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俺とHONEYと仮と反省会

摩湖斗は、昼休みに教室に現れた。

淳志が弁当を食べ始めると、その前の席に摩湖斗は座りコーヒー牛乳のパックの穴にストローをさし、口を付ける。どんな仕草でも人目を引く容姿。日本人離れした美丈夫は、口に銜えたストローでさえ様になっている。

「淳志、陽子に幻のプリン渡してくれたかぁ?」

「渡したぁ、でも、食ってる途中でお前からだって言ったら大泣きしてさ~ありゃかなりヤバいなぁ~」

「マジかよ…お前、まだハルんとこいいんだろ?この前つけた…」

「えっ!知ってたの?でも、今日には自分の家に帰るって…んで、お前は家に来るなってさぁ。お前の顔見たくねぇんだって~ついでに俺にも、そっとしといてくれだとさぁ~超絶ショックだよ~俺と二人でいる時あんま喋らないのに、ハルがいるとニコニコしちゃってよ~。餃子の具はモロヘイヤだとかニラだとか、どっちだっていい!ってえの!まったく…翔榮と、ダブってんのかなぁ~」

摩湖斗は胸がつかえ何も言えなかった。

近くで二人の話しを聞いていた陽子の親友の麻紀は、陽子の事が心配で仕方なかった。

麻紀は摩湖斗が席を外した隙に、淳志だけ誰もいない教室に呼び出した。そして昨夜、陽子と電話で話した内容を鮮明に話して聞かせた。いつになく元気がなく泣いていた事。好きな人にフラれた事。更に誰かに監禁されていた事。切々と語る麻紀の声は次第に敦志の思考を混乱させていった。

陽子がフラれた?誰に…やはり、アイツが。アイツの事が好きだった。絶対に知りたく無かった事実。いや、知っている。ずっと前から知っていて気付かないフリをしていた。ほんのわずかな望みに期待をしていた。本当の事が怖くて、なるべくその事実から逃げるようにしていた。でも常に頭の片隅にはアイツがいて…どうにもならないアイツとゆう存在が、いつも自分を悩ませた。信頼しているアイツがいるから今の淳志がここにいて、大好きな陽子がいるからその前から逃げられない。だからどんな陽子であっても嫌いにはなれないのだ。例え違う奴を好いていたとしても、自分が陽子を好きな事は変わらない。

淳志は何も出来ないでいる自分に苛立ち、麻紀がいなくなると爆発しそうな嫉妬を、近くの椅子に向け蹴り飛ばした。


次の日、教室には無表情の陽子がいた。何度見ても無表情のままの顔に、淳志は心配で苦しく、大好きな英語の授業でさえ上の空で聞いている有様だ。

そして昼近く、摩湖斗は登校すると真っ先に陽子の席まで近づき謝った。陽子は目も合わさずに冷たい。摩湖斗は仕方なく自分の席に行くと、そこには弁当箱。

「陽子~弁当…」

「仮だから…」

「弁当、悪りぃ。さっき食ってきた!もう、仮なんていらないよ…」

「あっ、そう…」

陽子は弁当箱を手にした。すると、見計らっていたように奈津美が間に入って明るい声を出した。

「陽子、明日からあたしが作ってくるから!」

摩湖斗は奈津美を睨みつけた。

「そうゆうこと…わかった…」

陽子はボソッと呟くと弁当箱を、ただのゴミのようにゴミ箱に落とした。

弁当箱はボトッと大きな音がし、陽子は何もなかったように教室から出て行った。摩湖斗も淳志も呼び止めたが振り向きもせず、ただ真っ直ぐに廊下を進んで行く。

摩湖斗はショックだった。今までとは違う陽子の変貌ぶりに胸が張り裂けそうに傷んだ。能面のように無表情で、覇気がない。かろうじて血色が良かったのだけは体調が戻った証拠となっていた。

淳志は弁当箱を拾うと大事そうに抱え、摩湖斗への苛立ちからゴミ箱を蹴り上げた。そして近くの机に弁当箱を広げた。

摩湖斗もイラッとし淳志を睨み返す。

「おい!何食おうとしてんだよ!」

「俺が拾ったんだ!文句あっか!お前がいらねぇって言うから!陽子の気持ち、少しは考えろよ!ほらっ、タコさんウインナーにだし巻き卵、ブロッコリーの森にアンパンマンとドキンちゃんのおにぎり。それにリンゴのゼリーまで…わざわざ可愛いキャラ弁作ってきたのに…」

「マジで?可愛い…俺の好きなもんばっかじゃん。俺が食う!」

弁当箱を覗き込んだ摩湖斗もさすがに落ち込んだ。

「お前、食ってきたんだろ!」

「こんぐらい、食えるよ!かせ!」

二人が言い争う中、廊下で2年の康太が血相を変えて叫んでいた。二人は同時に康太を睨む。

「先輩!茂君たちが来ました!」


校庭の真ん中に横一列に並んだ柄の悪い男たち。一目見てパンクだとわかるビョウピアス3人と、武闘だかラッパーだか分かりずらいダボダボ黒ずくめに、ぶっといチェーンネックレス。覆面のように鼻から下をバンダナで覆った4人が、窓から覗いている生徒たちを威嚇している。

摩湖斗は校庭を見てイラっとする。

「あぁ?上等だ!」

摩湖斗に殴り込みとはいい度胸だ。丁度、誰かを殴り気分をスッキリさせたいと思っていたところだった。摩湖斗は指を鳴らし、首を大きく回した。焦る康太が腰を低くし上目使いに言った。

「先輩、ずっと延び延びになっていた反省会…今日するって…」

「あぁ、なんだぁ…つまんねぇ…そうだった。別に殴り込みでも構わねぇのに…。しょうがねぇ、屋上!」

「はいっ!」

康太は校庭を突っ切って連中を案内した。

摩湖斗は淳志を睨むと弁当を取り上げた。

「あの女連れて来い!」

「てめぇの女なんか自分で連れて行け!」

「じゃあ、弁当やんねぇ!」

摩湖斗は弁当を持ったまま屋上に向かう。その後ろをふて腐れた淳志とビクビクした奈津美が付いて行く。

屋上には生徒は勿論、めったに教師も近寄らない。綺麗に清掃され真っ白いベンチにパラソルが並んでいるのが場違いで、それがかえって摩湖斗の恐怖の空間と化していた。屋上に摩湖斗と何人かの足音が響くと、連中は凶器を構えた。だが、摩湖斗のボソッと酷く恐ろしい声が響くと、凶器を持っている手は震え誰もが地面に投げた捨てた。

「正座…」

その一言で緊張が一気に最高潮になる。連中は震えながら一列に正座をした。

「お前も!」

奈津美は7人の男たちの前に向かい合わせに正座をさせられた。下はザラザラのコンクリート。8人は俯き摩湖斗の言葉を待っていた。誰も言葉を発せられないまま、熱い日差しが容赦なく体中を照り付けた。

摩湖斗は日陰のベンチにゆっくり座ると弁当を開けた。何処からコードを引っ張ってきたのか、扇風機のスイッチをいれ、タコさんウインナーを頬張る。うめぇ。そしてドキンちゃんのおにぎりをかじる。

摩湖斗は幼い頃からアンパンマンに登場するドキンちゃんに恋してる。少し意地悪で憎たらしく、それでいてドキッとするほど可愛い…。どことなく陽子に似ている。

かじった中身は、やっぱりたらこ。うめぇ。摩湖斗は心が癒されたのか、表情が少し柔らかに変化した。

その表情を見た淳志にズルいと言わんばかりのイラついた目で訴えられ、摩湖斗はアンパンマンのおにぎりを仕方なく手渡した。淳志は一口頬張るとニヤっとする。とても分かりやすい表情には、超~うめぇと書いてある。そして中身は誰もが大好きなシャケ。

そんなトップたちの心の声を知らない連中たちの間には、緊張からくるしばらくの沈黙。それに耐えられなくなると茂が震えた声で謝った。

「黙ってろ、食事中だ…」

摩湖斗の静かな口調が不気味さを増し、男たちをビビらせた。

先に食べ終わった淳志が、茂の前にしゃがみ顔を覗く。

「ゲル~お前んとこだけじゃなく、いろんなチ~ムに声かけして監禁したのかぁ?あぁ~そうだぁ~!この前の小僧はどいつだ?」

茂はチラッと隣を見た。隣にいる聡は目をギュっとつむり地面に付くほど頭を下げ震えている。

「す、すみませんでした!」

茂は聡をかばって淳志にしがみついたが、敦志は容赦なく茂のモヒカンを鷲掴みにした。

「あ、敦志さん。すみません。俺がコイツにちゃんと教えてなかったのがいけないんです!」

「ふ~ん。そうだよなぁ~。ちゃ~んと教えとけよ~摩湖斗の相棒だって事~。俺、超~絶、傷ついたんだぞぉ~どんだけ枕ぬらしたと思ってんだよ~。パ~ルピンクの君たちはぁ~知っているよなぁ~」

左半分に正座した面々は、パールピンクじゃなくパールスピークだとも言えずひたすら頷いた。

敦志はニヤっとすると、今度は聡の頭を掴んで顔を上げさせた。聡は顔を上げすぎたせいで眩しくて目も開けられないでいると、敦志の異常なまでの丁寧な言葉に更に身を震わせた。

「初めまして、私は堀内敦志と申します。今年18歳になります。血液型はB型で、星座は天秤座です。この学校の3年A組で、出席番号は18番です。血液型と星座で私の性格を熟知しておいて下さいね。そして私の顔と声を忘れないで下さい。ちなみにこちらのトップの伊澤摩湖斗さんは、HB型のさそり座で、出席番号はありません。私と違って超優しくて、超清潔感が有りおまけに超最強ですので私の事以上にお忘れしてはいけませんよ。どうぞお気を付けて下さいね!」

聡は恐怖のあまり固まり、喋れない。敦志は目をギラギラさせ段々と怒り、怒鳴り声になった。

「おい!テメぇ~!人の名前聞いといて、反応無しかよ!自己紹介しろ!なめとんのか!おりゃ~!」

敦志は掴んだ頭を地面に叩きつけた。何度もゴンゴンと鈍い音を出し、更にザラザラのコンクリに擦り付けた。

「すみません…」

「はぁ?聞こえねぇ!自己紹介だっつてんだろ!」

髪を掴んだまま、力任せに往復ビンタを食らわす。

「す、すみません!聡です。原口聡です。O型の牡牛座です。北高1年B組出席番号は堀内さんと同じ18番です。この前は、すみませんでした!」

「さ~と~る~かぁ、じゃあ、さとぷ~。同じ18番どうし勉強頑張ろう~。夜っ露死っ苦なぁ~」

摩湖斗は食事が終わると、しらっと煙草を吸っている。

「康太、悪ぃ~お茶!敦志終わった?今のじゃ座布団やれねぇなぁ。俺がさそり座とか言って個人情報バラすんじゃねぇ!だからお前も、そこ正座!」

「はぁ?ざけんなよ~やだ!」

敦志はわざと摩湖斗の隣に胡坐をかいた。

「敦志てめぇ…俺に嘘付いただろ?ゲルもなぁ…」

摩湖斗の目は鋭く光り、敦志と茂の頭を叩いた。そして口だけニヤっとした。右手で茂のモヒカンの髪を鷲掴み、顔を奈津美に向けさせた。

「ゲル、この女だろ?」

「はい、そいつにヤレって言われて…すみませんでした…」

摩湖斗は奈津美の膝をつま先で小突いた。

「おい、お前。みんなに謝れよ。お前のせいでコイツら、俺にやられんだ!」

奈津美は、ごめんなさい、と震える声で言うと頭を深く下げた。 摩湖斗は奈津美の髪を鷲掴みにする。

「ごめんなさい。だとよ!ゲル、そんなんで許せるか?何もしてねぇ陽子に酷い事しておいて、ごめんなさいで許せるかよ!そんなんで許せたら、お巡りもヤクザもいらねぇんだよ!あっ、そういやぁ、そのヤクザってどこのどいつだ!ったく、陽子は俺らの仲間だぞ!」

「伊澤さん、俺らマジで後悔しています。本当に申し訳ありませんでした。俺ら…伊澤さんにどんなことされても仕方ありません…」

茂たちがコンクリの地面に頭を擦り付けると、摩湖斗は無表情に奈津美の頭を蹴り飛ばした。奈津美はその弾みでコンクリの地面に倒れ込み、微かに小さな声でまた奈津美は謝った。

敦志は自分の見ている光景に目を疑った。女に手を上げたことのない摩湖斗が…まさか奈津美にこんなことをするなんて思ってもみなかった。無表情の奥に住んでいる本当の怒りと、秘められた怖さを目のあたりにし、背筋が凍り付く思いにたじろいた。

急いで戻った康太がお茶を差し出すと、摩湖斗は勢いよく飲み干してしまう。そして、その缶を地面に置くと、ゴン!と思いもよらぬ大きな音に一同ビクリと体を動かし緊張が走った。

摩湖斗が端から順番に膝をつま先で小突き始めると、誰もが目を合わさないよう下を向き、嵐が過ぎるのをひたすら待った。

「お前ら…どうしたらいいかなぁ…」

摩湖斗は煙草を指に挟む。納得のいかない敦志は立ち上がり摩湖斗に食ってかかる。本当の事実は、どっちなんだ。摩湖斗が仕掛けたことなのか。あるいは、摩湖斗はただ名前を利用されただけなのか。摩湖斗を信じたい気持ちは山々である。が、しかし…。しかしだ。どっちにしろ摩湖斗絡みに違いはない。

「元凶は摩湖斗がいけないじゃねぇか!ゲルたちは悪くねぇ!お前の名前を聞いたからだろ!」

「はぁ?敦志?俺の名前にケチ付けんのか?てめぇ!」

「そうじゃねぇよ!お前…本当は現場にいたんだろ!本当は路地裏でこの女に指示出してたんじゃねぇのかよ!お前の言う事は絶対だ!だからこんな事になったんだろ!」

「何を、グダグダ言ってんだ。路地裏になんかいねぇよ!」

「嘘だ!ゲルが見たって!制服着て真っ赤なバック持ったまま煙草ふかしてたって!」

「そんなもん俺じゃねぇ。俺がいつまでもヘタレ校の制服なんか着てウロウロすんわけねぇだろ!それに真っ赤なケリーバックは飽きたからずいぶん前に使用人にやったよ。おい、お前…」

摩湖斗は勢いよく振り向いた。奈津美は消えそうなほど小さな声で謝った。

「ごめんなさい…伊澤君の偽者…」

「なんだって?てめぇ!洒落になんねぇ!じゃあゲルは、俺と知らねぇ誰かと見間違えたんか!」

「ゲルたちはお前だと思って、言葉に従っただけだ!」

「従った?ならなんで報告してこねぇ。お前ら"ほうれんそう"って知ってるか?敦志はガキん時から一緒だから知ってるよなぁ」

「そんなの~知ってるに決まってんだろ~」

敦志は、あっそうか。と言う顔をして茂たちの前に立った。

「ゲル。小学校で習っただろぅ?」

茂たちは訳が分からず、お互いの顔を見合わせた。この緊張感の中で意味のわからない話しになっただけでも多少の恐怖から逃げられた気になる。それを見ていた敦志はイラつき、茂たちの頭を順番に叩いた。

「お前ら、ほう、れん、そう、も、知らないのかよ!小学校ん時、避難訓練出たことあんだろぅ?」

摩湖斗は真剣な顔で茂を見ている。その表情は怒っているようにも、楽しんでいるようにも見える。摩湖斗は煙草を銜えたまま、両手で髪をかき上げた。そして眉間にシワを寄せ低い声で静かに言った。

「報告、連絡、相談。頭文字をとって報連相だ、覚えとけ!お前らそれを一つもしなかった。どれか一つでもしていたら…。陽子に嫌な思いさせずに済んだだろ!って事で、お前らみんなその自慢の頭…坊主にしろ!坊主にして陽子にワビ入れろ!まぁ。坊主のパンクも悪くねぇだろぅ?」

摩湖斗のいつになく優しい言葉に茂たちは耳を疑った。そして涙ぐむ者もいる。

あの、いつまでも止まない強烈なパンチを浴びせられ、のたうち回らなければいけないと思っていた。これが本当であれば坊主だけで済む。苦しい傷を負わなくてもいいのだ。摩湖斗の言葉に感謝さえ覚えることが出来る。

「俺さぁ、敦志みたいに血~出すの、もうあきたんだわぁ。殴ると俺の手~痛くなるし。それに寝不足だから超疲れそうだし?坊主で許してやる。次は…ねえ!」

摩湖斗は奈津美の方を振り向き睨みつける。

「でも、コイツは許さねぇ。ゲル、コイツ…陽子と同じ条件で監禁しろ。4日だったな!コイツにはサービスで一週間。両端の2人、連れて行け!」

両腕を掴まれ引きずられて行く奈津美を鬼のような形相で睨みながら、摩湖斗は聡の頭を擦った。痛々しい額に触れないように気を付けながら。

「それにしても、さとぷ~痛そうだなぁ。保健室寄って帰れ。敦志、責任持って可愛がってやれよ!」

「オッケ~じゃあ~帰りにスウィ~ツおごってやっからよ~怖がるなよ~さとぷ~」

摩湖斗と敦志はにこやかになり始めたが、茂たちはまだ緊張していた。摩湖斗たちの姿が見えなくなるまでは油断出来ない。いつどんな些細な事で機嫌を損ねるかわからない。

摩湖斗の「起立!解散!」の言葉が早いか、陽子が走って屋上に現れた。

みんなの視線が陽子に向けられる。陽子は聡の傷を見ると真っ赤になり聡の前にいた摩湖斗を睨んだ。

「ちょっと!何やってんの!何よ、この鉄パイプ!もうやめて!」

「あぁ、陽子。もう終わり。陽子…本当に悪かったなぁ…」

摩湖斗が陽子の肩に手を置こうとすると、陽子は一瞬泣きそうな顔になり後ずさりした。摩湖斗だけには触られたくない。そんな思いが摩湖斗にも伝わってきた。

摩湖斗は、まるで他人のように冷たい目をする陽子にうろたえた。

「もう、終わりって、聡君血が出てるじゃない!」

「コイツは敦志が…」

「みんなは悪くない!全部伊澤さんが悪いのよ!」

「陽子なんだよ!、お前…」

「もう、あたしに関わらないで!あたしの名前も、もう呼ばないで…」

茂たちは必死で摩湖斗をかばい、陽子を取り囲んだ。

「陽子さん、伊澤さんは悪くないんっす。俺らが勝手に勘違いして…」

「茂君、いいのよ。そう言えって言われたんでしょ?もう、どうでもいい。あたしには関係ないから…」

陽子は悲しい顔で走っていなくなった。

摩湖斗はショックでその場に立ち尽くした。伊澤さんと呼ばれ、まるで知らない他人になってしまった。陽子の冷たく悲しい目を思いだすと胸がつまり、苦しくてどうすることも出来ない。どんな言葉をかければ元の陽子に戻ってくれるのだろう。陽子の心はもう、幽閉されている。

摩湖斗の心は傷つき、陽子を思えば思うほど熱く高鳴る気持ちを持て余し、自分の愚かさと弱さを実感する。どんなに陽子を想っても、笑顔の陽子のもとに帰ることが出来ないのだろうか。陽子の優しく微笑む姿を欲してはいけないのだろうか。


あの忌々しい事件以降、放課後の校門には毎日違う男子が陽子の帰りを待っている。初めは、茂たちがお詫びのつもりで遊びに連れて行っていたようだった。だが、次第に他のクラスの生徒や他校の生徒、スーツ姿の若い男までもが待つようになった。

敦志は教室の窓から校門を眺め、寂しそうに摩湖斗に話しかけた。

「なぁ、摩湖斗~。また違う奴が来てるぜ~。お前に女が出来たってゆう噂がたってさぁ~陽子からお前の呪縛解けたとたん、これかよ!スゲェ~なぁ~陽子。超~モテモテじゃ~ん!いいなぁ~陽子と遊びてぇなぁ~」

「俺だって…何が、女だ!脅迫するような女、違げぇだろ!」

「でも、付き合ってんだろ?」

「しょうがねぇだろ!陽子に何かあったら今度こそ洒落になんねぇし…俺だって…組の若頭のガキじゃなきゃ、とっとと始末付けるって!」

「えっ?なんだって?奈津美が若頭の子供?」

「あぁ、調査の結果見たら、どうやらアイツの母ちゃんの浮気相手が青木…若頭…だそうだ。青木とはあんま、関わりたくねぇ…」

「うっそだろ?監禁とかバレたらマジやばくね?お前強姦しそうになったんだろ?」

「そんなの適当こいときゃチョロイって…ん~もう~そんなのどうでもいいよ!青木シメりゃいいんだろ?」

「シメるって…。簡単に~ヤクザだろ~?」

「それよか決めた!俺…坊主にする。ちゃんと陽子にワビ入れに行くよ!」

「えっ、マジ?お前が坊主?じゃあ俺もしなきゃじゃん。よし、うちの母ちゃんにやってもらおう~俺ら坊主で登場したら~少しは笑ってくれるかなぁ~。でも、坊主かぁ~やだなぁ~」

「イヤならするな!俺はどんな事してでも陽子の笑顔が見たい…」

自分に向かって話しかけてほしい。前のような関係に戻りたい。


その日、陽子がいつものように学校帰りに遊んで帰ると、自分の部屋の明かりが付いていた。そしてドアを開けると正座をした摩湖斗と敦志が無言で待っていた。二人は陽子の姿を見ると真剣な顔で、坊主頭を床にくっつけ深くお辞儀をした。

摩湖斗は陽子のつま先を見つめ、落ち着いた口調で謝った。

「陽子、ごめん。嫌な思いをさせて本当に悪かった。許してくれ…」

陽子は二人の頭を何度も確認するように交互に見た。

「ぷっ。やだぁ~2人とも。その頭どうしたの?ふっふっ」

摩湖斗は赤面したまま陽子の笑った顔を見た。笑顔の陽子はやはり可愛いかった。

「陽子~俺ら反省してる~」

陽子は敦志の頭に手を乗せた。

「敦志だって、全然悪い事してないし。もう、いいって。こんなに短くして…可愛い~」

敦志は陽子が頭を撫でたことで、陽子の氷のような気持ちが溶け始めたと感じ嬉しそうにした。

「じゃあ、明日は俺が校門で待っててもいい?」

「明日はダメ…先約がある…また…」

「じゃあ、いつならいい?」

「そのうち…」

摩湖斗は二人の話を無言で聞いていた。やはり許してくれないのか。敦志は口を尖らせ不満そうだ。

「陽子、せっかく俺らがゲルたちと同じ坊主にしてまで反省してるって言ってんのに、冷たくねぇか?」

「じゃあ、これ以上なんて言ったらいいの?あんた達と…関わりたくないって言ったらいいの?あたしだって色々あんのよ!そのうち、としか言えないよ!」

「俺…俺…陽子と遊びたいよ…」

敦志はヒクヒク泣き始めた。陽子に完全に嫌われている。いつも余裕にしている摩湖斗でさえ泣きたかった。辛かった。もう陽子の側にいることは出来ない。そして陽子はどんどん何処か遠くに離れて行ってしまうのか。そして、摩湖斗の事など忘れさられてしまうのだろうか。

「やだぁ、敦志。泣かないでよ~。分かったから。じゃあ…」

陽子はバックからスケジュール帳を出し、ページをめくり少し考えてから仕方なさそうに言った。

「じゃあ、来週の金曜日。それならいいでしょ?」

陽子の返事を聞いた摩湖斗はまた悲しくなった。まだ月曜日だとゆうのに、来週まで予定が詰まっている。本当に陽子は離れて行ってしまいそうで辛かった。摩湖斗は眉を寄せ涙が出てくるのをぐっと我慢した。

隣で敦志は愛しの陽子との予定にケロっと泣き止んでいる。

「わかった。じゃあ金曜日な!何処行く?次の日休みだから、ちょっとくらい遅くなってもいいよなぁ!」

「ごめん、あまり遅くなれない…次の日、朝から予定があって…」

土曜日に予定…もう聞きたくない。何も言えないでいる摩湖斗はその場にいることすら出来なくなり部屋を勢いよく飛び出した。

「おい、摩湖斗~何処行くんだよ~」

「ごめんね、敦志。あたし二人とも悪くないの知ってるよ。だからあの人にも伝えて。ちゃんと反省した坊主君見ましたって。許してますって。お願いね…」

「おう、わかったよ。じゃあ、また明日」

陽子は摩湖斗と顔を合わせるのが辛くてたまらなかった。自分の想いも伝えられないままフラれ、どうすることも出来ない想いで相手の顔を見るとたまらなく胸が張り裂けそうになった。敦志の顔を見るといつも一緒にいる摩湖斗の事を思い出してしまう。だから…敦志にもつい、冷たく接してしまうのだ。

摩湖斗が奈津美と付き合っているとゆう噂は当然陽子の耳にも入る。今まで摩湖斗が遊んでいた女の子とも自分とも、まったくタイプの違うだらしがないタイプの女の子と正式に付き合っていると知ったときのショック。自分を全否定されたような感覚に陥った。潔癖症に近い摩湖斗は正反対にいるような奈津美に惹かれている。今まで正式な彼女を作らなかった摩湖斗が校内中に奈津美の存在を知らしめた。それを知った時、陽子はきっぱり摩湖斗のことを忘れようと決意した。

摩湖斗の机には毎日奈津美からの弁当が置かれ、いつも摩湖斗の後ろにくっついて歩いている。摩湖斗のコーヒーを買いに走り、脱いだ靴を下駄箱にしまう。

それを見ながら、陽子は毎日心が痛んだ。本当に胸が張り裂けてしまいそうなのを必死で堪えていた。

そして、そんな陽子を陰から見ている敦志も辛かった。振り向いてもくれない相手に、心が完全に向いている自分が哀れで惨めだと思った。でも、どうしようもない想いだけが込み上げてくる現実を、今はただ、ただ堪え受け止めるしかなかった。

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