通りを見ている。
「そういえば、さっき康太が摩湖斗君の了解取れたって言ってたよ!よかったね!明日みんなで相談しよう~やっぱ海って最高~だよね~」
本当に行く羽目になりそうだ。水着をどうするか。それにパジャマ、下着‥‥?陽子はわずかに緊張した。
散々麻紀とおしゃべりを楽しんだ後、陽子はその足で図書館に向かった。
「おい、陽子!何やってんだココで‥‥」
「摩湖斗?あぁ借りたCD返しに‥‥そっちこそ珍しい‥‥」
「俺だって本ぐらい読むよ。買って読むほどのもんじゃねぇし、返すのめんどくさいけど‥‥まぁ情報にはなるし‥‥だから、たまにココに来んだ」
「何借りたの?」
「『世界経済政策における企業と‥‥』」
「はぁ?なにそれ?」
「お前には分かんなくていい‥‥」
「ふ~ん、どうせ摩湖斗は頭がいいから、俺には解るって言いたいんでしょ!」
「まぁな。そうだお前、麻紀ちゃんから聞いてるか?」
「あぁ、旅行でしょ?」
陽子は少し顔を赤らめた。
「なんで俺が保護者代わりに付いて行かなきゃなんねぇんだよ!康太がいんだから平気だろう?それにお前のボディガードだってよ!お前空手2段なんだから、ボディガードなんかいらねぇよなぁ?」
ボディガード。話が違う。
「まぁ、そう言わず‥‥」
「面倒くせぇ‥‥俺は夏休みだろうが忙しんだよ!いろんな事シメなきゃなんねぇし、バラさなきゃなんねぇし。それにアゲなきゃなんねぇし、サゲなきゃなんねぇし?さらにお前、一緒の部屋とかってありえねぇだろ?‥‥マジかよ!げぇ~」
シメてバラしてアゲてサゲる?意味の分からない事をつらつら言われた後にマジかよときたら、陽子だって腹立たしくもなる。
「悪かったわね!こっちだってマジかよ、だよ!」
二人の沸点は共通し、お互いの『マジかよ』にお互いにキレた。
「あたしだって、麻紀から聞いた時はげ~って思いました!」
「お前のよだれ姿見ながら寝るのかよ~普段とギャップがありすぎて幻滅すんな!はっはっはっ!」
「くっ~。だったら可愛い彼女でも呼んで、可愛い寝顔眺めながら寝たらいんじゃない?」
「はぁ?上等だ!呼んでやる!」
短気な摩湖斗はすぐに携帯を握る。
「おう康太、俺だ!旅行にあの女呼んどけいいな!」
いきなり偉そうに用件だけ言うと電話を切った。
「あぁ、楽しみだなぁ、お前は独り寂しく部屋で楽しめよ!」
陽子も負けじと携帯をいじる。
「お前は誰呼ぶ気だよ?ハルでも呼ぶか?」
「あっ、もっし~あたし‥‥急にな話何だけどさぁ、夏休みに旅行いかない?‥‥うん‥‥うん。‥‥部屋?あたしと一緒なんだけど‥‥よかった、じゃあね!」
摩湖斗が横目で見ていると、陽子は笑って携帯を切った。
「誰?いまの‥‥」
「ん?敦志‥‥即オッケーくれた~」
「ふ~ん、良かったな!じゃあな!」
くそっ!マジ敦志かよ。あの敦志が陽子と同じ部屋で過ごすなど、摩湖斗にしては耐え難い事だ。摩湖斗の照れ隠しが裏目、裏目へ出ていく。せっかく元の良い関係になりつつあった矢先、またしても摩湖斗の失態で状況が悪い方向へと転がってしまった。