表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

第六章

 翌日、萌葱の席に彼女の姿はなかった。

 それならば彼女はいったいどこでどうしている? あのとき見せた泣き顔が頭をよぎる。こうしている間もあいつは……。

「雫……」

「ああ委員長、昨日は先にフケちまってすまなかったな」

「構わぬよ。用事は無事済んだのか?」

「それは……まあ」

 何とも答えられない。言って説明できるかどうかもわからないし、何よりこれ以上関係者を増やしたくない。

「ふむ。信太萌葱は今日は休みか……おぬし、何か心当たりは?」

「……なくも、ない……けど」

「ふむ……」

 これは困った、という表情の柑子。くそっ、何もかも答えられない。せっかく心配してくれているのに無碍に扱ってしまっているようで心苦しい。

「一人で何か抱え込んではおらぬじゃろうな?」

「いや、一人じゃない」

 一応大角豆と朱理、そして多分あのカタナ女も協力してくれるだろう。

「そうか、ならば安心じゃ」

 存外あっさりと、にっこり笑って自分の席に戻っていった。



 顔でも洗ってスッキリするか、と廊下に出ると、

「雫銀四郎君」

「?……何か用ッスか」

 見知らぬ男子生徒に呼び止められた。いや、見たことあるぞ……入学式のとき壇上でリア充オーラを振りまいていた男、生徒会長だ。

「僕は三年の中村というのだがね」

 その嫌みったらしい声色は、どこか別の場所で聞き覚えがあった。

「へぇ、俺に何か? 中村センパイ」

 全身に緊張感が走る……こいつは邪悪な臭いがする。獣の嗅覚がそう告げる。

「まあまあそう怖い顔せずに。ちょっと屋上まで顔を貸してくれないか? いや、別に荒っぽいことをするつもりはないよ、聞かれたくない話があるもんでね」

「そッスか」

 おとなしく中村センパイについて屋上へ向かう。

 顔を貸せ、か、懐かしい響きもあるな。まあ大勢に取り囲まれて袋にされたところで痛くも痒くもなかったけどな。でも、今のこの場合、もっと別の注意が必要だろう。例えば……。

 屋上に出ると、中村はこう切り出した。

「噂によると、君は何か特別な力を持っているらしいね」

 噂……ねぇ。わざとらしい。

「それは噂ですよ噂、俺は善良な一般生徒ですわ」

「ほう、両腕両脚を撃ち抜かれても、次の日にはこうしてケロッとした顔で学校に来られる……というのも噂に過ぎないのかな?」

 まぁ、そう来るとは思っていた。中村は昨日の覆面男と背格好が似ている。それ以前に声があいつそのものじゃないか。

「てめぇ……」

 ここで仕掛けてくるか? 咄嗟に一歩退き、身を構える。

「そう恐い顔しないでくれよ。昨日は少し強引だったが、僕たちは君の敵じゃない」

 大げさな演劇調で両手を広げ、作り笑顔を浮かべる中村。ったく、いちいち癇にさわる奴だ。

「少しだと? めちゃくちゃ強引だったじゃねーか」

「そのことについては謝罪する。でだ」

 ぱっと嫌みったらしく口元を歪め、

「改めて僕らのところに来て欲しい。君だってその力を持て余しているんだろう? 昨日も言った通りうちに来ればその力、最大限に発揮できるんだよ」

 またオーバーアクションで右手を俺に差し出す。リア充代表だと思ってたのに、とんだ演技性ナルシシストだよ。

 もちろん俺の答えは、

「断る」

 それは相手も想定内と見えて、

「もちろんタダとは言わない。君のそう……大切なお姫様を自由にしてその後の生活の援助をしてあげることだって出来る」

 お姫様……ってガラでもないが萌葱のことだな。

「それでも断ったら?」

「んー、彼女には引き続き君の代わりに僕らに協力してもらうことになるかな。もっとも……データは取り尽してあるんで、せいぜい頑丈な身体で今後の実験のサンドバッグ役を担ってもらうくらいだけどね」

「この野郎……」

「まあ焦る必要はないさ、君の気が向くまでいつまでも待つつもりだよ。それまでは彼女に頑張ってもらうだけさ」

「…………」

「いい返事を期待してるよ、狼男君」

 中村はくるりと優雅に反転してその場を去り、俺はぎりぎりと歯ぎしりする。たぶん牙を剥き出しにしているだろう。

 見捨てても良い。事の顛末を知らぬ者は誰も非難などしないだろう。別に萌葱は家族でも恋人でもなんでもない。ただ中学が一緒だったというだけの知り合いだ。

 でも、クラスメイトで友達だ。無縁どころじゃない、今の俺の世界を構築している大事な登場人物だ。

 と、俺が思いつめた顔をして佇んでいると、

「よっと」

 掛け声とともに上から女生徒が降ってきた。落下傘のようにふわりと広がったスカートから、もう少しで下着が見えそうだった。惜しい……じゃない!

「お、おま、どんな登場の仕方すんだよ! びっくりするじゃねーか!」

「グッと来た? 落下系ヒロインって奴」

 眼鏡をクイッと直しながらドヤ顔の女の子。地味なセルフレームの眼鏡に地味な三つ編み、野暮ったい長めのスカートに学校指定から一ミリも外れていない白のソックス、花室朱理だ。ただひとつ、優等生スタイルから浮いて見える金属製のゴツイ腕輪が異彩を放っている。

 確かに落下して登場したけど、なんか違うよなぁ、そもそも自分でヒロイン言うか?

「それより聞いたぜ友達、どうすんだ?」

 聞いてたのかよ。ったく壁に耳あり障子に目あり、給水棟の上には鬼ありだ。

「どうすんだって……そりゃ……」

 返答に詰まる。わからない、どうすりゃいいのか全く。

「行くんだろ? カチコミ」

 ぱん、と拳と手のひらを打ち合わせて朱理が言う。ものすごく良い表情をしている。うわぁ、こいつは喧嘩が楽しくて仕方ないってタイプだよ。見た目は文化系図書委員風なのに。

 しかしこの単純明快な思考回路は羨ましくもある。いちいち悩んでいた自分の矮小さが笑えるな。そうだよ、せっかく力があるんだから、実力行使だって立派な解決方法だろ?

「あいつらぶっ飛ばして友達を助けたら、こんどはあたしたちの友情を確かめようぜ、友達」

「お前さあ、友達って単語が多すぎて誰が誰だかわかんねーよ。名前で呼べ名前で」

「ふむ、雫……いや銀四郎……それも長いな……じゃあギン」

「オーケー。つーか友情を確かめるって」

 拳をくるくる回しながら。

「こいつだよこいつ」

 カチコミも友情確認もやり方同じじゃねーかよ! 頭ン中は殴り合いしか無いのか!?

「ったく、簡単に言ってくれるぜ。だいたいどこの誰だか、どこに居るのかもわかんねぇ」

「そういうことは頭脳労働のあいつに任せてあるから」

「大角豆ぃ? 頭脳労働っていうか何もしてないだけだろ」

「聞き捨てならねえな、雫、なんならここで決着付けるか? おお?」

 階段の鉄扉がギィと開き、目つきの悪いチビが姿を見せる。

「お前まで来てたのかよ」

「すまねぇな、雫」

 急に頭を下げる大角豆。

「お前、何か悪いもんでも食ったのか?」

「ちげぇよ、これは元々俺らのミスだ。お前のことはマークしてたんだけど、まさか信太が絡んでくるとは……情報に穴があった、すまん」

「だからとっとと斬っておくべきだった」

「うわっ!」

 背後からゆらり、と現れたのは例のバカ強い脱ぎ女であった。

 おいぃ、全く気配を感じさせなかったぞ……背筋にぞくっとした感覚が走る。

「心臓に悪い奴だな……」

「このくらいの気配も察知できないとは、狼男も噂先行ってところかな?」

 むかっ。

「自己紹介が遅れたね。D組の真鍋藤まなべ・ふじだ。お姉ちゃんと呼んでもいいんだぞ☆」

 やっと名前出てきたよ。つーか何言ってんだコイツは。

「改めてよろしく、真鍋さん」

「藤でいいよ。君たちのようなネイティブじゃないけどね」

 竹刀袋をこんこんと床に突きながら言う。てゆーか竹刀じゃなくて真剣が入ってるんだろうな。あの異形の長剣が。

「大角豆、ネイティブって?」

「んー、お前や朱理みたいな生まれながらの化け物のこと」

 あー、もうデリカシーの欠片も無く化け物呼ばわりだよコイツ。

 朱理は慣れているらしく腕組みをしてムフーとドヤ顔だ。いや、なぜにドヤ顔。

「で、信太みたいな人工的なのは区別してプロダクタっつーの」

 なるほど、専門家が使う符牒がいろいろあるのか。

「私らはタツジンといって、中身は普通の人間だ」

 藤が口を挟む。普通の人間だって? あの長刀を振り回す化け物じみた強さ、どう見ても普通じゃねぇだろ。

「俺様も普通の人間だが超能力者だ。専門用語でアビリタ」

 ああ、妖怪アンテナね。その程度は普通の人間と言っていいな。この面子と並ぶと。

「で、場所の見当はついてるのか?」

「俺様を誰だと思ってる」

「目つきの悪いチビ」

「クックック、矢張りここで決着をつけなきゃならねぇようだなべばぼッ」

 藤が鞘でポカリと大角豆の頭頂部を小突く。

「なにしやがんだてめぇ、これ以上背が伸びなくなったら、痛っ、痛っ、ごめんなさいっ」

 もうそれ以上伸びないから心配することないぞ。

「話の腰を折るな、要点を簡潔に言いたまえ」

「ちぇっ、わかったよわかりましたよ。奴らの研究所は町のはずれにあるセメント工場だ」

「確かなのか?」

「ああ、俺を誰だと……あ、ごめんなさい叩かないで」

 リーダー面してるけど、大角豆って尻に敷かれるタイプなんだな。

「今夜はいっちょ、暴れるぜ~」

 そして、心底楽しそうな朱理であった。この女、目的とかどうでもいいんだな。

 やれやれ……心強いというか気が抜けるというか、奇妙な連中だぜ。



◆◆◆



 大角豆の案内で目的地に着いた頃には日も沈み、夜の帳が下りていた。東の空には昇ったばかりのオレンジ色の月が見える。

「腕が鳴るぅぅ」

 三つ編みをほどき、ウェーブした髪がバーバリアンといった風貌の朱理。腕には例のごっつい金属性のブレスレッド……よくよく考えてみるとあれ、拘束用の腕輪じゃないのか。

 藤は竹刀袋を外した長刀を手に、眠そうな顔をしてぬぼーっと立っている。やる気の無さそうな顔に見えるが逆だ。学校ではもう少し生気のある顔だったのに対し、昨日超絶剣技を見せたときにはこんな目をしていた。殺気の欠片も感じさせないのが却って恐ろしい。

「さて、来たはいいけどどうするかな。アポなし訪問ってのも失礼かもしれんな」

 腕組みをして大角豆。

 てゆーか自称頭脳労働のくせにノープランかよ!

「決まってんじゃん」

「こうするんだ」

 朱理が拳を振りあげると同時に藤も刀を抜く。

 切り取られた門扉が派手に吹っ飛ぶ。

「カチコミは正面から、だろ?」

「集まってくれた方が手間が省ける」

 あ、脳筋なんだこの子たち。

 俺は納得した。

「あのさあ、お前のチームさあ……」

「みなまで言うな、武士の情けと思って」

「ほら、お出迎えが来たぜ」

 轟音を聞きつけて警備員らしき連中がわらわらと出てきた。手に手に武器を持ち、カタギとは明らかに違うのがすぐにわかる。

 満月の下、大立ち回りが始まる。

 先陣を切ったのは異様な長刀を操る剣士、真鍋藤だった。

「ひふみよいむなやこと……秘剣、流星群ながれほしのむれ

 一閃しただけで集団が足をもつれさせてその場に倒れる。全員が右足太もも、同じ部分に傷を負っていた。やべぇ……俺が言うのも何だが、とんでもねぇバケモンだ。敵にしたら成す術も無く狩られてしまうかもしれん。コイツにだけは逆らわないようにしよう、いくら超回復力があっても細切れにされるのは御免だからな。

 だいたいその歳で、どこでどうやってその技術を身につけたんだ。異能ではないと言っていたがそれ以外の理由が俺には思いつかなかった。

「先に行きたまえ」

 刀を振いながら相変わらず眠そうに藤が言う。確かに、この程度の雑魚は彼女ひとりで十分な気がする。

「おいおい、自分だけ楽しむ気かよ?」

 まだ動いていない朱理が訝しむ。見えたそばから藤が迎撃しているので出番が無い。

「奥に行けばさらに強い敵がいるぞ。そいつは譲る、頼んだよ」

「なるほど! よし任せろ! 行くぞ銀、拝」

 あー、馬鹿なんだなこの鬼娘。

「たぶんあの建物だ」

 奥まったところにあるひときわ大きな建物を指差して大角豆。

「本当か?」

「いやホント、俺これしか能がないんだから、信じてくれよ~」

 半泣きの大角豆。

「そ~れ、ごめんくださいっ!」

 朱理の前には施錠など無意味なんだな。

 派手な音を立てて扉が吹き飛ぶ。

 大きなフロアには何に使うか見当もつかない機械類が所狭しと並んでいた。唯一わかりそうなのは制御端末らしきラップトップコンピューターくらいだ。

 その機械に囲まれた中心に中村はいた。今回は覆面などかぶらず、ご丁寧に学生服のままだ。

「来てくれましたね、雫君」

「来てやったぜ、中村センパイ」

「ノックにしちゃ、いささか乱暴だったねぇ」

「礼儀作法には疎くてね」

「構いませんよ」

「不作法ついでに、萌葱は連れて帰るぜ」

「どうぞご自由に、と言いたいところですが、せっかく来てもらったのですから、そこの鬼と一緒に身柄をお預かりしましょう」

 入り口から武器を持った連中がなだれ込む。

「やっとアタシの出番だな。銀、こいつらは任せろ」

 ボキボキと指を鳴らして朱理。任せて大丈夫だろう。

「頼んだ」

 大角豆の姿は見えない。まあ乱戦では役立たずだ、隠れててもらった方がありがたい。

「さて、こちらも、予算を無駄にすると何かとうるさいのでね、もうひと働きしてもらいますよ」

 中村がが端末のキーを押すと、ばきんっ! 部屋の奥で金属の外れる音がした。

 この威圧感……あの時の攻撃形態の萌葱か。

「まだ戦わせる気かよ!」

「戦わせるも何も、もはや理性を失ってましてねぇ、拘束しておくのも大変なのですよ、ふふふ」

「ぐるるるる……」

 人虎となった萌葱、2メートル近いその体躯は全身に虎縞の毛が生え、人体にネコ科のしなやかさを掛け合わせたような、異形の姿をしている。手には鋭い爪、獣化した頭部には凶悪な牙、そしてその瞳には……何故か悲しい色が見えた。

「さあ、どうぞ、説得するなり殺すなり、なんとかしてくださいよ、王子様。はっはっは!」

 チクショウ、どうする? どうすればいい?

「おい信太っち! 俺の声が聞こえるか? 銀四朗だ……うわっ」

 虎の爪を刹那でかわす。



◆◆◆



 暗く、冷たい。視界の現実感がまるで無い。

 わたしはここで何をしているんだろう? ……わたしって誰?

 冷たい身体から燃えるような憎悪が噴き出し続けている。

 そうか、わたしは世界を憎悪していたのね。壊れちゃえ、みんなみんな嫌い、壊れちゃえ。

 憎悪の炎が燃え盛るほどにわたしの身体は冷たくなっていく。

 目の前の男の子、何か必死で訴えかけているけど、その声は聞こえない。

 誰だっけ? いつか見たことあるような気がするのだけれど、きっと彼もこの世界の一部。

 あなたも他のみんなと一緒、わたしのこと嫌いなのね。ほら、早く砕けちゃいなさいよ。もう、本当にウザい。



◆◆◆


 防戦一方じゃらちが開かない。

 必死に呼びかけを続けるが、我を失った萌葱の耳に届いているのかもわからない。

 そこに、外の敵を片づけ終わったらしい藤が駆けつけ、

「こうなったら、もう駆除するしかないな……」

 萌葱の姿を見るなりそんな非情なことを言う。待ってくれ!

「駆除って、何言ってんだ真鍋!」

「無害ならありのままに、だが人に危害を加えるようなら……どちらを優先するかわかるだろう?」

 藤が刀を構える。

「やめろ!」

「どけ……ひとつ、秘剣、明星あけのほし

 どふっ! 長刀が神速の動きで突き出され心臓を貫く。

 ──ただし、俺の。

「がふっ……やめろっつってんだ、ろ……」

 痛ぇ……痛ぇを通り越して冷たい。氷のような刃に貫かれ、さすがの俺の心臓も動きを停止させようとしている。

「雫! な、なぜ……」

 藤が震える手で刀を引き抜くと、赤黒い血が噴水のように吹き出した。

「すげぇな、お前の剣筋……は……」

「こんなつもりは……私は……」

 非情の剣士の顔が曇る。いつも淡々としてるのに、こんな顔も出来るんだな。

「悪ぃ。気にすんな……でもそれだけは認められねぇ……ぐはっ」

 ドバドバ血が出ている。口からも吐いている。さすがにこりゃヤベェかもしれないな。


◆◆◆



 ああ……ああ……目の前で見覚えのある男の子の胸から血が噴き出ている。

 どうしてわたしの盾になって、わたしなんかのためにこのひとは死にかけているのだろう。

 いやだ……こんな結末いやだ……裏切られたとわかってもわたしのことを信じてくれた、イジメるどころか守ってくれた彼が死んでしまうなんて……そんな結末もう……。

 どす黒い感情がスッと引いていくのがわかる。もう嫌……こんな思いをしたくない。



◆◆◆



 萌葱の身体が仄かな光を放ち、徐々に体躯が元の大きさに戻っていく。爪も牙も引っ込み、体毛も消え、白い肌が……。

「銀さん! 銀さん! 死んじゃだめぇぇっ!!」

 裸のまま俺にしがみつく萌葱。つつましいながらも女の子らしい二つのふくらみが背中に当たって……、

 ブーッ!

 胸の傷ではなく、鼻血が勢いよく吹き出す。

「い、いや、大丈夫だからほら……傷も塞がって」

 満月でよかった。出血はかなりのもんだが俺の心臓は元気に鼓動を始めている。

「それよりも……ほら」

 学生服の上着を萌葱の頭から被せる。

「ウブな男子高校生にはちょっと刺激的すぎるぜ。血だらけだけど我慢してくれよ」

「うん……ありがとう」

 萌葱は肩から羽織りなおして前のボタンを一つ二つ閉めて胸を隠し、ようやく直視できるようになった。

「ふ、ふふ、ふふふ、私はこうなることを見越していたんだよ」

 真鍋もほっとしたような表情で虚勢を張る。いやアンタ、マジ殺ししようとしてたんじゃね?

「思った以上に出鱈目な身体だな、おめーはよ」

「俺もさすがに心臓を刺されたことはないからここまでとは……」

 大角豆の言葉に全面的に同意するわ。

 自分でもビビる。人狼の不死身力は半端ねぇな。これはあいつらも欲しがるわけだよ。

「なんで来たの……私なんか……私なんかのためにっ!」

「言っただろ? 困ったときはいつでも呼んでくれ、って」

 俺はそう言って、指をそろえたピースサインをこめかみの付近に当ててスッと手首を振る。



「驚きですね……」

 傍観していた中村ですら驚愕している。

「中村センパイ、お姫様は返してもらうぜ、もうアンタの手札は残ってねぇだろ? 帰って上司なりお大臣様なりに報告するんだな」

「お姫様だなんて……そんな」

 萌葱が自らの肩をギュッと掴み真っ赤になって俯く。

「そうしたいのは山々ですが、ここまでのものを見せられては……ますます手ぶらで帰るわけにはいきませんね。むしろチャンスとも言える」

「まだやる気かよ……」

「もっとも、僕には後がないんでね。持つ者である君にはわからないだろうけれど」

 持つ者? この一族の力のことか。化け物並みにケンカが強くても、せいぜい格闘家か用心棒。安定した人生を送るには何の役にも立たないんだよなぁ。イケメンで頭が良くてコミュニケーション能力が高い、とかの方が余程現代社会では有用だろう。

「アンタだって、生徒会長になれるくらいなんだから持ってるんだろ? 人望なりルックスなり成績なり」

「そんな表層的なもの、何の価値も無い。僕は生まれながらの力が欲しかった……君が心底羨ましい。むしろ憎い」

 ルックスは生まれながらのものだと思うが、それ以外には文句の一つも言いたくなる。

「こンの野郎。俺が必死になってアンタの言う表層的なものを求めているっつーのに。価値が無い、だと?」

「ふっ……人間誰しも自分に無いものを求める、か。皮肉だが僕と君、ネガ写真のように互いに丁度必要なものを持っていたわけだな。だが……君を超えて、そんな才能は僕が求めていたレベルじゃないことを証明してやる」

 萌葱を餌にした卑劣漢のくせに、なかなか骨があるじゃん。最初からそうしてれば良かったのにさ。それだけ必死だったということか。でもやっぱりどんな理由があろうとも女の子をあんな風に扱う奴は許せん、仕置く。

「他人の土俵に上がって勝負しようっていう根性は認めるけど、俺は強いぜ?」

「圧倒的有利で余裕みたいですが……切り札は、まだあるんですよ?」

 と言って中村が手にしたリモコンのスイッチを押すと、全身がガチャガチャと機械に覆われていく。

 な、なんじゃこりゃ……アイアンマンのパクリか?

 ガシャン、と顔全体を覆うマスクが装着される。

「パワードスーツ!」

 金属製の光沢を放つ鎧で、二回りほど大きくなった中村。

「どうかな化け物君。我が国の技術はここまで来ているのだよ」

 びっくりだぜ……俺はてっきり搭乗型ロボットの方向に進むと思ってたのに全身鎧かよ。

「ずいぶんアメコミチックなコスプレじゃねーか? コミコンにでも行った方がウケいいんじゃねーの?」

 つい口をついた俺の挑発など意にも介さず、

「ふふふ、戦車砲の直撃にも耐えうるこの鎧。君程度の力じゃ傷もつけられないと思うけれどね」

 薄さから見て複合素材のハイブリッド装甲か。殴ったらこっちの拳がいかれちまうな。でも中にいるのは普通の人間だ……限界はある!

「それじゃまぁ、ストレスも溜まってるんでお仕置きしますか……覚悟しろよ中村センパイ! 世の中には機械ですら敵わない、強い奴はいくらでもいるって教えてやるよ」

 藤の超絶剣技のことを思い浮かべる。世の中マジで広いぜ。

「舐めた口を引き裂いてやる。力の違いを思い知るがいい」

 プシューと全身から排気をしてから、低い駆動音を発して鎧が動き出す。

「お前ら、手出しするなよ?」

 朱理や藤に向かって宣言する。大角豆はどうせ何もしないので念を押すまでも無い。

「ああ、ガチンコに手を出すほど野暮じゃないぜ?」

 朱理は腕を組み仁王立ちして楽しそうに見守っている。藤も刀を鞘に納めた。

「萌葱……お前の鎖を、狼の牙がここで断ち切るぜ!」

「銀さん……うん! お願い!」

「ふはははは! 我が国の技術力は世界一ィィ!」

 人間離れした速度でメタリックな鎧が向かってくる。

 まともに受けたら超回復を持ってしても行動不能は避けられない。そしてまともに殴っても装甲は貫けない。

 狙うは……中の人体組織。

 軽く身をかわし、振ってきた腕に手を添え、力のベクトルを変えずに自分のスピードを加算する。速度を増した鋼鉄の拳が空を切り、壁に激突するとちょっとしたクレーターが誕生した。なるほど大した威力だが、

「か、肩が……うぐぁっ……!」

 そりゃあれだけ重そうなものをあの速度で動かすんだもの。外側の機械はともかく、中に乗ってる人間が耐えられるわけがない。技術の進歩も穴だらけだな。

 ……しかし、そういうことか。今理解した。あのパワードスーツの中身が俺並みの耐久力だったら。人間を超えたパワーを十二分に引き出せるってわけだ。

「それ、俺にくれね?」

「ばっ、馬鹿を言うな……これ一台で調達に150億、年間維持費8億もかかるんだ」

 無駄なロマンに無駄金をつぎ込む姿勢は嫌いじゃない。どちらかといえば搭乗型ロボットの方が好みなんだが。

「そうか、それだけもらっても8億も払えないしな。じゃあやっぱりいらねーや」

「ふざけるな!」

 生き残った左手を開いて俺に迫る。

 殴るのはやめて掴みにかかるか。まあ正しい。正しいが捕まえられればの話だ。

 いくら機械仕掛けでスピードを増しているとはいえ、弾丸すら見切る人狼の前では意味をなさない。スローモーションに見える。

 軽くかい潜り、背面に回り込んで背中全体で体当たり。

 倒れるかと思ったが、パワードスーツのジャイロ機能はなかなかすぐれていると見えて、何とか踏みとどまる。

「おとなしく……捕まってくださいよッ!」

 振り向きざま再び左手を伸ばす中村。無駄だって。

「それ、もう一丁!」

 同じように腕をかいくぐって背中に体当たり。

「そんな攻撃では、この鎧はビクともしませんよ?」

「そうかな?」

「余裕ぶっても! ……ぬ?」

 中村の左手は明後日の方向へ向かう。

「ど、どういうことだ!」

「だから、そんな急制動に人間の脳は耐えられないんだって」

 脳震盪。打撃による振動だけでなく、パワードスーツの強引な姿勢制御のせいで本来吸収されるはずの振動がモロに脳を揺らしてるんだ。

「こんな……国家の威信が……我が国の技術が……お前のような妖怪風情に……」

 もう妖怪呼ばわりも慣れてきた。

 壊れたゼンマイ人形のように、誰もいない空間に向かって闇雲に腕を振るう150億円のパワードスーツ。ご自慢の技術とやらも、まだまだ改良の余地ありだな。

「認めない……認めないぞ……そんな才能乗り越えて……」

「それもう一発!」

 背後に回り込んで全体重を乗せた体当たり。

 ついには歩行バランス制御の限界を超えたのか、床に転がってばたばたと手足を振るだけになってしまった。

「クソッ! こんなことで……こんな簡単に!」

 中村にいくら根性があってもこればかりは無理だ。どんなトレーニングをしても物理的に脳を鍛えるのは普通の人間には不可能だ。

 勝負は決した。単純な殴り合いじゃ負ける気はしない。もっとも、こんな科学技術の結晶とガチンコするとは思いもしなかったけれど。

「どうするか? これ」

 大角豆に問うてみる。一応俺たちの司令塔だ。

「さあな、機密をどっかに売るってのはどうだ?」

「なるほど」

「売らなくても俺たちが握っていれば何かと交渉材料になりそうだな」

「それはちょっと困るんで回収させてもらうよ」

「誰だ!?」

 女? いつの間にこの場所に入ってきた? 全く気配を感じなかったぞ……。

 朱理と藤の二人も戦闘態勢をとる。大角豆は遠くに隠れて……お前なぁ、逃げ足早すぎンだよ。

「これはこれは、なかなかおもしろいものを見せてもらったよ」

「か、課長!」

 中村が畏怖のこもった声で叫ぶ。

 課長……中村の様子から推測するに、上司かな。

 キツネの面をかぶり、表情は見えないが素晴らしいプロポーションをしている。悪の女幹部って、だいたいこういうナイスバディの持ち主ってのが相場だ。期待を裏切らない人事に少し感心する。

「所詮は玩具、ネイティブには及ぶべくもなかったか」

 表情は見えないが、倒れて動けない中村を見下ろし、蔑むような声を投げかける女。

「……申し訳……ございません」

「まあいい。お前にそこまでの期待はしてないよ。代々その能力ゆえに軍の仕事を請け負ってきた家系も、当代が無能力じゃあねえ」

「く…………」

 おいおい、いくらクズでも中村はマジだった。命を懸けて戦った部下にその言いぐさは無いんじゃないの? それなりにガッツあったぜ。

「ふうん、アンタがこいつらの親玉?」

「まぁ、そういうことになるかな。使えない駒で失礼したね」

 だんだん中村が不憫になってくるよ。ねぎらいも無く使い捨ての駒扱いとは、ブラック企業って奴かな、公務員も存外厳しいな。

「じゃあ偉いさんに落とし前つけてもらおうじゃん?」

 飛びかかる。女だろうが腕の一、二本折ってやらないと気が済まない。

「元気だねぇ」

 女は懐からスッと紙切れを取り出すと、空中に円を描くような動きをする。

「うおっ!」

 札で描かれた円が空気の壁のように、俺の動きを阻む。

「やべぇ、雫! お前にゃ無理だ」

 大角豆が叫ぶ。

「もしかして、こういうのは見るのは初めてかな? 化け物君」

「これは……」

「魔術、といえば分かりやすいかな? 君ならば今更その存在を否定することもないだろうけれど」

 指先をクイッとひねり、円の中に新たな図形を描き込む。

「うぉぉぉぉッッ」

 空気の壁に触れていた部分が焼けた鉄のように熱くなる。

 見ると、炎が獣の形をまとい、俺の両手両足に噛みついていた。

「ちょっと大人しくしていてもらおうか、化け物君。まぁ少し焦げるかもしれないけれど、そんなもの君にはどうってことないだろ?」

「ばけ……ものじゃねぇ……俺は……」

 パワードスーツを気持ちよく倒していい気になっていた。また腕力ではどうにもできない状況だ。俺ってば何回その教訓を叩き込まれれば気が済むのか。

「ふふふ、もうちょっとがんばらないと……失望させないでくれたまえ」

「誰がてめぇなんかの……ぐあっ」

「銀さん!」

 萌葱の叫びが聞こえる。カッコ悪いとこ見られちまってるな。さっきまでそこそこ決まってたのに、またフリダシに逆戻りだ。

 ダメなのか。俺の力では手も足も出ないのか。こんな簡単にあしらわれてしまって情けない。中村の気持ちも少しはわかるかな、ははは。

 なんとか切り抜けなきゃ格好つかないぜ……どうする?

 しかし突如、立体映像のような武者が現れ、炎の獣をばっさりと叩き斬る。

「な?」

 余裕をかましていた女の声色に、わずかに動揺の色が加わる。

「銀四郎、メールの返信もくれないとは、連れない男じゃのう」

 聞き覚えのある声、振り返るとそこには委員長こと牛渡柑子の姿があった。ゴージャスな栗色の髪をなびかせ、腰に手を当て不敵に微笑んで絵になるポーズ。

「委員長……なんでアンタが」

 質問には答えず、ウインクをして柑子。

「良いか銀四朗、メールの返信は五分以内、じゃぞ」

「ふん、式神か……」

「魔術師は魔術師同士、仲良くやろうではないか、のう狐遣い」

 柑子が札を投げるとたちまち人の姿が現れ、数人の鎧武者がキツネ面を取り囲む。

 キツネ面の女も空中に図形をいくつも描いて炎の獣を複数出現させ、応戦態勢をとる。

 魔術合戦。アニメでは見慣れた光景だが、まさか目の前で見ることになろうとは……。

「参ったね、これはちょっと一人では不利かな。でも……目的は果たしたよ」

 女から殺気が消える。炎の獣も牽制だけで攻撃する気配もない。

 中村ごとパワードスーツの姿が消えていた。こいつは陽動で、回収班が別に待機してたのか。まぁ当たり前と言えば当たり前で、あんな重そうなもん一人で運ぶのは無理だろうしな。

「それじゃまたね、化け物諸君」

「待てこの野郎!」

「そうそう、ご褒美にそこのゴミを君にあげるよ。もう使い道も無いからね」

 俺の上着を羽織り、しゃがみこんでいた萌葱を顎で指す。

「待て、まだ勝負は……うわっ!!」

 炎の獣が次々に破裂し、辺りが光に包まれる。

 視力が戻ると、キツネ面の女の姿はもう、そこには無かった。

「目くらましじゃ。最初から戦う気は無かったようじゃな」

 と、委員長。制服の乱れひとつ無く飄々としている。

「いやあ、危機一髪だったな」

 一仕事終えたような表情で大角豆も近づいてきた。

 お前は本当、見てるだけか!

「こんなところまで出張って来るなんてよ、一班プリメーラの魔法使いさんよ」

「おぬしらが不甲斐無いからの」

「んだとコラ?」

 挑発に乗りやすい男だよな、自称司令塔のくせに。

「やれやれ、終わったか」

 鉄輪をジャラジャラさせた朱理と、刀を携えてゆらゆらと歩く藤もその場に近づく。

「むぅ、牛渡柑子……」

 柑子の姿を目にした藤がいささか不機嫌そうに片眉を釣り上げる。

「おぬしらもご苦労じゃったの」

 やっぱ互いに知り合いなのか。素性も知っていると見える。

「向こうの魔術師が来たんだ、俺らだけじゃヤバかったぜ、なあ? 雫」

 やや不穏な空気に割って入るように大角豆が一言入れる。

 自分は完全に戦力外ってわかってんのな、こいつ。

「なるほど、で、その魔術師には逃げられた、と」

「最初から牽制が目的じゃったからの」

「やはり第一班は詰めが甘いな、こういう機会に徹底的に潰しておくべきだろう」

第二班おぬしらだけじゃ、全滅してたかもしれんがの」

「ふふん、面白いことを言うね」

 刀の柄に手をかける藤。腕組みして見下ろすようにドヤ顔をする柑子。仲悪いのか? こいつら。

「待て待て待て、俺を置いてけぼりで喧嘩すんなって。意味が分からねーよ」

 すっかり蚊帳の外になりつつある俺が割り込む。マジで、中村を倒したときは俺がヒーローって感じだったのになぁ。最後の最後でおいしいところを持ってかれたし、そもそもなんで委員長が来たのか意味わかんないし。

「おい、わかるように説明しやがれ。一班二班ってなんなのよ」

第二班セグンドのチビから聞いたじゃろ、我が輩は飛鳥山機関二十二支部第一班プリメーラじゃ」

 ああ、民博がどうとかいう。世に出せない超常現象や能力を保護する、だっけかな。

「それじゃ仲間なのか?」

 返事の代わりに女剣士がぷいと視線をそらす。

「こっちの業界もよ、縄張り争いで忙しくてよ。くっだらねぇけど」

 大角豆はそういう勢力争いは苦手のようだ。チーム全体で仲違いしているわけでもないらしい。するとこれは女の意地のぶつかり合いといったところか。

「とりあえず、仲間じゃないとしても元から知り合いだったんだな?」

「まぁ、知り合いって言うほど知らねぇんだけどよ、俺と朱理はこの春からこの支部に配属されたクチだしな」

 あれ? 大角豆も朱理も地元じゃないのか。

「吾輩一人で十分だというのに、余計な人員を増やしよって」

「文句は上の方に言ってくれよ、着任早々こんな大物担当になるなんてよお」

「大物?」

「お前だよお前。カテゴリα最強とされる世にも珍しい人狼の家系。そいつが常春高校に入るっていうもんだからこんな田舎に来てやったんだぜ?」

「拝の地元は確かケータイの電波も届かないところだったよな」

 俺が怒る前に朱理がツッコミを入れる。二十一世紀の今、国内で電波が届かない地域なんかあるのか……。

「う、うるせぇ」

「カテゴリαというのは?」

「αは妖怪、βは心霊、γは呪術、Δはその他。うちの班は専らα専門だな」

 藤も朱理も脳筋だしな。幽霊退治なんか出来そうもない。

「アタシもカテゴリα最強だぜ!」

 鬼娘が嬉しそうに言う。なんでそんなに嬉しそうなんだよ! そりゃまあ鬼は天狗と並ぶ超メジャー妖怪だけど。

「今度どっちが最強か、決めようじゃんかー」

 と目を輝かせる朱理は放っておいて。

「って、やっぱ俺も妖怪扱いなのか……てことは何か、俺は入学前からマークされてたのか?」

「もちろん。お前ね、少しは自分の異常な境遇を自覚した方がいいぜ。中村も言ってただろう?」

 そ、そうだったのか……黙ってれば誰も気が付かない程度のことだと思ってたぜ。

「じゃ、委員長も最初から知ってて、同じクラスに?」

「もちろんじゃ。しかし、よもや副委員長に立候補して自分から接触してくるとは思いもよらなんだがの。手間が省けたというか……これも吾輩の人徳のなせる業かの。ほほほ」

 自分で言ってりゃ世話無いぜ。大角豆もそうだがこの自信はどこから湧いてくるんだ? ナントカ機関の奴らはみんなそうなのか?

「さて銀四郎よ。おぬしはどこの組織にも未所属、しかも稀有な存在。これからも常軌を逸したスカウトがやってくるぞ」

「これで終わりじゃないのかよ……」

 ああ、普通の高校生活が、リア充への野望が、クソ忌々しい血統のせいで難易度が増していく。いやいや、こんなことで挫ける俺じゃないぜ。なってみせるぜリア充の星によ!

「そこでじゃ」

 委員長が続ける。

「どうじゃ? 形だけでも吾輩の管理下ということにせんか」

 委員長は悪い奴じゃないというのはわかる。中村達みたいな軍需産業や自己顕示のために俺の力を必要としているわけではない。でも、引っかかるところが無いわけでもない。

 少し申し訳なさそうに柑子は続けた。

「力を貸して欲しい。世の中にはまだ似たようなことを企んでいる輩も大勢いる。お前たち……だけではない我が輩たち自身を守るためにな」

 真摯に訴える柑子。俺の力が役立つことがあるならば、それも良いかもしれない。

 それでも、組織に所属している以上、本人の意思とは別に、何か大きなものに利用されていないとは限らないんだよな。

「俺は……」

「銀さん」

 今まで黙っていた萌葱が口を開く。

「困ったことがあったら、いつでも呼んでくれよなっ!」

 カッコつけたポーズで俺の真似をする。うああ、さっきもやっちゃったよ、それ。

「う……それは……」

「お願い。また私みたいなひとが現れないとも限らないし、今この瞬間悩んでいるかもしれない。そんなひとたちのためにも……私が言えた義理じゃないけど……」

 やれやれ、こう言われちゃ返す言葉も無い。

「オーケー、わかった」

「さすがお姫様のお願いは絶大だな!」

「くっ……吾輩ではまだ役不足じゃったか」

 大角豆が茶化し、柑子は渋い顔をする。

「出来るよ、銀さんなら」

「まぁ、やれるだけのことはやってみるよ。杞憂で済んで、何も起こらないのが一番良いんだけどな」

「よし、では銀四郎は一斑に……」

「ちょっと待て、二班だろ? 最初に担当したのは俺らだぞ」

「脳筋ばかり集めても仕方なかろう。吾輩が後衛、銀四郎が前衛になればバランスの取れた完璧な布陣じゃ」

「アタシはいいぜ。藤と三人もいたらオーバーキルだからな」

「私も異論はない。チームが違った方が躊躇なく斬れる」

 やっぱ斬る気満々だよこの女……。

「あのぉ、委員長さん……?」

 萌葱がおずおずと手を上げる。

「なんじゃ?」

「私もその……一緒に」

「良いのか? 防衛省管轄のおぬしが」

「私、捨てられちゃいましたし……課長にもあげるって言われたし」

「なるほど、では吾輩に任せるがよい。大船に乗った気でな」

 ぽんっと胸を叩く。

 さすがッス牛渡さん! 大物の風格ッス!

「ありがとうございますっ」

「解っているとは思うが、くれぐれもこの辺の事情に関しては他言無用じゃぞ。新聞部」

「さすがに言えませんよ……でも、情報収集能力には期待してください!」

 あまり期待できないんですが……俺は心の中でツッコミを入れた。

「さて、俺らは先帰るぜ。じゃあまた後でな」

「ちょ、待てや」

「二人だけで話もあるじゃろ、邪魔するほど野暮じゃないからの」

 委員長たちはそれぞれ去って行った。

「服、着ていいよね?」

 忘れていたが萌葱は全裸に学生服の上着を肩から羽織っただけの姿だった。

「お、おう」

 部屋の隅から制服を取り出して着込んでいる。とは言え、服と呼ぶにはあまりにも可愛そうなボロボロになった制服。

「昨日連れてこられて、そのままだったから……無いよりはマシ、かな?」

「一晩ここに?」

「うん……慣れてるし。実験中はもっと……」

「そうか……」

「憐れみとか、そういうのはいいからね? 私は自分の意志でそうしていただけだから……」

「ああ……お前の意思を尊重するよ、誰にも文句は言わせない」

「……ありがとう」

 きゅっとこちらに一歩近づいて見上げる萌葱にドギマギしてしまう。

「でもさすがにそれだけじゃちょっと……」

 視線を逸らして、さっきまで羽織っていた学生服の上着を再度渡す。

 ところどころ肌が露わになった服は、健全な男子高校生にとっては刺激的すぎて、目のやり場にも困る。

「じゃ、お借りするね」

 うん、これならあとはスカートの下から覗く生足くらいだ。

「俺たちも帰るか」

「うん、そうだね」

「はい」

 と、背を向けてしゃがみ込む。

「え?」

「おぶってくよ、それともお姫様抱っこがいい? それはちょっとさすがに俺も恥ずかしいけど、萌葱が望むなら……」

「う、ううん、おんぶでいい」

 背負った萌葱の身体は軽かった。こんな細身の身体で辛い試練に耐えてきたと思うと、こっちの方が涙が出そうだ。

「いつの間にか、萌葱って呼んでくれたね」

「まあその……成り行きで」

「銀さん……ごめんね」

 萌葱が消えそうな声で耳元でささやく。

「いいってば、お前が一番辛かったんだろ」

「でも私、嘘ついて騙して……どうやって償ったらいいかわからないよ」

「償いなんてそんな……そもそも俺がもっと注意深くしていたら良かった話だし、逆に巻き込んじまって済まないと思っている」

「でも……私だって納得いかないよ、銀さんの優しさに甘えるだけじゃ」

 そうだな……そういうことなら。

「そうだ……ひとつ、お願いがある」

 このタイミングなら言える。あれだよ、あれ。

 背中に当たる微かなふくらみの感触で思い出した。

「うん、なんでも聞くよ」

「あのですね、その……ぶ、ぶ、ぶ……ブラジャーください!」

「い、いいけど……私のなんかじゃ……おっきくないし……」

「お前だって知ってるだろ、勝負の日は明日なんだよ。これからじゃアテもないし」

「くすくす……ちょっと下ろしてくれるかな?」

 すとんと俺の背中から降り、

「どうぞ」

 上着を腰の位置まで下ろし、背中を向けてホックを見せる萌葱。

「言ったよね? 自分で脱がすって」

「え……あれはその……言葉のアヤというか……」

「……ヘタレ、狼のくせに」

「す、すまん」

「ふふっ、やっぱり銀さんらしいや」

「そ、そうかな」

 恥ずかしいやら情けないやらで下を向いているうちに萌葱は再び上着を羽織ってボタンを閉めていた。

「はい……こんなのでお詫びになるかわからないけれど」

「こ、これが……ぬ、脱ぎたて、ぶぶぶぶ、ブラジャー!!」

 興奮をおさえ、恭しく両手で受け取り丁寧に畳んで懐にしまう。

 これ、このまま貰っちゃうとか……いかんいかん。あくまでも男と男の勝負のため! 邪な気持ちは無し!

「エッチな事に……使ってもいいよ?」

 モジモジしながら上目遣いでこちらを伺いつつ頬を染める萌葱。

「いやいやいや、しませんしませんってば! 勝負が終わったらちゃんと返すから、マジで」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ